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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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この前「エヴァンゲリオン」の劇場版の予告を
You Tubeで観たんですけど、エヴァンゲリオンて
まだ続いてたっけ?という感想を持ってしまい
ました。

「エヴァンゲリオン」は神秘主義・思想的な
ものを上手く取り入れていた感があったのですが
何か取り入れるだけ取り入れて、気がつくと
明後日の方向に突っ走ってしまった感が
ありますね。真面目なスピリチュアルセミナーが
いつの間にか乱交パーティーになって収拾が
つかなくなってるようなもんでしょうか。

まあ新作で上手く軌道修正してくれると良いん
ですが、前回の記事に無理矢理絡めると、
神秘主義を作品に絡めた事で、かえって作品が
自由度を失ってしまった感がありますね。
スピリチュアルにハマった人がポジティブとか
何だとかの概念に嵌った状態に陥るのに
似ています。

前の記事でも書きましたが全てはフラグの集まり
みたいなもんで、存在しているように見えるもの
は実は存在していないので、スピリチュアルに
せよ神秘主義にせよ、それが存在すると思う
時点で何でもかんでもそれに縛られるフラグが
発生するのであります。
そしてその事に気付いていないと「私の人生」
いう錯覚が生まれるわけですね、
誰も人生を生きている人なんて居ないんですよ。






話をエヴァンゲリオンに戻すと、ウチの顔も
性格も悪い嫁さんは漫画やアニメに興味無いくせ
に何故かエヴァの新劇場版だけは観るという
ヒジョーに不思議な人だったのですが、
エヴァンゲリオン新劇場版Qが公開されたのが
何と8年前(!)私も結婚前でしたし娘ちゃんは
影も形も無い時だったんですねえ。

嫁さんに「エヴァンゲリオン観に行くの?」と
聞いたら「話を忘れた」とのシンプルな答えが
返ってきました、まあそりゃそうだよね。
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我々の真の姿(?)とは何なのか?
以前にも似たような事を書きましたが、
一言で言ってしまえばフラグの集まりでしか無い
という事であります。

例えば何の因果かスピリチュアル系の書籍や
ブログを偶然見てしまってから、やたらと
ポジティブにならないといけないとか、
こうしないと願いが叶ってくれないとか
気にしてしまうという事がありますが、
これなんかまさに書籍やブログを見たという
フラグによって作られた人格ですよね。

つまりあらゆる人格・思考・思想などは
どのようなフラグを立てたかで決まってしまい
ます。

ですからナントカメソッドとかやると
何か気分が悪いとか感じるならさっさと
やめた方が良いです、個人が個人であると感じて
いるものも全て今までのフラグの集まりなわけ
ですから、正しいものなど何一つありません。
正しいと感じるフラグが立っているだけです。

ここで繰り返しになりますが我々の真の姿(?)
とはフラグの集まりでしかないわけです。
これに気付かないといわゆる輪廻転生を繰り返す
事になります。

あるスピリチュアル系の書籍にはこうあった、
あるブログではこう書いてあった、ある人は
こう言っていた、の度にフラグが立って
"新しく"生まれ変わるというわけです。

ですから個人・私という概念は単なる因果、
フラグの集まりに過ぎない、とわかればそこで
輪廻転生は終わるのであります。

というわけで今回の記事の内容も忘れて、
輪廻転生を終わりにしましょう。
「自殺したいとか思ったのも湧き上がってきた
ものなのか?」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

「湧き上がってきたものなのか?」と言われれば
そうです、としか言いようが無いですが、
例えばこれが結婚したいとか乱交したいとか
だったら大して気にならないと思うんですよ。

実際にそれが出来るかどうかは置いといて、
要は自殺とは自己の破壊である、という認識が
違うのであります。

もう何度も似たような事を書いていますが、
映画の登場人物を殺した所でスクリーンが
ぶっ壊れるわけではなく、スクリーンはそこに
ずっとあるわけです。

これは結婚とか乱交とかネガティブに感じない
ものでも同じで、登場人物が結婚しました
めでたしめでたし、でも別にスクリーンに花が
咲くわけでも何でもありません。

つまり何にも起きてないわけであります。
じゃあ結局は虚無なのか?それも違います。
虚無どころか自己とは全てを映すスクリーンの
光であります。
自己そのものが太陽であり天照大御神であり
ラーの翼神竜なのであります。

最初から生まれてもおらず死ぬことも無い、
全てが成り立つ為に必要な光そのものが
自己です。ですから自殺したいとか誰かを
ぶっ殺したいとか、あるいは結婚したいとか
あの人が好きだとかも、全て光の体現として
同価値なのであります。

また、感情に限らず例えば知り合いのAさんは
思想が右寄りだがCさんは左巻きだというのも、
全く同価値であります。
個人レベルの価値観の相違は光が凸凹の斜面を
照らすが如きであり、凸凹で当然です。
全てを照らし成立させて内包していると気付く事
です。

「しかし私はどうしてもあの人の思想は受け入れ
難い」と思うのも、それで良いのです。
それもまた、光が照らしているものだからで
あります。
リンクにLIAさんのブログ「本棚の記憶」を
追加しました
「私が〇〇を好きだったり〇〇は嫌いだったり
するのは全て決まっているという事か?」
的な
メールを頂きました、ありがとうございます。

全て決まっているというか、要はゲームで言う
所のフラグみたいなもんですね。

例えば私はこの前、顔も性格も悪いが読書家の
嫁さんが本を読む時に使っている眼鏡の上に
誤って座ってしまい、ケツ圧で眼鏡を粉砕して
嫁さんに大変怒られました。

しかしこれはまず嫁さんが眼鏡を購入するという
時点でフラグになっており、更に言えば嫁さんが
存在しなければ眼鏡を購入するというフラグ自体
が立ちません。

つまり何を言いたいかというと、我々はまさに
ゲーム上のフラグを回収する為だけのデータ
ようなもので、確固たる存在だというのは錯覚と
いう事です。

最初から我々は何処にも存在しないし、
産まれてきたわけでも死ぬ訳でもありません。
最初からゲームを構成するフラグの一部であり、
更にそのゲームそのものを意識する意識(?)
すらもフラグの一部であります。

なので言葉では示す事の出来ない存在が
全てなのであります。






まあこんなややこしい事の前に、私としては娘に
(・∀・)パパ、怒られちゃったねー
と慰めてもらったのでそれで十分です。

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