「スピリチュアルで言われるメソッド類が似ているようで
微妙に違うことばかり言ってるのは何故か?これだと
実践する意味が無いのではなかろうか」というメールを
頂きました、ありがとうございます。
これは簡単な話で
再現性が無いからなんですよ。
再現性無かったらメソッドじゃないやんけという話
ですが、前も書きましたがスピリチュアル的な世界観
(?)は関節と同じで在るように見えて無いというもので
あります。
関節というのは骨と骨が向かい合った時に存在するかの
ように見える機能であって、関節という物体があるわけ
では無いですよね。言い方を変えると有名なルビンの壺
みたいなので、どういった顔と顔を合わせると
どのような壺が見えてくるかは顔の形状で変化します。
つまり何が向かい合った時に何が発生するか?どんな
"自己"が生まれるかはその時その時でいくらでも変化
してしまうわけで、簡単に言えば彼氏や彼女から
「おはよう」と言われるのと、その辺のオッサンから
「おはよう」と言われるのは全然こっちの受け取り方が
違いますよね。
更に言えばこっちが何か落ち込んでる時に好きな人から
おはようと言われればポジティブになるかもしれません
が、その辺のオッサンから言われても余計に落ち込む
可能性が高いです。
なので話をメソッド云々に戻すと、自己というものが
その時の感情その他でいくらでも変わってしまうのと
同じで、コロコロ変わってしまうものなのだという
認識で行った方が良いですね。
再現性は無いが存在する。なんか
常温核融合みたい
ですねって、これはちょっと違うか。
PR