「有名な経営者でも何か宗教ぽい事を言ったりしている
人が多いので、やはり神に委ねる的な考えが良いのかと
思い実践していますが上手くいかない、どうすれば良い
のか」というメールを頂きました、ありがとうございます
。
まあ確かに有名な経営者の方でも妙に宗教ぽい事を
言ったり、自分でいつの間にか宗教を興したりとか
する方もいらっしゃいますが、経営者の考えは置いといて
、この神に委ねるという事はどういう事かと言いますと
早い話が私が例え話でよく使うスーパーマリオで言うと
マリオとプログラマーの関係ですよね。
己はプログラマーであると知ればマリオもゲームの世界も
やはり己の一部であり、かくしてプログラマーはカメや
キノコも創るのであった、という話になりますが、
ここで問題なのがマリオ(エゴ)がプログラマーに抵抗
するという事であります。
例えばボタン押してマリオが走るはずなのにマリオが
走らなかったらプログラマーからしたら
ちょっとムカつくじゃないですか。
プログラマーは世界をどんどん創りその中でマリオに対し
いい加減走れやとなるし、マリオはそれに抵抗すれば
するほど苦しくなります。
つまりありとあらゆる事は起きるだけで、それに対して
これは不幸だとかこれは嫌だとかエゴが騒ぐのはマリオが
ボタン押されてるのに走らないのと同じで、プログラマー
から見たらバグってるわけですよ。
バグってるマリオはそのうち、こんなに嫌なのは俺が
マリオだからやんけとか言い出してプログラミングの
一部なのに自らを消去してしまったりします。つまり
自殺であります。
でもこれもプログラマーから見たらおかしな話で、
なんやこいつプログラミングされたデータに過ぎないのに
勝手に消えよったみたいな感じになります。
ですからプログラマーでも神に委ねるでも宇宙のパワー
でも何でも良いですが、委ねるにはとりあえずボタンを
押されたら走るって事です。素直に走るマリオなら、
プログラマーもマリオを望む所へ動かしやすくなります。
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