意外に思われるかもしれませんが、私は
芸術作品を見るの結構好きなんですよ。
上野の国立美術館とかよくウロウロしてます。
ついでに上野動物園にもたまに居ます、
昔から好きな動物はフラミンゴです。あれは
何時間見てても飽きない。ガキの頃は祖父にねだれば殆ど何でも買ってもらえましたが、
さすがにフラミンゴは買ってもらえませんでした。
ちなみに祖父は何故かキジを飼っており、死んだ後に剥製にして玄関に飾ってありました。
話が逸れましたが、優れた芸術は時間を忘れさせ、自我の働きも静め、
まさにその場に在り続ける事を可能にしてくれます。
で、自我の働きが弱まれば、何でもかんでもある種の美しさみたいのを感じて
勝手に感動するのですが、これを利用して
何でもかんでも芸術にしてしまえメソッドが
あります。
例えば非常にネガティブな感情を感じたら、その感情が絵画でも彫刻でも剥製でも
何でも良いですが、
とにかく物質としてイメージしてしまうのであります。
トンデモなくグロい彫刻とか出てくるかもしれませんが、それを見た時の
息を呑むグロさも、一部の現代アートとか戦争の悲惨さを訴える写真とかを
見た時の一瞬の「間」に似ています。
重要なのはグロいイメージが出た時点で、
既にネガティブから解放されているという事で
あります。これが段階を踏むと、あらゆるものに
善も悪も無く、ただ在る事に対し
ある種の美しさを強く感じるようになります。
スピ系の本とかで
「周りのものがキラキラ輝き、美しく感じた」とかの描写が出てくる事が
ありますけど、誇張でも何でもなくそのように感じる事は多々あります。
結局は全ては自分でもあるので、それらを構成しているある種の美しさが
本質的なモノの一部なのでしょう。
余談ですが最近、竹島や尖閣諸島を巡る問題で、私の周りでも韓国や中国に対し、
良い感情を持たない人が結構出てきました。
私は中華料理は好きなので中国は好きですが、キムチは美味しいと思わないので
韓国は好きではありません。
というか基本的に自分の好きな食い物の発祥の国は
許します。しかしこのメソッドでキムチも
美しく見えるようになりました。
これで嫌韓の人もスピリチュアルな目覚めに近付けますね(?)
PR