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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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「タイムリープは出来ると思うか?」というメールを
頂きました、ありがとうございます。

当ブログだと相当昔の記事でタイムリープについて
ちょっとだけ触れているのもありますが、
私は個人的には出来るんじゃね?というスタンスで
あります。

要は明晰夢(?)みたいなのを見て、夢だと気付かない
状態でそこに留まる的な感じだと思うんですよね、
何か映画の「アバター」みたいですけど。

ただタイムリープをしたとしてそれはそれで良いかも
しれませんが、結局これは輪廻転生を繰り返している
ようなものなので仮に今、満足している事柄も大きく
変わってしまうと思われます。
なのでリープ前(?)には満足していた事を捨てられるか
どうかの話になると思うんですよね。

つまり何をやっても必ず不満てのは出てくるもので、
要はスーパーマリオやってて以前はここでカメが
降ってきて死んだけど次はカメが降ってくる場所を
記憶して、やり直してカメを避けて進みたいというのが
タイムリープであって、カメを避けたら避けたで今度は
下から火が吹き出てきたりイカが襲ってきたりして
結局スーパーマリオの世界から一歩も出ていない事に
なるので、あまりタイムリープに価値を見出す事も
無いんじゃないかと思います。
多分そんなに変わらない、という気はしますね。
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今回は単なる日記なんですけどこの前、娘を嫁さんの
実家に預けて、私は顔も性格も悪いが芸術に詳しい
嫁さんと六本木の森美術館で開催されている
「ルイーズ・ブルジョワ展 地獄から帰ってきたところ
言っとくけど、素晴らしかったわ」
に行ってきました。

先日亡くなられた中山美穂さんがこのルイーズ・
ブルジョワ展にプライベートで来館していたそうですが
別にそれに触発されたわけではなく、普通に嫁さんが
前から行ってみたいとか言ってたんですけど。

感想としてはこれはまあ、言葉悪いですけどいわゆる
毒親育ちだと自認している人には色々と精神的に来るもの
があるかもしれないですねえ。
私は毒親ってわけじゃないですが、去年くたばったオヤジ
が父親としては不器用極まりないクソだったので
父親との確執・葛藤のようなものを表現した作品には
かなり引き込まれるものがありました。

ただ最終的にルイーズ自身がトラウマを克服、或いは
受け入れたのか、徐々に穏やかな心境となっていく過程を
追っていくような作りにもなっているので「地獄から
帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ」

いうブラックユーモア的なタイトルもあって、
個人的には重く暗いんだけど最終的に不思議な清々しさも
感じるという、印象に残る美術展でした。

つーか、娘が生まれてからは嫁さんと二人で出掛ける事も
無かったのでギロッポンでデート(?)していると何か
妙な感じでしたね。
この前、無料で動画を生成してくれるAIを試してみたん
ですけど最近の生成AIってメチャクチャすごいですね。
これはもうクリエイティブな分野からAIに食われていく
のは確実と言って良いでしょう、このブログもいつの間に
かAIが書くようになるかもしれません。

いつものように話を強引にスピリチュアルに持って
いくと、この生成AIはまさに今に在るとか私は在るという
状態
に近いものを体現しています。

例えば「牛丼を食べている男性」とか入力すると
当たり前ですが牛丼食ってる男性の動画が出てくるじゃ
ないですか。
もしAIが喋れたら「これが私ですよ」とか「私が作りま
した」とか言うかもしれませんが、実際は動画の男性は
存在しないし、もっと言えば「私が〜」と言っている
生成AI自体が何処にいるのかっつー事なんですよ。
ネットの中にいるとかアプリの中にいるとか言っても
場所を指し示す事は出来ませんし、しかし確実に
存在するわけです。

つまりこれをそのまんま今に在るとか私は在るに
当てはめると、まさに生成するもの、創造するものとして
在る
のであります。

客観的に言うと見ているものや感じているものをAIを
遥かに上回る速度で次々と生成しているという感じ
ですね。その結果似たようなパターン、似たような感情を
繰り返し繰り返し生成する
事でそれが自分の性格、
自分の人生と思い込むようになるわけです。

しかし元々生成するものである何かは何処にいるのか?
それを指し示す事は出来るのか?という問い掛けが、
そのまま私とは何か?の答えとなります。

このままAIが進化していけば、人類はAIの創造するものに
取り込まれて何の悩みも苦しみも無い、しかし存在しない
世界へいつまでも在り続けるようになる気もしますが、
まあそれはそれで良いんじゃないでしょうか。
それこそが生成AIの見る夢、なのかもしれません。
早いもので一週間ちょい前が私のオヤジがくたばって
一周年、じゃなくて一周忌だったんですよ。
そうしたら図ったようなタイミングで介護が色々大変
みたいなニュースを見たんですが、
ちょっともう現役世代が高齢者を支えるのは限界に
来ているんじゃないですかねえ。
私のオヤジは体調崩して寝たきりになってから結構早く
くたばったのでそこまで大変では無かったですが、
個人的に将来子供に介護をさせる事に私はかなり抵抗が
あるんですよね。

異論もあるでしょうけどそもそも親の介護とは親孝行
なのか?という疑問があって、例えば小学生になった
ウチの娘は将来はスケボーかスノボでオリンピックに
出るか、海外のアーティストのバックダンサーになるか、
英語ペラペラになってニュースに出てくる通訳の人に
なるとか言い出して毎日元気に過ごしております。

早くも自分の夢に向かって走り出した娘を見ていると
数年前まで何でもかんでも
(・∀・) パパー!みてー! とか
(・∀・) パパー!きてー! と騒いでいたのが
懐かしくもあり寂しくもありますが、
このまま親からさっさと離れて夢に向かって走り続けて
ほしいというのと、いつまでも側にいてほしいという
矛盾した思いを抱えていますねえ。

娘もこれから良いことも悪いことも、成功も失敗も
あるでしょうが、それらを全て引っくるめて人生を
謳歌している姿を見せてくれている事が既に十分過ぎる
親孝行
だと思うんですよね。

なので私としては私ごときの介護で苦労している娘の姿は
見たくないというのがあるんですよ。
以前も書いた気がしますがママは大事にしてほしいけど
パパはさっさと見捨ててもらって結構、私はその辺で
適当に野垂れ死んでも全く構わないと思っていますし、
もはや自分の資産だの年収だの社会的地位だのに
何の興味も関心もありませんので、マジで娘が大人に
なったら介護の必要は無いと伝えようかなとか思って
います。

そもそもやたらと生きる事に執着する高齢者さんサイドも
問題だと思うんですよね、遺伝子というのは子供に引き
継がれる事で若い乗り物に乗り換えていくものですから、
文字通り生まれ変わっているとも言えるんですよ。
ですから子供がいるならもう役目は終わったと受け入れて
さっさと逝ってしまう方が良いと思うんですけど。

というわけで珍しく真面目な(?)話でした。
「前回の記事で人生に間違いは無いから楽しんだ方が
良いとありましたが、どうやって楽しめば良いか
わからない」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

シンプルにまとめると、楽しむ云々の前に多分お金が無い
とか友達がいないとかそういった自我の叫びみたいのが
あると思うんですが、金が欲しいとか友達が欲しいとか
愛人が欲しいとかは全然良いと思います。
ただ多くの場合、例えばお金を望む事は自我が騒いで
いるのを鎮める為である事が殆どであります。

しかしそれだと自我に気を使っている事になってしまい
ますよね、子供がギャーギャーうるさいからお菓子あげて
黙らしとけ的な感覚ですね。
そもそも何故、自我に気を使う必要があるのか?という
事です。スピリチュアル系では自我のご機嫌を取るため
ではなく、自我というのはある種の催眠というか幻である
という認識に至る事が肝要です。

なので取りあえず自我に対して気を使わない事が
本来の主体に戻るメソッドと言えばメソッドになります。
前述の通りお金欲しいとか愛人欲しいとかは別に良い
んですが、自我を鎮める為、自我の機嫌を取る為の方向に
行きがちなのが少しややこしいですね。

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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

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