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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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「無病息災とか恋愛成就とか金運向上とか様々な真言が
ありますが、いちいちナントカ菩薩とかナントカ明王とか
選ぶのが面倒くさい」
という実に罰当たりなメールを
頂きました、ありがとうございます。

私は真言とか詳しく無いんで変な事言えませんが
一番しっくり来るので良いんじゃないですかねえ、
御利益で色々選ぶのって例えば小学生がワチャワチャ
しているのを整列させようとして「君はもう少し右、
あなたはもうちょい左、それだと行き過ぎだから戻れ」
とか細かく指示出して結局ワチャワチャしてるのと
変わらない気がするんですよね。

そうじゃなくて線を一本引いて「この線の上に並べ」
いうのが一番早いですよね。
ですから繰り返しになりますがしっくり来るので良いん
じゃないですかね?

そもそも真言を色々唱えるんじゃなくて唱えている自分、
に注目
した方が良いと思います。
唱えている自分、という事象を目撃しているものは
誰なのか?っつー話ですね。
つまり観ているものを観る、という表現になります。
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Googleの生成AIを利用したサービスでNotebookLM
というのがあるんですが、早い話がテキストを読み込ま
せるとそれについてああだこうだ解説してくれるという
奴で、音声概要という機能を使うとAIがポッドキャスト
みたいな感じで男性と女性の会話形式で解説してくれるん
ですよ。

読者の方が当ブログをNotebookLMに読み込ませて
音声概要機能で生成した物を送って頂いたのですが、
これがマジですごい。殆ど違和感が無くて想像以上に
男女二人でパーソナリティやってるラジオ番組みたく
なってるんですよ。
男性「40年前のつくば万博の話題もあるんですよ」
女性「あーーーつくば万博!懐かしーですねーー!」

とかフツーに喋ってて、ていうかおまえいくつだよ。

マインドマップとかも作ってくれて早速エロい小説を
コピペして読み込ませてみたら
「あそこが大きくなる」→「逝くまで五秒前」とかの
マインドマップが出て来て
(゚Д゚)うおおおお、すげえ!といい年こいて思春期の
小学生みたいな事をやってました。

AIが出て来た当初はクリエイティブな分野はともかく、
単純作業のようなものからAIに席巻されるのではないか
みたいな見方が多かった気がしますが、こう言うと何か
後出しみたいですが私はクリエイティブな分野から
食われるだろうなと思っていました。

例えば声優の演技とか漫画家の描き方のクセや作劇の
傾向とかはAIは疲労も何も感じずに無尽蔵に学習して
しまいますし、仮にAさんとBさんのそれぞれの特徴を
合わせたパフォーマンスも学習さえしてしまえば
やってのけてしまうので、これは人間から見たら理解が
及ばないレベルの天才と同じです。

クリエイティブな分野が制覇されたら次は配膳ロボットの
強化版みたいのが単純作業もやってくれて人類は遂に
労働から解放されるのでしょうか。
私はいずれそうなると思っていますが、AI搭載のスマホ
でもロボットでも動かすにはまだ電気が必要なので、
もしかしたらお金よりも使える電気の量が貧富の差みたい
になる社会が来るかもしれないですねえ。
うる星やつらのラムちゃんみたいのは手から札束出してる
ようなもんですよ。

というわけでこれからはスピリチュアルブログや書籍とか
で意味不明な表現が出て来たらAIにそれっぽい解説を
してもらいましょう。
「動物にもいわゆる自我はあると思いますが人間よりかは
本能に近いと思うので、実はスピリチュアル的には人間
より動物の方が優れているのではなかろうか?」
という
メールを頂きました、ありがとうございます。

これは鋭い指摘であります、そもそも人間も動物の一種
ですが何が人間と動物を大きく分けているのかというと
人間の場合、そのまんま「自分は人間である」という
意識が人間たらしめていると言えます。

基本的に犬とか猫とかは人間側からの分類なので、
犬や猫は自分達が犬という生き物であるとか吾輩は
猫であるとかは思っていないはずであります。
しかし人間だけが明確に自分は人間である、という
フィルターを通じて世の中を観たり感じたりしています。
なのであらゆる行動や思考の基準が全てこの
「人間である」に集約しているとも言えます。
極端に言えば人間である、が前提になっている
スピリチュアル的探求は全て前提がおかしい
という事に
なります。

ですから取りあえず人間であるという事を置いくと
ですね、では一体誰が何の為にスピリチュアル的な
気付きだ何だを求めているのか?動物と人間の根底に
流れている意識は同じであって実は区別が無いのでは
ないか?そもそもスピリチュアル的な探求自体が
自分は人間であるという虚像から発した一人芝居のような
ものではないか?という事が感覚的にわかります。

ヨガの修練でも動物になりきるっつーものがあるそう
なんですけど、これももしかしたら人間という意識を
抑えるという意味もあるのかしらとも思いますね。
何だかんだで大阪万博はズンドコ開催ながらも盛況な
ようですが、わが家は娘ちゃんが万博に全く興味を
示さなかったので行くことは無いと思われます、
お友達は夏休みに行く予定らしいですけど。
私も別に行こうとは思わないしなぁ。

万博と言えば若い人はさっぱり知らないと思いますが
実に四十年前の1985年、つくば85っつー科学を前面に
出した万博が茨城県筑波市で開催されたんですよ。
私はこれオヤジに連れられて行ったんですが
何か空気で膨らませた謎のロボットみたいが展示されて
いて、その隣辺りにナムコのゲームの「マッピー」を
模したネズミ型ロボが迷路でネコ型ロボと追いかけっこを
していたのだけは覚えています、今思うと科学なのか
これ。

つーか当時の子供向け大百科みたいのには
「夢の超特急リニアモーターカー!東京と大阪が
一時間で結ばれるぞ!」
みたいな特集がよく載ってた
ので、まだ幼い少年だった私は「すごい!大人になったら
こんなのに乗れるのか!リニア最高や!」とか期待に
胸を膨らませていましたが、大人通り越してオッサンに
なった今でもリニアのリの字も出て来ないではありません
か。結局リニアなんてデキッコナイスという事だったの
でしょうか、何という事でしょう。

結局つくば85自体は子供にはそんなに面白くなかった・・
という印象でそのまま栃木の鬼怒川温泉に泊まったのも
覚えているんですが、ロビーの近くで映画を延々と流して
いるスペースがあって何故か上映作品が「大魔神」
「ガメラ対大悪獣ギロン」「幻魔大戦」
でその三本を
ずーっと順番で流してるんですよ。どういう基準でこの
三本を選んだのかさっぱりわかりませんが、
実に昭和だなぁという時代を感じる昔話でした。
「自我が幻とわかったのでウンタラカンタラ
しかしその感覚が失われてしまったので困惑している」

的なメールを頂きました、ありがとうございます。

これはかなり昔にも書いた気がするんですが
基本的に感覚を拠り所にするのはあまり良くないと
思います。

理由としては例えば「今に在る」感覚を得たとして
次の日に何かトラブルに遭遇したので、つい先日
身につけた今に在る感覚で乗り切ったとしましょう。
まあ乗り切ったんだからこれで良いんじゃねえの?
と思うかもしれませんが、これだと今に在るんじゃなくて
昨日の感覚を持ち出してるわけですから過去に在る事に
なってしまいますよね。
逆に何か上手くいかなくてこれじゃあダメだと思っても
それもまた昨日の感覚を基準にしているのでやっぱり
過去に在る事になります。

なのでスピリチュアル系で感覚的な説明はよく出てきます
が、基本的にアテにしない方が良いです。
説明する方が書籍なり何なりに書く時は私が修行の果てに
体感した光は、とか、あの時に私は神を見たのだ、とか
の表現をせざるを得なくなるのはしょうがないんですが、
読む方がそれに振り回されるとあの時の感覚をもう一度
みたいな、いつまでも昔の恋愛引きずってるような感じに
なるので、スピリチュアル的な話を聞いてこれは感覚的な
何かを得る事だと思ってしまうと堂々巡りになる恐れが
あるのでその辺は注意した方が良いかもしれません。

結局は何かを得る事も無いし、何かを失う事も無いので
あります。

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