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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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「スピリチュアルで意識だ何だと言うのは
要は無心になるという事だと思い、無心に
なる為に瞑想をするのはアリですか?」
という
メールを頂きました、ありがとうございます。

まあアリっちゃアリなんですが、
無心になろうというのがちょっとおかしいので
あります。
無心になろうという時点で既に無心じゃないので
これは無心ではありませんよね。

似たようなので自己の感情や思考を観続けると
いうのもありますが、これも観続けている
何者かが居る時点でやはり微妙に違うものと
なります。

結局の所、何か行動している主体という
概念をコロコロ変えているだけで、
実は何も変わって無かったりします。

なので行動している主体という概念を
引っくり返せば良いわけです。

例えば車の運転とか無意識にやってるわけで
いちいちアクセル踏んだり何だという
行動する主体は消えています。

この消えているのがデフォルトで、
ここで仮に急ブレーキしたとすると、
ブレーキを踏んだという行動を認識します。

そうするとブレーキを踏んだという行為を
行ったんだから、当然行為者がいると
思うわけですが、そうではなくて何も無い所に
ブレーキを踏むという行為が発生したと
いう事です。

少々ややこしいですが熟睡していていきなり
起こされたら熟睡から起きるのではなく、
熟睡の中で起きる
という行為が発生して
いるのであります。

つまり常に熟睡=常に無心が実はデフォルトの
状態であり、無心になろうとか何かを
観続けようというのは、わざわざ熟睡の中で
イベントを起こしているだけであります。

そのイベント名が無心とか瞑想とかだと
勝手に安心して、イベント名が急ブレーキだと
焦るというだけで、実は両者には何の違いも
ありません。

というわけで無心になろうとか考えずとも
最初から無心であったという話でした。
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前の記事で所有するリスク云々の話をしましたが
所有するといえば普通は肉体を所有していると
感じているわけで、この勘違いにより自殺、
つまり肉体を破壊すれば何とかなるべという事に
なってしまいます。

しかし肉体を破壊すれば楽になる、という
事は肉体ではない何か、が楽になると
感じているわけですから、であるならば
本質的には自己とは肉体では無い、と
知っている
わけです。

つまり問題は肉体を所有しているという
錯覚であります。

そもそも肉体とは関係性の中にしかありません。
ざっくり言うと、電車でボーッと座っていても
ランニングしていても走っている事自体は
変わりませんが、ランニングの時だけ肉体という
感覚は生まれます。

なので肉体とは意識の中にしか存在しない
ものであって、所有している物ではありません。

更に言うと少々ややこしいですが肉体を
起点とした関係性も、存在しない肉体を
起点としているわけなので、
実在しているものは何一つ無い、という
事になります。

というわけで実在しないものを破壊しようと
する前に、それは実在しないと認識すれば、
自殺しようという気は無くなります。

オバケがいると思って戦う準備をしていたら、
オバケは単なる人形でしたとわかったら
戦う準備なんてやめるのと同じです。
昨日は猛烈な台風が首都圏を直撃しましたが
皆様ご無事だったでしょうか。

私は災害にはクソ強い埼玉の要塞都市大宮に
在住なんで、特に目立った被害も無く昨日は
娘ちゃんと一日中遊んでました。

この手の大きな自然災害が来ると何かに
こじつけたくなりますが、自然災害は
たまたまそこに人間の作った都市があると
いうだけであります。
皆が災害やと思うから災害になるという
わけですね。

これは株なんかでも、そんなにすごい業績も
あげていない会社が何かの偶然で皆が
「これは買いや」と思うといきなり上がるのと
似たようなものです。結局、理屈とかは
全てエゴの後付けみたいなもんです。

ただ今回の台風でネットでああだこうだ
言ってるのを見てて面白かったのが、
安倍の陰謀とか自民党の気象兵器とかよりも
「天皇がまだ正式に即位していないから
結界が張られていない」
というものですね。

言われてみれば現在神の国日本は天皇不在の
状態なわけで、これは意外とマジかも
しれませんね(?)
「五感を司るのは脳なので、全てが実際は
存在しないといっても、脳味噌だけは存在するの
でありますか?」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

これは例えばドラクエでも何でも良いですが
RPGやっててある場所に行くとイベントが起きて
主人公が「うわー、頭が痛い」とか言い出すと
します。これは主人公が脳味噌を通じて
痛いと言っているのかというと、もちろん
違いますよね。もうゲーム内でここに行くと
頭が痛くなるというのが最初から決まっている
からであります。

それと同じで様々な感情や感覚も予め起きるのは
全て決まっていて、そこを通過しているだけです
しかしゲーム内の主人公のように感覚と
肉体に因果関係があると錯覚すると
肉体を持った私という幻想が生まれ、
その幻想の中で活動しているという感覚が
自我であります。

もっと言えば熟睡している状態から
どのタイミングで起きるかも、ゲームで
主人公が宿屋に泊まっていつ起きるのかが
決まっているのと同じです。

要は熟睡している状態が真の姿(?)であり、
"起きる"というイベントが通過するだけです。
つまり我々の本質は最初から決まっている
あらゆるものが通過していくだけのスクリーンに
過ぎません。


「それではこのまま暗い人生がずっと続くと
いうのですか!」
と思うかもしれませんが、
そう思うのも、そういう感情が起こるという
予め決まったイベントが通過しただけです。
それは別に脳味噌で考えているわけでも
ありません、考えているようには感じると
思いますが、それもまたイベントの通過に
過ぎません。

単なるスクリーンであるとわかると、
もはや"暗い人生"を体験する"自己"は
何処にも居ません。


こうして世界はスクリーンに映っているだけの
代物になりました。そしてそれを楽しむ者も、
嘆く者も、最初から何処にも居なかったのです。
前も書きましたが最近MMT本を読んだので
改めてお金というものについて考えたのですが、
お金とスピリチュアは結構似たような要素も
あって、要は概念に過ぎないものを
実在していると信じ込んでいる
という事です。

基本的に資産というのは誰かの借金であります。
そこから貨幣という概念が生まれ、
国家の保証を受けた紙切れを貴重なもので
あると認識し、あたかもお金という物体が
存在する
と信じ込むわけであります。

スピリチュアル的な話に持っていくと、
例えば肉体というものは別に自己であると
認識する必要は無いわけです。

しかし五感といわれるものを認識する事で
肉体が自己である、まさに千円札を持っていけば
何か買えるからという理由で、お金という
物質が存在すると錯覚するのと同じように、
肉体という物質は自己であると信じ込むわけで
あります。

しかしお金と同じように肉体・自我というものが
概念であるならば、そんなものを
後生大事にする必要もありません。

なのでインドの山奥とかにいる聖者と
言われるオッサンが布切れ一枚だけ羽織って
一日中瞑想して過ごしているというのも
当然といえば当然な気もします。
もはや肉体を超えて完全に満たされて
いるわけですから。

まあ、あそこまでの境地に至らなくても
お金と自己という最も錯覚しやすい概念を
見抜けば、また違った世界が開けてくるのは
間違いありません。

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