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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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この前、米中の貿易戦争が激化したので
世界経済ヤバイんちゃうかということで
成長を期待して長く持つつもりだった
中小企業の株を全て売っぱらった事を
記事にしましたが、ものの見事に株価が
大暴落してしまいましたね。

これじゃあ業績の良い会社があっても
買えないやんけ、と滝の如く下がる
日経平均を見ながらボヤいてましたが、
今日になって無謀にも「よっしゃデイトレや!」
思って売買代金上位とか出来高上位とか、
大暴落にも関わらず何故か活発に取引されている
聞いたこともない銘柄をピックアップして、
バリバリ売り浴びせられている某銘柄を
「こんなに下がってんだから上がるやろ」
精神で購入したところ、幸運にも何故か
上がり始めて数万円だけ儲かりました。

強引にスピリチュアルに結び付けると、
これは必勝法を編み出したとか何だとかでは無く
"何があるかわからない"を受け入れたから
以外にありません。

株やギャンブルの必勝法もスピ系メソッドも
"何があるかわからない"を否定する形から
始まっている場合があります。
"人生は何があるかわからない、でも良い方向へ
向かわせたい"というのではなく、
"何があるかわからない"で良い
のであります。

要はスピリチュアルで自分が居ない事を知れとか
世界と一体でヘチマだの言うのは、
語弊がある言い方ですが人生のあらゆるものに
価値が無い、実在しない、という事に気付く為で
あり、全てに価値が無いなら人生を失う事にも
お金を失う事にも何の痛みも葛藤も無くなります

ですから「お金が増えるか減るかするよ」
というものに対してじゃあやってみますと
平然と出来るようになるわけです。

そうなるともう成功もクソも無いですよね、
そういった概念が既に無いからです。

ポーカーのトッププレイヤーのプレイングや、
すごい利益をあげたトレーダーの投資手法を
学んでもなかなか成果が出ない最大の要因は
ここにあります。

彼らは成功のために手法を研究したのではなく、
成功や失敗という概念の外に居る状態で
ポーカーやマーケットに向かいあって
いるからです。

それと同じでスピリチュアル的な気付きだ
何だという人は成功や失敗の外に居ながら
生活しています、ですから"何があるか
わからない"で良い
のです。










と言ってもどれだけ価値が"薄まるか"は
個人差みたいのは生じると思います。

私もギャンブルで負けたら嫁さん貰ってくぞと
言われたら全然OKどころかこっちから
差し上げたいぐらいですけど、
娘を貰ってくぞと言われたら動揺すると
思います。
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「生まれる国も選べないし金持ちの家に
生まれるか貧乏な家に生まれるかも選べない。
知らんさんは裕福な家に生まれたみたいですが
経済的に余裕がある人の方が精神世界的な
追求も何だかんだ上手くいく感じがします。
結局の所、全て運で片付けられてしまうとも
思うし、それだけで全て決まってしまうのも
何か納得いきません」
というメールを
頂きました、ありがとうございます。

確かに思い返せば私は子供の頃、
当時の同級生たちと比べればかなり裕福な
環境でしたし、祖父に大変に甘やかされたので
オモチャだゲームだと何でも買って
もらったとは思います。
そういう意味では結局は運やんけ、と
言えるかもしれません。

まあ個人的には裕福な家に生まれた事に
対して決して運が良かったとは思っていませんが
それは置いといて、運ゲーである事を
完全に受け入れないと肝心の運が向いて
来ない
のであります。

どういう事かと言うと、運ゲーとは早い話
全てがスロットマシーンやパチンコと同じと
いうことです。であるならばスロットが
回ってる時に無理矢理手を突っ込んで
回転を止めたら機械そのものがぶっ壊れますし、
自分の手も怪我する恐れがあります。

何かしら必勝法があるはずだと毎回毎回手を
突っ込んで機械を破壊していたら手が
いくつあっても足りません。

しかし完全にスロットの存在を認めれば、
仮に"外れ"が出たとしてもそれはただ単に
「もう一度回してね」という合図に過ぎない
ものであって、別に不幸でも何でもないです。

要は"当たりは幸せ・外れは不幸、ならば
絶対に当てる事が正しい"
というのが
そもそも間違っているのであります。

生まれる国も家もランダムならば
我々の思考や感情すらランダムです。

例えば私は今朝、歯を磨いていたら何故か
"およげ!たい焼きくん"が子門真人の声と
共に脳内でループされて、お昼ぐらいまで
子門の声と過ごしていました。

別にここ数日たい焼きを食ったわけでも
子門真人の動画を見たわけでもないのに
このような事があるのは、我々の存在全てが
ランダムなものであるという事であります。

であるならばわざわざスロットマシーンに
手を突っ込む必要は無く、そのまま在れば
それで万事OKであります。

これは当たりを出さなければならないと
思っているうちは非常に受け入れ難いかも
しれません。特にスピリチュアルだ何だに
ハマるとどうしても「当たりを出すのは
正しい」としか思えなくなってくる場合も
多々ありますし。

しかし当たりを出したければ、逆にランダムで
ある事を受け入れなくてはならないので
あります。

思考や感情、信念すらランダムに発生するので
あれば、私という思考や概念もまた、
子門真人の歌声のようにたまたま発生した
実体の無いものです。

こうしてスロットを回す行為は本当に
ただそれだけのものとなり、当たり外れという
概念も消滅しました。

最初から外れ、つまり不幸など何処にも
無かったのであります。
今年の頭にいくつかの会社の株を買って
株主様になりましたが、この前保有していた
銘柄の一つを売りました。

殆どの銘柄は上がったり下がったりですが、
何故かその銘柄だけ幸運にもかなり上がっており
数年後に娘が幼稚園に入って三年ぐらい
留年しても、月謝は最後まで払えるぐらいの
利益が出ていたので、もう少し長く保有する
つもりでしたがさっさと売ってしまいました。

株のような投資に限らずお金を扱うギャンブルの
必勝法を求める人は多いですが、個人的に
言えることは投資やギャンブルに必要なのは
センスでも運でもなく、"無私"であるかどうか
だけだと思います。
シカトブッこくなら私にシカトするべきです。

前回も同じことを書きましたが 、
損することを嫌がるのは「私は損をしては
いけない人間だ」
という自己イメージが
あるからであります。

しかしながら投資やギャンブルは容赦なく
損を強いてきます、そういうものです。
これを拒否するからおかしな事になるので
す。

ですから投資やギャンブルに
使うお金は無くなっても良いお金しか
使ってはいけないのであります。
その辺で拾ったお金をブッ込んで、それが
勝手に増減しているのを眺めているような
感じです。

この"無私"的な感覚というかお金?何それ?
みたいなものが極まると(?)ある種異常な
集中
に入る時があります。

私は若い頃の一時期、オヤジから小遣いを
だまくらかして麻雀打ちまくってた頃があって、
当然オヤジの金なんで無くなろうが何だろうが
知ったこっちゃねーと思って打ってたわけですが
そうすると何故か冴え渡った打ち回しを
発揮して勝てるんですよね。

これが自分の金だと途端に勝てなくなるんですよ
当時はあの異常な冴え渡る感覚は何なのかと
不思議でしたが、今思うと麻雀打ってる私という
感覚すら無くなっていたと思います。

何しろオヤジの金なんで、いくら無くなろうが
また適当にだまくらかせば良いやぐらいにしか
思ってませんから、最初から麻雀という
賭け事にすら参加してないですよね。

普通なら親の金で博打やってる時点で
多少の罪悪感を感じると思うんですが、
当時の私は全くそんな事思わなかった
サイコパス野郎だったのが幸いした(?)の
かもしれません。

話が逸れましたが、投資やギャンブルに限らず
どんな事でも不快感を感じてパフォーマンスを
発揮出来ていないと思ったら、
自己イメージとの同一化から離れてみることを
お勧めします。

同一化から離れた場合、またある種独特の
感じがある場合もあるんですが、その辺は
次回に続きます。
昨日とは別の方ですが「私も職場で
シカトこいてくる奴がいるので、そいつを
シカトしようと思いますが、職場の空気が
悪くなってしまうかもしれないのが不安です」

というメールを頂きました、
ありがとうございます。

昨日の記事の補足になってしまいますが、
自己というものはありませんが自己イメージ的な
ものは誰もが持っています。
その自己イメージを通して見ているものは
極論すれば全て空想の産物であります。

しかしながらこの自己イメージというのが
厄介で、あまりにもこれ(自己イメージ)と
同一化している為に、これからズレると
不快感を生じてしまうのであります。

前述した「職場の空気が悪くなってしまうかも
しれない」は「私は職場の空気を悪くする
ような人間ではない」
的な自己イメージが
絡んでいるわけで、つまり全ての始まりは
自己イメージとそこからズレる事にあります。


という事はその自己イメージは単なる
空想の産物である、と知れば自己は消失し、
何の問題も無い世界が現れるわけです。

多くの人は自己イメージの中で生きています。
自分は健康だというイメージを持っている人は
ちょっとの風邪でも動揺しますが、
毎日風邪ひいてる人は別に気にしません。
別にこれは私は病弱だとイメージしろという
わけではなく、自分は健康だという
自己イメージがそもそもの問題なわけです。

ですから何か不快感を感じる場合は、
アイツが悪いとかアベ政治が悪いとか
すき家の陰謀だとかの前に、あまりにも
同一化し過ぎた自己イメージを捨てる事が
一番簡単です。
「職場である人からシカトブッこかれてるけど、
その人の隣にいるだけで緊張する。
どうしよう」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

これは前も書いたようにその人にパワーと
いうか何というか、力を与えているのは
他でもない己自身であります。

なのでこちらもシカトブッこいていれば
良い
だけなのですが、そもそも多くの人は
人間関係に限らず何に対しても特定のイメージを
まず描いて、それによってほぼ全自動で
反応を決めています。

逆に言えばどんな反応が起きるかはイメージに
左右されるわけですから、イメージ自体を
変更してしまえば自ずと導き出される反応も
変わってしまいます。

ですからテクニック的な話になりますが、
シカトブッこいてくる奴はこちらの事が
見えない盲人であるとしてしまえば
別に隣に居ても緊張もしないし、気にも
ならなくなると思います。

この時以前のイメージは全て捨てる事です。
前は話した事あるとか意外と仲良かったとかも
真実ではありません、所詮は様々な反応を
引き起こすイメージに過ぎません。

今は"隣に居ても緊張しない"を引き出すための
イメージがいるわけですから、
コイツはメクラだとかコイツはアホやとか
とにかく都合の良い反応が出来るイメージを
探せば良いのであります。

結局人間は"自分が欲しい反応"の
為に適したイメージを当てはめている、

と言えます。誰もが欲しいものを
手に入れてるんですよ。

アベ政治を許さない人たちは何があっても
"許さない"という反応をしたいが為に
悪い所ばかりイメージしていますし、
結婚したいと思っている人は相手の良い所
ばかりイメージしているのと同じです。








でも私は「コイツは顔も性格も悪い女や!」
という反応をバリバリしていましたが
何故かその女性と結婚していました、
どうしてこうなった。

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