忍者ブログ

知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

HOME • Admin • Write • Comment
「地震とかを予感出来る勘を養うには
どうすれば良いのか」
というメールを
頂きました、ありがとうございます。

そもそも勘とは何かっつーと、未来をある程度
予測するというか、何となく雨が降りそうとか
今日はずっと晴れてそうとかも、的中すれば
勘が良いとか冴えてるとかになりますよね。

という事は過去の天気図とか集めてデータ予測を
やれば良いのか?と思うかもしれませんが
これは過去と未来が存在するという前提で
成り立つものであります。

そうでは無くて、過去も未来も存在しないという
前提に立たねばなりません。従って勘を養うと
いう言い方は少し違います。

少し話が飛びますが、例えばある映画で 
登場人物が十分後に撃ち殺されるとしましょう。
これを最初から分単位で見れば確かに十分前には
その人物は生きているように見えます。

しかしフィルムを十分間ひとまとめにして見ると
生きている状態と撃ち殺されてる状態が
同時に在るように見えます。
そうなるとこの人物は生きているわけでも
死んでいるわけでも無い状態になるとも
言えます。

これは人間の一生も同じで、生まれた瞬間から
死ぬのはわかっているわけですから
それを映画のように分単位で眺めていれば
一つの物語に見えます、しかし一生分
引き伸ばして見れば、生と死が同時に存在する
状態となります。

こうなると産まれたばかりの私と、
晩年の私、という区別も無くなります。
生と死、若い頃と晩年が同時に存在するからです。つまり私個人、という認識は
幻想であるという事であります。

個人という幻想の中にいると、例えば

2001年 ☓☓が起きる

2002年 〇〇が起きる

2003年 △△が現れる

という様に事柄を一つ一つしか認識出来ませんが
前述のように"同時に存在する"認識になれば
(☓☓〇〇△△)というように、ひとまとめに
なりますから2001年の時点で△△が
何となく観える、という感じになります。
ですから話を戻すと勘を養うとか予測を
立てるとは少し違います。

なのである程度決まっているものを感じると
いうのが近いかもしれません。









と、ここまで偉そうに述べてきましたが、
私もまさか娘にメロメロの溺愛パパに
なるとは全く思いませんでした。
なのであまりアテにしないでください。
PR
ヒジョーに強い予感があったので思わず
天災の予感がしますと、書いたというか
呟いたら、岐阜の方で地震が起きて
しまったではありませんか。

だいぶ前もなんとなく地震が
起きそうとか何かありそうとか書いたら
ホントに地震があったり海外で飛行機が
事故ったりしたので、岐阜から南海トラフ地震が
発動とかになるとシャレにならんので、
やはり予感系は書かないようにします。

地震があった地域の皆様はお気をつけ下さい。
なんとなく天災の予感がします

家族に関する悩みのメールは結構多く
頂きますが、基本的には無関心になった方が
良いんじゃないかと思います。

これは別に冷たい態度を取れとかではなく、
特定の事柄に集中すると、どんどんそれが
力を持って大きなウエイトを占めるように
なってしまいます。

前も書きましたが好きの反対は無関心ですから、
特定の対象に力を注ぎ込まない事が肝要です。

もちろん無関心になる事で、例えばそれが
家族なら何となく家族との関係が変化して
いくように感じられる場合はあると思いますが、
それでまたどうこう悩む必要はありません。

悩むというのは、ある対象に対してせっせと
栄養を送り込んでいるようなものですから、
栄養を送り込まなければ自然と解消されていきます。





余談ですが嫁さんから聞いた話で
「次の元号に"安"の字を入れようとしている
アベ政治を許さない!」
とSNSとかで
騒いでいる人がいるそうで、別に
どんな漢字使おうが何でも良いじゃねーかと
思うんですが、これなんかまさにせっせと
力を注いでいる状態と言えます。

好きと嫌いは表裏一体ですから、
こういうのは恋と同じなんですよ。

私が厨房の頃に好きだった女の子は
名前が飛鳥さんだったんですが、
歴史の授業で"飛鳥時代"なんて出てきたら
もうドキドキしてましたよ。

今思うと実に厨房な感じで、若いって
良いなあと思いますが
好きな子ならともかく気に入らないものに
力を注いでも何も良い事が無いので、
やめた方が良いと思います。
私は幼稚園か小学校一年の頃に子供向けの
オカルト本で初めてノストラダムスの大予言
知ったんですけど「1999年人類は滅びる!」
という内容に幼い私は衝撃を受け、
「なんてこった、こりゃあクックロビン
音頭なんてやってる場合じゃないやんけ!」
と絶望しておりました。

その後も厨房の頃にはマガジンのMMRとかで
やはりノストラダムス特集をやったりして 
私の世代だとノストラダムスの大予言て
特別な響きを持っていると思います。

で、今回の話の要点はノストラダムスじゃなくて
これが仮に「2999年人類は滅びる!」だったら
「なーんだそんな先の事どうでもエエわ」
スルーしてたと思うんですよ。

つまりすごい先の事考えると「もうその頃は
死んどるやんけ」と自我が判断するので
一時的に自我が消滅するのに近い感じに
なるんですよ。

そうするとあら不思議、悩みも何もかも 
消えてしまうんですね。
まあこれは当たり前で自我が認識不能と
判断するとそこから先は"無い"ことに
なりますから悩みもクソもありません。

これを逆に言えば、悩みだ願いだというのも、
結局は自我の判断から生まれる幻に近いと
いうことであります。

1999年に人類は滅びる!に対して、
どうしようこうしようと思い悩み潜在意識やとか
神に祈るんやとか色々やるかもしれませんが、
これが2999年人類は滅びる!だと
( ´_ゝ`)フーンとなるのは"消滅"しているで
あろうと自我が勝手に判断するからです。

なので常に自我に惑わされるぐらいなら
数秒後に自分は死ぬと思ってるぐらいで
ちょうど良いと思います。

数秒後に死ぬなら過去の後悔も未来の不安も
色々感じようがありませんし、無理やり
今に集中しようとかも必要ありません、
今と一体にならざるを得なくなるからです。

これは有名なトリックアートのルビンの
ツボ
で言えば、顔とツボを同時に
認識するようなものです。

こうしてあなたはルビンのツボで言えば、
向かい合っている顔(生)でも真ん中の
ツボ(死)でもなくルビンのツボが
描かれている"場"そのものになりました。

場は普段は見えませんが、何かを書けば
場があるとわかります。というか何かしら
無いと絵は書けないですから。

つまり生きているわけでも死んでいるわけでも
無く、何かを思ったり見たり観察したり
しているものでも無い、純粋な土台です。

カレンダー

02 2019/03 04
S M T W T F S
1 2
4 5 6 8
10 11 12 13 14 15 16
17 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
知らん
性別:
男性
職業:
食う寝る遊ぶ
趣味:
超合金魂
自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

合体と恐竜は男のロマン

バーコード

ブログ内検索

P R

アクセス解析

Copyright ©  -- 知らんモンは知らん --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]