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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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ネガティブな事は簡単に手放せるが、
ポジティブな事を手放すのは難しいのでは?」

というメールを頂きました、ありがとう 
ございます。

これは非常に鋭い指摘であります。
この"ポジティブは手放し難い"という点は
何故かと言うと、基本的にネガティブな事は
他所から襲いかかってくるようなもので、
ポジティブな事は自分自身が頑張って
切り開いた的な感じに取ることが
殆ど
だからです。

ギャンブルでも投資でも上手くいったら
俺は天才とか言い出して、損すると流れが
悪いとかタイミングが悪いとか世の中が悪いとか
言い出す人がたまに居ますが、
上手くいってもそれは偶然に過ぎないという事を
受け入れられるかどうかが、ポジティブな
事すら手放せるかどうかの試金石です。

上手くいったとしても、俺は無能や!
言えればこれはポジティブやネガティブを
超越してると言えるでしょう、別に言わなくても
良いんですが。

ネガティブもポジティブも全部偶然や!と
全て受け入れてしまうと、残るは自我の
判定を受けないものだけが残ります。

他所から襲ってくるネガティブも無ければ
、自己を支えるポジティブも最初から
無かったのであります。

こうして人生には何の問題も無くなりました、
おめでとうございます。
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「今に在るとか今こことか意味わかんない、
死にそう」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

在るとか"ここ"という言い方が
あまり良くないというのは少し思います。

例えば今ここに焦点を合わせましょうとか
言われて、隣のオッサンに合わせる人って
あまり居ないと思います。

多分自分だと思っている感覚の真ん中とか
上の方だと思うんですよね。
人によっては丹田とかかもしれません。

つまり"ここ"と言っても何らかの基準点的な
ものが無いと肝心のここが出て来ないので、
結局は自我の領域のどっかしらに基準を
置く
ことになってしまいます。

そうするとそこからブレるように感じると
「私は今に在ることが出来ていない」とか
余計なことを感じるようになります。
これだと自我が新しい概念を獲得して
その概念で遊んでいるだけです。

そうではなくて今ここの"ここ"とは何処なのかを
ひたすら探してみる事です。

しかし探してみても前述したように何らかの
基準が無いと今もここもクソも無いのですから、
実は"ここ"は存在しないのですね。

で、ややこしいですがここは存在しない、
という事は存在しないというのが存在する
わけで、それが時間や空間を超えた"今"で
あります。
「スピリチュアルでよく言われる事は
いわゆる離人症の状態になる事なのか」
という
メールを頂きました、ありがとうございます。

離人症って調べてみると早い話がパニック障害や
うつ病の一種でもあるみたいですね。

これはスピ系で言われているものとは
明確に違うと思います。ただ文章で書くと
現実離れした感が何となく離人症ぽい印象を
与えてしまうのかもしれないですね。

離人症は自己の感覚が他人のように感じたり、
自己が幽霊になって見下ろしているようにも
感じるらしいですが、これは確かに自己という
感覚にとっては不快ではないかと思います。

つまり今まで自己の肉体という感覚で
世界と接していたのが、肉体を離れた感覚で
世界と関わるようになった状態と
言えるかもしれません。

あんまり例えが良くないかもしれませんけど
麻雀でテンパってる時に相手がリーチして来て
その時はオリを選択したけど、勝負してれば
次のツモで和了ってた、次の局はテンパイも
出来ずにあっさりツモられて2着で
終わってしまった。これを肉体の感覚を
通して経験しているのが通常(?)で、
離人症はツモってる指とかを自己だとは
感じないけど、経験自体はしっかり経験している
状態と言えるかもしれないです。

スピ系で言われる奴だと経験自体が存在しないと
いうか、物語に自己が介入していません。

先の麻雀の例で言えば、肉体という感覚を
通じようが肉体から離れていると感じようが、
勝負しなかった故に和了りを逃して
逆転されたっつーゲームの展開に個人が
ガッツリ介入しているわけですが、
この展開に個人が全く介入しなければ
果たしてこの展開自体が本当に存在して
いるのか、という話になります。

結局の所、全ての物語は介入している
個人の中にしか無い
からです。

映画の世界はDVDやスクリーン内に確実に
存在していますが、同時に何処にも
存在していないのと似ていますね。
「スピリチュアル系の本やブログを見始めて
穏やかになりましたが、職場は結構殺伐と
した所で、アグレッシブが求められるので
今の穏やかモードと仕事が合ってない感じで
困っています」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

結論から言っちゃうとスピリチュアルを知って
穏やかになるっていうのは副産物みたいなもので
実際はあまり関係ありません。

心が落ち着くとか穏やかになったというのは、
単なる状態に過ぎないのであります。

これはドラクエで状態が"どく"から"まひ"
なったようなもので、本質的なものでは
ありません。

要は勝手に先の事を予想したり期待して、
ああでもないこうでもないと自我が
行ったり来たりするのが問題なわけで、
アグレッシブな仕事だろうがボーッとして
やる仕事だろうが、起きる事は何の問題も
生まないし、また何の幸運も生まないと知れば、
結果として本質的なものに帰属する事に
なるのであります。
昔の知人に久々に会ったのですが、
彼は超が付くほどの麻雀好きで、一時期
桜井章一さんで有名な雀鬼会の道場に
在籍していた時期もあったと記憶しています。

で、何となく雀鬼流に興味を持ってちょっと
調べてみると、打ち方に様々な制約が
あるんですね。

これらの制約は麻雀というゲームで勝つには
かなり非合理的な制約と思いますが、
わざと制約を課す事で、前回の記事にも
書いたような"正しい事である"という思い込みを
外す事を狙っているのかなとも感じました。

YouTubeとかで見れる雀鬼会の皆さんの対局も、
麻雀やってるというより何か宗教的な修行の
ような空気ですし(しかもツモってから
切る速度がバカみたいに速い)

個人的には雀鬼流は麻雀が強くなるというより、
麻雀打ちとして強くなる
事を目指して
いるのかなあという印象です。

麻雀打ちとして何事にも動じないようになれば、
自然と勝ちは転がってくるという境地に
達するのを目的としているのでしょうか。





ちなみにだいぶ前の記事でも、
桜井さんについて書いているのですが、
この時は特に雀鬼流に関して調べてないので
かなり適当に書いた感が伝わって来ます。

この過去記事でも言及している桜井章一は
元コーヒー豆の輸入業者
っつーのは
本当なのか否か今だにわかりません、
情報求む。

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