「なにをやってもうまくいかないでござる。願望が叶わない気がして死にたいでござる」という
切実なメールを頂きました。
これに対し、何もしなきゃ良いんですよ(笑)とか言うのは簡単ですが、やはり何もしないでいるのは
相当に恐怖というか不安を感じるようであります。
そもそもこの投稿者を恐怖と不安で縛り付けているのは何かというと、「願望が叶わない気が
してきた」と言っているように、
願望そのものです。
だったらもう、
いっそのこと諦めれば良いと思います。
「そんなことは出来ないでござる」となるかもしれませんが、「諦めますた」となったからと
いって何か変わるかというと、何も変わりません。
逆に「諦めません」となったからといっても、やっぱり何も変わりません。
つまり思考でああだこうだ言っても何も変わらないのです。
願望を叶えるというのはどうしても余計な思考が入り込みます。
これさえあればとか、こうなればとか、あの時からやってればとか、思考が未来と過去を
行ったり来たりして
ブレブレであります。
簡単な例をあげると、草野球でホームランを打ちたいと思って打席に立っていると、
どうしたって色々考えます。ここで打たないととか、以前よりも球を飛ばしてやるとか、
女性のギャラリーに良い所見せなきゃとか、それらを統合して「打ちたい」という
「願望」の形になります。
ではこの
「願望の生成」みたいのを諦めてしまうとどうなるか、もはや以前のように、
ここで打たないととか、球を飛ばしたいとか、女性に良い所見せたいとか、
全てどうでも良くなります。
「でも失敗したらどうするのさ」と思うかもしれませんが、
もう願望じゃないんだから失敗してどうこうって考えは要らないんじゃないですか。全てが消えたあと、あるのは世界=自分だけしかありません。
あとは球が来たらバットを振れば良いだけです。
「バットを降る事の出来る空間・世界」を創ったのは文字通りあなたなのですから、
結局世界はあなたが創ったものです。
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