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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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相変わらず子育てに奮闘中であります、
子育てマジ大変。

娘は高速ハイハイを習得しつつあり、
家中を這い回っております。

最近は「こっちおいで!」と言うと、
めでたく高速ハイハイで寄ってきてくれるように
なりました。たまにあまりにも可愛くて
感動した私が抱っこしながら
( ;∀;)←こんな顔になっている時も
ありますが、娘が真顔で
「(゚Д゚)何やこのオッサン・・・」みたいな
感じで見つめてくるのも、これまた
チョー可愛いんですよ。

子育ては想像以上に大変ですが、
チョー可愛いのを見ると疲れも吹っ飛びますね。

しかし最近、私が密かに気にしているのが
娘が明らかに嫁さんに対してだけ「まー」とか
「まうー」とか言うようになったんですよ。
私にはそんな事言わないのに、この調子だと
「パパ」より先に「ママ」と言ってしまうじゃ
ないですか。そんな事があってはならない!


というわけで何とか先に「パパ」と
言わせようと奮闘中です。
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「全て受け入れるとかありますが、
実際嫁さんが死んでも娘さんが重病になっても
受け入れなくてはならないのでしょうか?」

というメールを頂きました、
ありがとうございます。

この場合の"受け入れる"は未来への不安を
受け入れるか否か、になっています。
未来に何があるかはわからないので、これは
不安でも期待でも何でも受け入れるしか
ありません。

そもそも何で受け入れるのかっつーと、
だいぶ前にも書いたと思いますが、いわゆる
ゲームで言うプログラマー的な視点に立つには
何でもかんでも受け入れるのが手っ取り
早いからです。

プログラマーがゲームの全てを受け入れなくては
ゲームが成り立ちません。ですから全て
受け入れる、というのはそれが即プログラマーの
視点になる
わけであります。

どうしても未来の不安に押し潰されそうだと
いうなら、何でもかんでも感謝感激雨あられで
良いと思います。

よく「何にでもありがとうを言えや」
みたいな事がスピ系の本に書いてあるのは
不安を不安として成り立たせない
テクニックみたいなものです。
実際はありがとうとプログラマー視点は
特に結びつきはありません、あくまで
不安が消えない人用の対症療法的なもので、
そのうち不安という概念も薄くなります。

で、ここからがパラドックスになるのですが
プレイヤーの視点、つまりマリオの視点の
場合はたくさんコインが欲しいとか
1UPキノコくださいとか思いますが、
プログラマーの視点になってしまった場合、
別にマリオが何人死のうがプログラミングの
範疇なので、特にキノコくださいとか
どうでも良くなりますよね。

ところが面白い事にプログラマーの視点に
なった途端に、アホみたいにコインやキノコが
出てくるのであります。

これは結局の所、マリオもコインもキノコも
同じドット絵であって同じプログラムを元に
しているからこそ、プログラミングされた
世界にいくらでもある事に気付くような
ものだと思います。

これがマリオの立場からキノコくださいだと、
延々と裏技探すようなもので、
なかなか厳しいものがあります。

ただこれを突き詰めると、コインやキノコを
沢山もらって喜んでいるマリオもまた、
居なくなってしまうのであります。
「ちびまる子ちゃん」で有名な漫画家の
さくらももこ先生が亡くなられましたね、
ご冥福をお祈りいたします。

ところでO川隆4先生は、やはりさくら先生の
霊を降霊されるのでしょうか、
もうやってたりして。

これがホントのインチキおじさん登場ってか。

すいません何でもないです。
大ヒット中の映画「カメラを止めるな!」
盗作騒動が持ち上がっているそうじゃ
ありませんか。
何か原作者の方から「あれは俺の芝居が
原作やんけ」とクレームがついてるとか。

私の知人が観に行って「面白かった」と
言ってましたが、パンフレットには某劇団の
芝居を参考にしたよ的な事は書いてあった 
らしい(?)ですね。

という事は「予想以上に売れやがってムカつくぜ!」という嫉妬から来るものなんでしょうか、
何か嫌ですねえ。

私の知り合いにも舞台監督とか舞台役者とか
演劇関係の人間が何人かいますが、
どいつもこいつも嫉妬深いっつーのは
共通点ですね。あとやたら他人の貯金とか
収入を気にしてる所とか。

まあ「俺の方があいつより面白いものを
作れるんだ!」
という気合いは創作に
関わる者としては必要だと思いますし、
人の懐具合が気になるのも演劇自体
パトロンがいないとなかなか成り立たない
という事もあるので、しょうがねえかな
とは思います。











ちなみにタイトルは伏せますが、
実は私も数年前に知り合いの演劇関係者に
しつこく頼まれて、当時無名で今も無名の
某映画監督の作品に出資した事があります。

今だから言いますが、出来た代物が
まあクソつまんねー映画で絶望しました(爆)
「今に在るとか今こことか意味わかんない、
死にそう」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

在るとか"ここ"という言い方が
あまり良くないというのは少し思います。

例えば今ここに焦点を合わせましょうとか
言われて、隣のオッサンに合わせる人って
あまり居ないと思います。

多分自分だと思っている感覚の真ん中とか
上の方だと思うんですよね。
人によっては丹田とかかもしれません。

つまり"ここ"と言っても何らかの基準点的な
ものが無いと肝心のここが出て来ないので、
結局は自我の領域のどっかしらに基準を
置く
ことになってしまいます。

そうするとそこからブレるように感じると
「私は今に在ることが出来ていない」とか
余計なことを感じるようになります。
これだと自我が新しい概念を獲得して
その概念で遊んでいるだけです。

そうではなくて今ここの"ここ"とは何処なのかを
ひたすら探してみる事です。

しかし探してみても前述したように何らかの
基準が無いと今もここもクソも無いのですから、
実は"ここ"は存在しないのですね。

で、ややこしいですがここは存在しない、
という事は存在しないというのが存在する
わけで、それが時間や空間を超えた"今"で
あります。

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