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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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何と大御所声優である古谷徹氏がファンの女性と不倫の
末に中絶させ、しかも暴力まで振るったとかの
スキャンダルが発覚したではありませんか。

私の世代だと古谷氏はガンダムのアムロよりドラゴン
ボールのヤムチャ、聖闘士星矢のペガサス星矢が印象に
残っていますが、今回は強引に男女の仲というか恋愛と
スピリチュアルを強引に繋げようと思います。

まあ恋愛とスピリチュアルって相性悪いっつーか難しい
んですよ。当ブログでも同じことを飽きずに書いて
ますけど要は人生とか自分というストーリーから離れ
ましょうって事なんですが、恋愛って自分事というか
どうしても独占欲みたいなのが出てくるんでストーリーに
没入してしまうわけですね。

なので若い人だと難しいかもしれませんけど
あんまり夢中にならない方が良いですね。
こりゃダメだと思ったらさっさと引いて次行くぐらいで
良いと思います。
大体これは運命の人だとか何だとかそれこそ自我が勝手に
盛り上がる
為に作ったキャッチコピーみたいなモン
なので、その時はそのキャッチコピーに惑わされない事
です。後になってからやっぱり運命的なものだったの
かなとかは感じますけど、それこそ自我には知る由が
無い話なので。

そもそも出会った頃は大切な人でも結婚したら何か
そうでも無くなって私は幻を愛したのかしらとか思って
いる人もいるかもしれませんが、結局自我というのは
その時その時でコロコロ万華鏡のように変わるもの
ですし、更に言えば自由意志があるのならば結婚しようが
何しようが大切な人という意志を持ち続ける事は出来る
はずです。つまり自由意志も無く、常に変化している自我
を感じている、言い換えれば自我が活躍(?)する
舞台として存在する何かがあるのであります。







話戻りますけど古谷氏が交際していた女性を妊娠させた
のが恐らく六十後半から七十歳手前(!)の時だったと
思われるので、これはさすがというかやはり白いヤツに
ニュータイプが含まれていたとしか思えません。

私も最近はもう二人目作るとかキッツいわーとか
思ってましたが、古谷氏を見習ってキツいなんて言って
られないですね。といっても嫁さんもいいオバハンに
なりつつあるので別の意味でキッツいわー(爆)
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この前現在公開中の映画「猿の惑星 キングダム」を
観たんですよ。私は猿の惑星シリーズ好きで原作は
もちろん、今まで公開されたシリーズ作品全部見てます。
実に今までで9本も作られていたんですねえ。
軽くネタバレしつつ紹介すると、

猿の惑星 あまりにも有名なラストシーンでDVDの
パッケージでも思いきりネタバレしている。
猿の惑星は全く見たこと無くてもラストは何となく
知ってるという人は多いのでは。実はラストは原作と
かなり違うというか堂々と原作改変。

続・猿の惑星 まさかの核ミサイルブッパで
地球消滅ヤケクソエンド

新・猿の惑星 一作目で主人公に協力したサル夫妻が
ミサイルブッパの前に避難して過去の地球に来ていたと
いう設定。人間に危険視されて最後は夫婦共に
撃ち殺される。

猿の惑星・征服
サル夫妻が殺される前に残していた息子のサルがシーザー
と名乗りサルたちのカリスマリーダとして人間達に
立ち向かい「これからは猿の惑星や!」と宣言

最後の猿の惑星
シーザー率いるサル軍団と人間達のドンパチが激化
しつつも色々あって和解。猿と人間が共存する世界に
なるが何となく意味深なラストシーンで完結。

PLANET of the APES 猿の惑星
ティム・バートン監督での待望のリメイクだったが
思いきりコケてシリーズ化も無し、ラストは最も原作
寄り。興行的にはコケましたが個人的にはこれが一番好き
です。

猿の惑星創世記
猿の惑星新世紀
猿の惑星聖戦記
リブート三部作、これは完成度が高く普通におすすめ。

で、今回の「キングダム」はリブート三部作の一応続きと
いう形なんですね。
前半は若者サルの冒険譚という感じで何となくビミョーな
感じでしたが、後半から一気に面白くなりました。
リブート三部作を見てなくても問題無い作りになっている
ので、普通におすすめ出来る映画でした。
スピリチュアルでよく言われる真理に近付く手段云々と
いうのがありますが、基本的に自我は近付くとか前進する
とか、常に運動の概念にとらわれています。

早い話、自我が人生と呼んでいるものは万華鏡のように
一定のパターンで回りながら色を変えているもので
あって、その色に対して赤が良いとか青は嫌いとか
言っているわけです。
赤をもっと出したいので何かをすれば赤が出てくるんじゃ
ないかと色々と働きかけようとするわけで、それが瞑想
だったり何だったりという"運動"になるわけです。

それでもまあ赤が出たり出なかったりするわけで
そうするとまたやり方変えて色々やるわけですが、
これ実は因果関係が逆です。

例えば腕立て100回やったから大胸筋がデカくなった、
と思いますが大胸筋がデカくなるのは既に決まっており、
デカくなるのを自我が確認する為に腕立て100回という
行為が現れます。

これは決定論・運命論的に聞こえるかもしれませんが
これがわかると自我が人生と呼んでいる幻から解放され、
本当の意味で自由になります。
ずっと幻の中で前進し続けるという運動から解放されて
静寂として在り続けるのであります。
どうでも良い日記ですけど今やってるアニメで
「ダンジョン飯」てのがあるんですが、娘がこのアニメに
影響を受けたのか最近はお料理に興味を持ってるんで
すよ。

女の子なら料理ぐらいというのは今の時代古い感覚かも
しれませんが、ダンスだスケボーだと基本的にアクティブ
なタイプの娘がママのお手伝いをしながら真剣な顔で
お料理している所を見るとやっと少しは女の子らしく
なったのかと少々感慨深いであります、連休中は餃子を
作ってくれたりしてパパは感激です。

というわけで昨日、娘に「ダンジョン飯ごっこしよう!」
と言って夕飯にワニの手羽先を出したら
Σ(゚Д゚)ナニコレ! ヤダーッ! とか言いながらも
ハイテンションで食ってたので基本的に食い意地は
張ってる娘ちゃんでした。
「嫌なことや気に入らないものを放置している状況は
全てを受け入れている事ではないのか?全て受け入れ
られれば楽になれるのか?」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

これはまあ受け入れる云々とかは置いといていかに自我が
楽になれるかどうかという事だと思いますが、基本的に
自我というものは楽にはなれません。

何でかというと自我と認識は表裏一体だからであります。
前も書きましたが骨と骨が合わさり動いているように
見えるのを関節と呼んでいるのと同じように世界を認識
する為に自我があります、しかし自我があるように
感じるが故に自己に問題が降りかかるように感じ、
その問題をどうにかしたい、あるいは自我を楽にしたいの
繰り返しを行っているのが殆どです。

なので気に入らないものを放置も受け入れるも結局は
自我が"放置している"とか"受け入れた"とか判断している
だけで実は何も変わっていません。
先程の関節の例えで言うなら肘を90度曲げようが
45度曲げようが前腕の骨と上腕の骨が動いただけで、
新たな関節が生まれたわけではありません。

更に言えば肘が曲がったとか真っ直ぐだとかの現象、
つまりゲームで言えば現れたコンテンツに対しての
リアクション
を行うのが自我なので、コンテンツに対して
自我がどのように感じて振る舞うかをコントロールする
事は出来ません。これを言い換えると自由意志が無い、
となります。

というわけで特に何もしなくても受け入れざるを得ない
ので変に意識しない方が良いという話でした。

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