「コロナ騒動にビビっています!どうすれば
ビビらずに済みますか!」というメールを
多く頂きますが、ビビった所でしょうがないので
取りあえずうがいと手洗いをやれば良いのではと
思います。
と言ってもそれだけではもはや単なる健康ブログ
と化してしまうので、スピリチュアルぽい事を
言うとですね、ビビらずにいるには要は世界に
参加しないという事であります。
これあまり例えが良くないかもしれませんが、
例えばボクシングで殴る動作って、
まあストレートだけで言うなら腕を真っ直ぐ
出すだけの動作なんですよ、つまり普通に
腕を突き出せばそれはストレートなんですよ。
腰を入れないと威力が出ないとか正確に
ナックルを当てろとかそういうのは置いといて、
取りあえず腕を伸ばすだけ、なんですね。
しかしこれが相手が目の前に居て、相手を
やっつけようとかパンチを効かせようとすると
途端に腕を伸ばすだけのはずの動作が難しく
なるわけです。
つまりボクシングの試合っつーものに参加して
しまっているわけですね。
いや相手居るんだからボクシングやろ、と
いうのは正しいですが、これが逆に相手を
倒そうとか思わずに、ただ単に手を伸ばして
結果的にそれが相手に当たるという形ならば、
腕を伸ばした当人はボクシングをしていると
いう感覚では無く本当にただ単に腕を伸ばして
いるだけなんですよ。
つまり傍から見るとボクシングの試合なんだけど
当人はボクシングの試合という意識の中に
居ないわけですね、感じとしては世界に
参加しないというのはこれに近いとも言えます。
つまり無私であります。
仮に相手をパンチで倒したとしても相手を倒した
という私は何処にも居ないし、仮に相手の
パンチを何発か貰ってもやはり相手に殴られた
私は居ないという事であります。
これはつまりコロナを発症するにしてもしないに
しても、そこに発症した私は居ないし、また
発症しなかった私も居ないという事であります。