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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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「私はポジティブに生きることもスピリチュアル的に
生きることも何か面倒くさいのでやりたくない、しかし
ながら少しでも心の平穏を得るにはどうすれば良いか」

的なメールを頂きました、ありがとうございます。

これは意識がウンタラカンタラいうより自我をいかに
落ち着かせるかという事を優先した方が良いと思います。
なので前回の記事も似たような事を書きましたが
輪廻転生があるとか無いとかは取りあえず置いといて、
今生は全て輪廻転生の為のデータ収集と捉えてしまえば
何が起ころうが自我が騒ぐ事は少なくなると思われます。

病気になろうが怪我しようが次の人生の為にデータを
採っていると思えば何で俺は不幸なんだとか何で嫌な事
ばかりなんだとかの思考からは自由になれます。
そもそもデータ収集は記録が目的であって結果なんて
どうでも良いわけですから。

まあ私が小学生の時に見たアニメ映画「火の鳥 鳳凰編」
のラストみたいに「おまえは生まれ変わったら小さな魚に
なるのです」
とか言われたらヽ(・ω・)/ズコーとなりますけど

別に火の鳥みたいな壮大な話じゃなくてもこのデータ収集
的な視点というのは自我を鎮めるという意味では
効果的で、急に下世話な話になりますが私はモテない
若者に恋愛のアドバイスする際にはモテない奴ほど
誠実な恋愛とかしたがるけど、そんな事しなくて良いから
とにかく目についた女の子全員に声かけろと言います。

こういう誘い方をすると女性は嫌がるのかとか、
逆にこうすると食いつくのかとか、ひたすらデータを
採れば良いという話ですね。データ収集なので振られよう
が何だろうがそれは失敗ではない
し、君がモテないという
事では無い。あくまでデータを増やしているだけなのだ、
十分なデータが出揃ってから本命の女性が出来れば
誠実な恋愛をしなさい、という事を言います。
これは株式投資みたいな必ず利益と損が出るような物事に
おいても使える考え方です、まあスピリチュアルというか
自己啓発寄りになりますけど。






でも私はデータがバグって顔も性格も悪い女性を本命と
勘違いして気が付いたら別に誠実でも何でも無く
成り行きで結婚してたんだよなあ、おかしいなぁ。
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「スピリチュアル的に今に在ろうとしていますが
お金が絡む投資やギャンブルになるとどうしても難しい
ので、どうすれば良いのか」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

これはそもそも投資とかギャンブルやめましょうと
言ってしまったら終わりなので、あくまでお金のかかった
場面でどうするかという観点になりますが、
簡単なのは神様視点の気分になってしまう事です。

例えば分かれ道でどちらかに行けば100万円落ちて
いるが、もう片方の道は何も落ちてない場合、確率の
話をすれば単純に二分の一の確率で100万円ゲットに
なりますが、これが神様視点だとどっちに100万落ちてる
かはわかっているので確率もクソも無いですよね。
なので確率とか期待値というのは神様視点からは存在
しない
事になります。

つまり投資とかギャンブルで選択を迫られる場面に
なったら取りあえず直感でも何でも良いので選択して、
後はお金の流れだけ眺めているだけで良いです。
もちろん得する事もあれば大損こく事もあります。
しかしこれはそもそも得するとか損するという話では
なく、本当に眺めるだけであります。

こんなので何か意味があるのか?と思うかもしれま
せんが、少し話が飛躍しますが眺めるというのは
神様視点に近づくという事でもあります。

例えば朝から晩まで空を眺めていると太陽が昇ってきて
沈むという一連の流れを観ることになります。

本当にそれだけですが日の出と日の入りに文句つける人は
あまり居ないと思うので、文句をつける自我が無いと
いう事は日が昇って沈む事を確実に知っていて、
それを受け入れて生活が太陽の動きに従っている。
つまり前述したこっちの道を行けば100万円を知っている
神様視点と同じです。

日の出と日の入りに従うという事はその流れに在ると
いう事であります。
流れに在るという事は特にこうしようああしようと
考えなくても適切な行動をせざるを得なくなるという
事です。
ものすごく単純な例だと日が昇れば起きて、日が沈めば
寝るみたいなモンですね。

それと同じで眺める事で流れの中にあれば投資でも何でも
適切な行動をせざるを得なくなるんですよ、
それは利益を確定させる事かもしれないし、或いは
損切りかもしれませんが、既にその事に文句つける
自我は消えているのであります。
スピリチュアル系の話がややこしくなるのが多いのは
ざっくり言ってしまうと能動的に行おうとしてしまう
からです。

どういう事かというと、例えば何かを行ったから結果と
して何かが出て来るみたいな、そういった能動的に
行っているという感覚が普段から当たり前と感じて
いるからであります。
なのでスピ系の話だと私は居ませんとか自己は無いとか
が強調されますが、これは何かを行おうとするのは
基本的に「私が」何かをする、という感覚になりがち
なので、それをやめましょうという話になります。

じゃあそれをどうすんのかというと、
全て意識が先にありきという事を知る、つまり「私が」
何かを能動的に行うのではなく、私とは受動的・結果的に
生まれる
ものだという認識になる事が肝要です。

例えばご飯を食べるというのは私がメシを食うのでは
なく、まず最初に「メシを食う」という意識があり、
その結果として「私」が出て来るのであります。

もう一つ例を挙げるとスーパーマリオのプログラマー
だとして、ボタンを押したらマリオがジャンプすると
したらそれはマリオの意志では無くまずプログラマーの
「キャラクターをジャンプさせたい」という意識ありき
ですよね。
その為にプログラミングがありコントローラーがあり
ボタンがあり、その後にようやくマリオが出て来る
わけで、マリオが自分の意志で飛んでるわけでは
ありません。

これをそのままスケールを大きくするとゲーム内の
世界におけるあらゆる現象は全て最初にプログラマーの
意識ありきなのでゲーム世界で災害や戦争が起きるのも
全て意識ありきであり、災害や戦争をゲーム内で
体現するにはそれを"受動的に"受け取るキャラクターが
必要となります。

逆に言えばゲーム内のキャラが「自分はゲーム内の
イベントを体現する為に現れては消えるプログラミングの
一部に過ぎない」
という事に気付けば、ゲームの中に
居ながらにしてゲームから脱出する事になります。
スピリチュアル系でよく言われる「世界はあなたが
作ったからウンタラカンタラ」
というのがありますが、
これだと「では何故に私はこんなひどい世界を作って
しまったのかウンタラカンタラ」
となるのは当然と言えば
当然と思われます。

これはややこしい話になりますが「私」っつー概念が
絡むからなんですよ。
私という概念は、取りあえず適当な言葉が見つからない
ので意識としておきますが、「意識」が「私」という
思考でも感情でも良いですが、とにかくそいつと
出会うから生まれるわけであります。

という事は出会わなければ「私」を通じた世界という
ものも出て来ないわけで、そうなると世界はただ在るだけ
となります。つまり私が作ったもヘッタクレも無くなる
わけですね。

ただこれだけだと意味不明なので感覚的にはややズレます
が、強引に例をあげると皆さんも小学生ぐらいの時に
読んだ記憶があるかもしれませんが、「最後の一葉」
作品がありますよね。

ざっとあらすじを言うと病気だか何だかに罹っている
女性が病室の窓から見える葉っぱを見て、
「あの葉っぱが全部落ちたら私死ぬで」とか
ちょっとメンヘラぽい事を言い出したのに対して、
画家のオッサンがアホなことぬかすなみたいに
台風が来てる夜に壁にリアルな葉っぱの絵を描くん
ですよ。
それで翌朝になっても葉っぱが落ちていない(絵だけど)
のを見た女性が希望を取り戻して元気になるみたいな
話ですね、 確か画家のオッサン死ぬんだよなこれ。

で、何が言いたいかというとこの物語の女性は葉っぱと
「私」という概念がバリバリ出会っているわけですよ、
でもこの女性以外の人は別に葉っぱが吹っ飛ぼうが
何だろうが知ったことないじゃないですか。
つまりこの全てにおいて知ったこっちゃない状態・
知らんモンは知らんが「意識」が何者にも出会っていない
状態
に近いと言えば近いです。

大体意識は最初に身体というか、身体意識的なものに
出会ってそこから「私」を形成します。
最後の一葉に出て来る女性を例にあげると意識が身体と
いう概念に出会い、この身体病気やんけという概念に
出会い、病気の私を形成し、葉っぱを見たらあれも
私だから葉っぱ全部落ちたら死ぬ、何故こんな世界を
作ったとか言い出すわけです。

まあ、ややこしいというか例があまり良くないん
ですけど、取りあえず世界を作ったら作ったで
放置で良いんですよ。
生成AIのsora2が発表されてから文章だけで簡単な動画が
出来たりとか凄いスピードでAIが進化していますが、
これ動画内で喋ってる声とかも全部AIが作成して
いるんですよね。

これを強引にスピリチュアルに持っていくと
前の記事とほぼ同じ内容になってしまいますが、
AIが作成した動画や声を観たり聞いたりしているのは
誰なのかという話になりますね。

例えばAI動画でもキャラクターの声担当は野沢雅子
ですとかだったら当然ながら野沢雅子の声を聞いていると
認識しますが、AIという実体の無いものが出している
動画内の世界、声は一体何処にあるのかっつー事です。
誰が喋って、そして誰が見たり聞いたりしているのか?

スマホの中なのか?それともアプリ内なのか?
しかしスマホを割ってもアプリを調べてもAIの作った
世界や声は出て来ません。
しかし確実にそれの存在を認識している、
言葉に出来ないものがあるという事であります。
今回のsora2の登場により、ますますその辺りの感覚と
いうか認識が進んで来ていると思います。

SFなんかだと仮想現実の中にまた仮想現実があって、
そのまた中にもう一つの世界があってみたいなのが
ありますが、AIの進化によって似たような認識が
嫌でも進むんじゃないかと思います。
それが人類にとっての進化なのか、あるいは絶滅に
繋がるのかはわかりませんが、オカルト的に言えば
何らかの意志によって人類はアニメのエヴァンゲリオン
で言ってたような人類補完計画に進んでいると思い
ますね。

もしかしたら何らかの意志が悟りの夢を見終わった瞬間が
世界の終わり
になるのかもしれません、
夢から覚めると夢の世界ごと全て消滅しますし。

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職業:
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超合金魂
自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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