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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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「精神世界やスピリチュアルが好きで様々なサイトや書籍を読みました。
不思議なのはこれだけ覚醒したとか気付いたという人が世界中に多く居るのに、
何故世界は良い方向へ向かわないのでしょうか」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

この方は非常に鋭い点に気付かれたと思います。
そもそも見ている世界や感じている自己は全て意識上でのコンテンツに
過ぎないわけであります。

ですからコンテンツ内において気付いた、目覚めたという人は無限に湧いて出て来ても
おかしくはありません。

同じように”自己”にも気付きだ何だはいくらでも起きます、
この”いくらでも”がポイントなのであります。

自己というコンテンツ内に居る以上、覚醒や目覚めはいくらでも起きるものです、
私も多分100回ぐらい目覚めてます(?)
これはスポーツ選手が練習で新たな身体感覚を得るのに近いです。
そしてその得た物に大きくフォーカスして、今度はそれを通してやはりコンテンツ内に
居続ける事になるので、新たな気付きはまたやって来ます。

つまりどういう事だってばよ?要は気付きだろうが何だろうがコンテンツ内のものに
フォーカスしている以上、ずっと同じ事を繰り返すという事です。
気付いていない人から気付いた人になって、今度はもっと気付いた人になるだけなんですよ。
まさに超サイヤ人のバーゲンセールと化すのであります。

この輪廻転生とも言うべき流れから抜けるには、コンテンツ内のものにフォーカスするのを
止めれば良いのであります。

前の記事と被りますが神様を信仰して、つまり神というコンテンツに強くフォーカスして
却って悩むぐらいなら神様なんて捨ててしまえば良いだけです。

腹が痛いとか頭が痛いというのも、そういった感覚がコンテンツ内で展開されているだけで
それでどうこうする自己も、やはりコンテンツ内のものです。

ですから勝手に展開させておけば良いのです。展開させておくという事は、
コンテンツからの離脱を意味します。コンテンツからの離脱とは、つまり生や死の繰り返しが
終わる
という事です。

気付きや目覚めなんてのは100回でも200回でも訪れます。
特にスピリチュアル好きな人なんて、ブログで毎日のように新たな気付きがありましたとか
言ってる人多いんじゃないでしょうか。

しかしながら離脱は一度だけです。何故なら離脱はコンテンツ自体が
文字通り”死ぬ”からです。

こうして悩み多き一生は終わりました、おめでとうございます。
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最近は付き合い無いですけど、十五年近く前に知り合いで某宗教に入信した奴が居て、
色々悩み多かった彼もついに神に救われるのかと思ってたら、
何かある度に教えに反してるとか神に怒られるとか、しょっちゅう神様の機嫌を
伺ってたんですよ。

今にして思うと、こういうタイプの人は宗教とかに入ると
却って色々悪化するんじゃないかと思います。

神様っていうのは概念上のものですから、言葉は悪いですけど自分を救う為に
利用すべきであって、自分という概念のさらに上位概念に神を置いて、
神が見ているとか神がどうのこうの言うのは本末転倒ではないかと思います。
だったら神様の機嫌など気にしないで、好きなことを追求する方がよっぽど健全では
ないでしょうか。

これは神様を潜在意識に置き換えても当てはまる事で、だいぶ前ですが読者の方から
「潜在意識に良いと言われる物を知ったのですが、全部私の嫌いなもので困っています」
みたいなメールを頂いた事もありますが、これも「神のご機嫌を取るのはどうすれば良いか」
的なものですよね。

何で潜在意識っつーものを上位概念のように捉えて、しかも食い物まで気にしなくては
ならないんでしょうか。祖父が昔飼ってたクソ高い錦鯉じゃあるまいし、牛丼でも食ってろと
思いました。

潜在意識とか神様でも何でも良いですが、上位の存在のように扱う必要はありません。
むしろそんなのは単なる概念であって、ぶっ壊す方が良いです。

以前も書きましたが、私の学生時代の友人は同性愛者である事に悩み、
結局、就職した後に自室で首を吊って自殺してしまいました。
彼は世間体や両親の事やら何やら気にして、それらと上手くやっていけない自分に
苦しんでいましたが、彼は彼自身の概念によって残念ながら死を選んでしまいました。

そうかと思うと先輩の一人は獣姦好きを堂々と公言し、けものフレンズとして
青春を謳歌し、ブルドッグのような女性と結婚して今も元気にやっているようです。

普通はこいつの方を世間から隔離すべきではないかと思いますが、
けもの先輩は世間体とか何だのといった概念が無い人だったので、
ある意味ダイレクトに願望を実現(?)してしまった人ではあります。

自分を苦しめているのは、やはり自分なのであります。
ですから何かの概念に気を使い出したら、その概念は捨てるべき時が来たという事です。
「就職したものの様々な事に自信を持てないので、スピ系の本に頼るようになった。
気付きみたいのを得て悩みや不安を一掃したいけど、上手くいかない」
という
若き新社会人の読者からメールを頂きました。

スピリチュアル的な気付きだの何だのを得ると一気に悩みや不安が吹っ飛ぶ、というのは
確かにあるかもしれませんが、実際はここまで一気に吹っ飛ぶ人はあまり居ないのでは
無いかとも思います。

どうも吹っ飛ぶイメージが強いせいか、一気に吹っ飛ばないと何か違う、みたいに
捉えてしまう人が多いようですが、別にスピリチュアルどうこうより少しずつ
自信みたいのを付けていくのが良いんじゃないかと個人的には思います。

結局の所、内面が少しずつ変わっていけば良いわけで、
別にスピリチュアルに頼らずとも簡単な事から始めて「意外と出来るもんやな」という
成功体験とも言えないぐらいの小さい成功を積み重ねていくのが
良いんじゃないかと思います。
その内にそれもスピリチュアル的なモノであった、と気付くでしょう。

いきなりスピ系みたいな胡散臭いものに突撃して「何故自分にはこの本の著者のような
事が起きないんだ」
とか言い出すのは危険であります、起きない方が良いです。






余談ですが私が高校生ぐらいの頃によく読んでた「ホットドッグプレス」っつー雑誌があって、
そこにハードボイルド作家の北方謙三先生が若者の悩みに答えるコーナーがあったんですけど、
質問の答えの多くが「ソープへ行け!」なんですよ。

「先生、僕は女性にもてなくて悩んでいます、服装にも気をつかっているのに
どうすれば良いんでしょうか」

「ソープへ行け!」

「先生、僕は包茎で短小なんですが手術を受けようかどうか悩んで」

「ソープへ行け!」

「先生、僕は」

「ソープへ行け!」

大体こんな感じに終始してて、当時の私は
「これがハードボイルドというものか、俺もソープ行こう!」と思ったものです。

まあソープ行ってお金払って女性と接するのは成功とは言えない性交かもしれませんが、
とりあえず女性と会話して触れ合うことは出来たわけです。
こういった小さな成功体験が大きな自信に繋がるわけであります。

ですからソープ云々に限らず、仕事でも何でも「こんなものは成功とは言えない」
感じているブロックを外してみる事で、それが大きな自信に繋がっていくものは
色々とあると思うんですよね。

というわけで小僧、ソープへ行け!


「問題や何かが起きてもそれらを受け入れるのが難しい」というメールを
頂きました、ありがとうございます。

受け入れるというか何というか、早い話が何でもかんでも感謝してしまえば
自然と受け入れられるようになります。

例えば椅子に座ってる時も、何故椅子に座れるのかというと
椅子に座れるような形状(?)に我々の身体がなっているからで、
さらに椅子の方も人間を支えられる形状になっております。

つまりお互いがお互いを支えあっているわけで、我々は椅子に座れる形状に
なっている事を感謝していれば良いのであります。

これは全てに当てはまる事で、例えば感情や思考も”感じ取れる”事が
既に感謝の対象なわけで、良いも悪いも無いのです。

本来何も無い世界(?)に実体を与えて世界を構成しているのは、
要は自作自演みたいなものなのであります。
これはゲームのキャラが敵も味方も同じCGで出来ていて、
さらに両者が居ないとゲーム自体が成立しないのに近いです。

ですから自分の意志なんてものは無いのです、ルビンの壷のように
何かと何かがくっ付いて何かを成立させているだけです。
つまり何かを成すものなど居ないし、成されるものも無いのであります。

で、話が最初に戻りますが、何かを受け入れるのが難しいというのなら
その感情のおかげで自己と世界が成立しているのだと思えば良いのです。
そうすると自己や世界というのものは何かと対になって初めて出てくるもので、
実は本来は何も存在しなかったという事を知るのです。

実際は「無」だけで、他の物はそれらを彩る模様に過ぎないのであります。
スーパーマリオというプログラムがあるだけで、マリオもクッパも
本来はゲーム内の模様みたいなものである事と同じですね。
「結婚も出来たし、子供も産まれた。仕事もそれなりに上手く行っているのに
何故かいつも不安に苛まれていて、どうすれば良いのかわからない」
というメールを
頂きました、ありがとうございます。

この方は「望んだ事は殆ど実現しました」って仰ってるんですよ。
しかしそれでも不安に苛まれるとはこれ如何に。

似たようなケースが身近にいるんですけど、たまにブログで晒し者になってもらっている
私の悪友のブラック企業経営者である仮面ライダーBLACKも、
知り合った時は漫画に出てくるような貧乏な家のガキだったので、
しょっちゅうカネカネ言ってたんですよ。

で、高校卒業してから奴はバイク好きだったんでバイク屋で働き出して、
いきなり「俺は起業するで!」とか言い出して、バイクの部品だの何だのを扱う
よくわからん会社を興して現在に至るわけですが、まあ結果だけ見れば奴は
それなりの金持ちにはなったわけです。つまり奴がガキの頃の願望は叶ったわけですね。

しかしながら奴は今だにカネカネ言ってる時もあるわけで、
若い頃は「生活に困らないだけのカネが欲しい」とか言ってて
今では生活に困るどころかそこそこの贅沢も出来る小金持ちになったのに、
結局延々とカネカネ言っています。

つまりこれは奴が「そういうキャラとしてのプログラミングだった」という事であります。
スマホゲーでスーパーマリオランてのがありますけど、あれってマリオは延々と
自動で走り続けるようになっていますよね。

何故マリオは走るのかって、そういうプログラムだからって事と同じで、
奴も預金通帳の金額が多かろうが少なかろうが、カネカネ言うプログラムだった、
て事ですね。

ここで重要なのは、そういったプログラムであった、と分かるという事は
色々なものに振り回されていた自由意志を持つ自己という幻想から脱出できると
いう事であります。

走り続けるマリオが自己だと思っていれば、障害物に阻まれれると不快に感じますが、
そういうゲームだからと分かれば別に不快ではありません。
というか快とか不快とかいう概念も無くなります。

自己は居なくなるのですが、走り続ける自己だと思っていたものは
やはり走り続ける
のであります。しかしもはやそれは自己では無く、
映画のスクリーンに投影された画像と同じです。









余談ですけどBLACKのようにガキの頃は貧乏で、その後成り上がったようなタイプは
ほぼ例外無く「競争最高や!努力最高や!」の新自由主義者になりますよね。

私は新自由主義自体あまり好きでは無いですし、努力なんて汗臭いダサいものは
まっぴらゴメンというタイプですが、これだけ真逆な者同士で付き合いが続いているのも
面白いものですね。

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