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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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選挙が近付いて来ましたが、選挙ほど
個人の好き嫌いが出るのってなかなか
ないですよね。

ウチの近所に住んでる自称リベラルの爺様は、
自民党の「このハゲー!」の人にはえらい
憤慨してましたが、民進党の不倫した
オバハンの件はスルーしていました。

そうかと思うと、この前会った時に
「アンタまだ新婚だろ、不倫はイカンよ不倫は」
とか言われたんですが、だったら某議員の
不倫の時も怒らないとおかしいやんけこのハゲ、
と思った次第です。

結局、何を好ましく感じて何を気に入らないと
感じるかって決まってるんですよね。
で、好きと嫌いとか感じるには、そういった
感情も必要ですが、何よりもその感情を感じる
自分が必要となります。

つまり無数の「自分」が存在しているわけで、
自分とは感情を表現するための器としての
概念でしかありません。

状況に応じて感情を選択し、状況に応じた
自分が現れるという事であります。

例えば葬式の時は悲しいとか神妙にするという
感情や態度が適していると判断し、それを
引っ張り出すわけであります。
決して葬式が悲しいからではなく、葬式に
応じた感情や自分は何か?という判断が
先にある
のです。

という事は自己とはやはり確立した存在ではなく
その時その時に応じている(と判断している)
無数の自己があるだけであります。

その判断をしているものは何なのか、
自己が存在しないのに自己を創り出している
ものが肝要です。

「脳が判断している」と思うかもしれないですが
脳が判断している、と思うのが最も適している
ように感じれば、それはそれで正しいし、
「すき家の本部が判断している」
思えばそれもそれで正しいのであります。

つまり自己も世界も、確固たる存在では無く、
認識の中にしか存在しないという事ですね。
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「自我が錯覚とわかっても問題が差し迫ると
すごくリアルに感じる」
というメールを
頂きました、ありがとうございます。

「すごくリアルに感じる」っつーのは、
自我というのは自分と感じている基準に
近ければ近いほどハッキリクッキリ在るかのように感じるからであります。

例えば人類補完計画のように人類が居なくなってしまうと、自我は基準が無くなるので
存在出来なくなります。

しかし自我というのは非常に長く慣れ親しんだ
錯覚なので、消えそうになると"近い"基準を
使って(?)存在をアピる性質があります。

これは貯金が100万円ある人は100円を
落とそうが盗まれようが殆ど気にせずに
多分次の日には忘れているのが、
貯金が500円しか無い人は100円無くしただけで
ずっと気にするのに近いです。

または100万ある人が1000円貰っても別に
嬉しいわけではないかもしれないですが、
貯金500円の人が1000円貰ったら
すごく幸せですと言うかもしれません。

基準を無意識に設定して、基準に依存して
自我は現れて、幸せだ不幸だと言っている
わけです。

ですから幸せも不幸も、実は存在しない
のであります。
幸せも不幸も無いという事は、それを感じる
個人という感覚も、やはり錯覚なのです。

如何に普段の我々が錯覚の中で
生きているかという事ですね。
リンクにエマさんの「願いを叶える自分になるには?」を追加しました。
「知らんさんは謙虚になったり奥さんや他の人に
気遣いをしたりするのですか?」
というメールを
頂きました、ありがとうございます。

私は毎週月曜日に更新されるWeb連載の
「キン肉マン」だけを楽しみに生きている
しがないオッサンなので、基本的には謙虚で
恐妻家です。

まあこの手のブログを書いてるせいもあって、
感情の無いサイボーグのような印象を
持たれている方も居るかもしれないですが、
別に感情が気薄だったり無関心という事は
無いです。

夢の中でも登場人物が感情的になったり何だと
色々とあると思うんですが、それと同じです。

つまりどれだけ気付きを得たとか何だとか言っても
それは何処まで行っても夢の中の登場人物が
そう言っているだけで、偽りの気付きであります。


ですから夢は夢でそのまま在り続ければ
良いのであります。
夢の中の登場人物の性格設定をいちいち
気にする必要はありません。
基本的に「これこれこういう事で悩んでいるので
どうしたら良いんや」
的なメールが多いのですが、
悩んでいるのでどうのこうのという事は、
裏を返せば急を要する問題では無いという
事でもあります。

例えば変なオッサンに追いかけられてる時にスマホ
取り出して「助けて下さい、変なオヤジに
追われています!」
とかメール打たないでしょう。

あるいは彼女や彼氏とヤッてる時に
スマホ取り出して「今から逝きます」とか
メール送らないと思います。
送られても困ります。

つまり今と一体化している時は、
それが大ピンチだろうが幸せMAXだろうが
それを(ピンチだとか、幸せだとか)感じない
んですよ。
感じる対象が消失するからです。

対象の消失自体は、別に特別な事でも
何でもありません。

熟睡している時は対象は消失していますし、
風呂に潜って限界まで息を止めたりしてれば、
やはり対象は消失します。「苦しい、どうすれば良いのか」とか思わないでしょう。
悩みも何も無い完全な状態は常に在るので
あります。

問題は「ではどうすれば良いのか」という
質問自体であります。

常に在るものに対して「どうすれば良いのか」は
おかしな話です。

答えは存在しているのですが、質問が
存在しないのであります。


しかし多くの人は答えが導かれる何らかの
質問が存在していると考えてしまいます。

哲学的な表現になってしまいますが、
実は質問の方を捨てるべきなのです。

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自己紹介:
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