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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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この前パソコン買い換えて、データとか移し変えたんですけど、膨大な画像データとか
ファイルとか、目に見えないけどパソコンを通じて見えるようになるのは、
我々の思考や感情と似ています。

前に我々は単なるプログラミングに過ぎない的な事を書いたのですが、
思考や感情も我々というパソコンを通して出てくるものであります。

常にデータが飛び交っており、それが「何か」を通して世界を作り、
我々の肉体や感情や思考も作ります。
この「何か」とは意識とか、宗教では神とか言われているものですが、
要は我々が思っている「私」とは何処にも居ないのですよ。
全ては単なる投影に過ぎないのであります。

「こんな酷い世界を投影した覚えは無い」と言うかもしれませんが、
その文句自体や、それを言っている私という感覚も投影であります。

ですから少しややこしいですが「全て投影である」という考えも、
やっぱり投影なのですね。
投影が投影について考えているのだから、正しい答えは存在しないのです。
何故なら正しい答えを求める、あるいは答えを得たという感覚も、投影だからです。

なので何か答えを求める事は止める事であります。

答えを求めるとは、ある場所からある場所へ移動する事です。
移動するから、何かをしている、何かを得た、あるいは何も得なかったという
投影の世界を彷徨う事になるのです。それは海を探して波から波へと
飛んでいくようなものです。

答えを求めずに動かなければ、少なくともその場所から動く事はありません。
それで良いのであります。そうすれば、あなたは海そのものだからです。
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リンクに呉一郎さんのブログ「凡人だって悟れるもん」を追加しました。

悟りとかよくわかりませんが、凡人でも悟れるようです。
前回の記事で”あらゆる思想や主義は全て正しい”と書きましたが、
では現在売り出し中のイスラム国や、古くはナチス、最近では民主党も正しいので
あろうか、というメールを頂きましたが、誤解を恐れず言うと、
これは100パー正しいです。

正確に言うと、それを100パー正しいと信じるようにプログラミングされた
人々が居る以上、正しいのであります。

ですから人類の平和の為には全ての人々が新たな意識に目覚め、
アセンションだかツレションだかに到達する事が大事なのです・・・って
言う人も居ますけど、全ての人類がある種の目覚め(?)ぽい状態とは
MMOで言えば全てのキャラクターが「自分は思考とも感情とも関係ない、
単なるゲーム上のデータとプログラムがポリゴンで表現されていただけ」

”ネタバレ”に気付いてしまった状態なので、これではゲームそのものが成り立たなくなり、
「当サービスは好評につき終了いたしました 長い間ありがとうございました」
サービス終了のお知らせが来るレベルです。

なので「スピリチュアルで世界平和を目指す事にしました」とか
「エゴが消えれば世界は平和になると思います」とか「愛は地球を救う」とかは、
結局は全てゲームそのものの意志、MMOの運営会社がまだサービスを続ける為に
配布したパッチ2・0とかと同じです。

つまりそのようなパッチが配布され、そのような世界平和を目指すキャラの
プログラミングが割り当てられたという事です。

肝心なのはそこから外へ出る事であります。
なので思考や感情という、今まで己だと思っていたものを捨てていく事が
求められるのであります。そうすれば元々最初からプログラミングを超えた領域で
あった事を知るでしょう。

まあ「愛は地球を救う」は既に40回近くやっているのに一向に地球が
救われないので、そろそろ愛では地球を救えない事に気付くべきではないかと思います。








余談ですけどこの前プレステ4のカンファレンスがあって、そこでHMD
(ヘッドマウントディスプレイ)を使った奴で、女の子と部屋の中で過ごす
疑似体験が出来て、誰でもリア充みたいなゲームが紹介されてたんですけど、
これが進化していけば完全なバーチャルリアリティは可能になるでしょう。

私は人類の滅亡は全面核戦争でも巨大隕石の衝突でもガミラスの襲来でも無く、
全人類がバーチャルリアリティの世界にハマッて誰も恋愛も結婚もしなくなり、
ゆっくり危機感も無く人口が減っていって、気が付いたら手遅れだったみたいな
感じになると思ってるんですけど、結局我々が体験しているゲームも、
また別のゲームによって駆逐されるのであります。

何時、新しいゲームに変わるのかは、それこそ運営会社である”意識”のみが
知る事であります。
昨日の記事と少し被りますが、自由意志は存在しないので、言ってみれば全てが
プログラム通りにしか成るようにならないという事であります。

例えば私の彼女はゴキブリを見ると発狂して、ゴキブリに熱湯をぶっかけて
殺すようなキチ〇イ女に変貌しますが、私はゴキブリを見ても特に何とも思いません。
素手で掴めと言われれば掴めるぐらい平気です。

これは彼女にエヴァンゲリオンのような暴走モードがすでにプログラミングされており、
それがゴキブリの出現というスイッチによって発動するだけなのであります、
対して私には暴走モードが搭載されていないだけなのです。

昨日の記事で自我は理由を探して来るという話を書きましたが、
実は理由はどうでもよく、最初からゲームのキャラよろしくプログラミングが
まず存在し、そのプログラミングの発動条件がゴキブリの出現だったり、
何か他の事だったりするのです。

自我を通してだとどうしても理由ありきで考えてしまいますが、実は理由の方が
後から来る
のであります。

いかにリアルなゲームでも、キャラクターがリアルに悲しむ表情は最初から
プログラミングされているのです。
その発動条件がゲーム内のイベントだったり、あるいはコントローラーのボタンを
押したりする事なのであります。

ゲームに没入していると「目の前で仲間が殺されたからこんなに悲しんでいるのだ」
とか思ってしまいますが、まず悲しむというプログラミングありきであって、
”仲間が殺されたから”ではありません。


これは悲しむ以外にも喜んだり、楽しんだりするのも同じです、
喜ぶ、楽しむというプログラミングありきなのです。
ですから逆説的に言えば幸せになる事に理由付けは要らないのですよ。

スピ系の書籍とかで「今すぐ幸せになって」みたいな事が多いのはこういう事です。
”まずプログラミングが先”というゲームの仕組みに気付けば簡単な話なのであります。

もっと言えば自我なんて存在するように振舞うゲーム上のデータに過ぎないのですね、
それを今まで自分であると思い込んでいただけだったのです。
「あなたはいつか死にます」という言葉は
すんなり納得するのに、
「あなたは大丈夫です」という言葉は納得しないのが
面白い所ですね。

「私はこれこれこうでこんな問題を
抱えていて・・・」とか色々と言い出す
パターンが多いですが、別に色々言い出しても大丈夫です。

問題を問題としてしっかり掴んでいるから
いつまでも問題なわけですね。

しっかり掴まなければ問題ではありません。
「でも明日までに借金を返さないと殺されてしまうんです」という方も居るかもしれませんが、
極端に言うとそれは殺されるかもしれないという
"恐怖"が問題なのであって、殺される事自体は
問題では無いですよね。

刃物に問題があるのではなく、刃物を見ている"私"に
問題があるのであります。

何か禅問答のようになってしまいましたが、
要は己というものから自由になれば良いんですよ。

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