何か昨晩は首都圏にも
ドカ雪が降ったようですが、私は昨日は夕方の5時ぐらいから飲んだくれて、
7時過ぎには帰宅して即効で寝ていたので全然知りませんでした。
もしかしたら今日の朝方は路面が凍結しまくりで、かなりビビッた方も多く居るのではと
思われます。
ところで何故路面が凍結しててビビるかというと、「コケるかもしれない」とか何だとか
色々思うからであります。本来は世界が自分なので、別にビビる必要は無いのですが、
何故かこのような思考が入って来て、
それに振り回されるのが実状であります。
本来「自分「や「私」は居ないのですから「コケるかも」とかの思考は
語弊がある言い方ですが、
異常なのです。
雪とか氷とか路面が在るだけで
「コケるかも」と思うのは、街で綺麗なネエチャンが
歩いてるだけで
「ヤレるかも」と思うのと同じです。
コケる「私」は居ないですし、もちらんネエチャンとヤレる「私」も居ません、残念でした。
「~が出来る(かも)」という思考は、その場に吹いている風のようなもので
何の力もないし何の実体もありません。過ぎ去っていく風に、いちいちああでもないこうでもないと
言ってもしょうがありません。
極端に言えば「死」も
やはり過ぎ去っていくものであります。
過ぎ去っていく風に気を取られずに、在るがままに在れば、結局は何もする必要はありません。
路面が凍っていようが煮えたぎっていようが、「それ」があなたなのですから
別に弄り回す必要は無いのです「凍っているから~しよう」「煮えたぎっているから~しないと」と
いう思考は
「それ」と「私」を分離する事になってしまいます。そしてまた幻想の「私」が
苦しみ続けます。
ある時はポジティブになり、ある時はネガティブになり、ある時は考え方を変えたり、
ある時は別のメソッドや別の書籍を読んだり、結局やってる事は「私」が「~しよう」を
繰り返しているだけです。
何故か?
繰り返したいから繰り返しているだけです。
「でも、私はこの現状を何とかしたいんです!」と思うかもしれませんが、
だったら「私は」が実在せず、在るのは「現状」だけだと気付けば良いのです、
もっと言えば自分とは「私は」ではなく、
現状そのものであるとわかれば、
別に変えようとか思わないし、変わる必要もない事に気付くでしょう。
前も同じ事書きましたが、怪物と「私」が居れば、「私」の方はコイツグロいとか
どうにかせえとか色々思うでしょうが、怪物自身なら別にグロいと思わないし、
どうにかしようとか思わないのと同じです。
そもそも怪物には「怪物グロい」という思考は
絶対に生まれないはずです、
本来
絶対に生まれないはずのものが生まれ、それが主導権を握っているという時点で、
やはり前述したようにそれは異常なのであります。
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