忍者ブログ

知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

HOME • Admin • Write • Comment
「昔の武道の達人、合気道の植芝盛平さんとか何か悟ったような事を言っていますが、
スピリチュアルな道を進むと強くなれるんでしょうか」
というメールを頂きました。

植芝先生は確か「大本」(おおもと)という宗教の信者だったんですよね。
宗教的な修行の果てに、植芝先生はある種の悟り的なものに達したのかもしれません。

スピ系の行き着く先は自他の区別が無くなり、さらに行くと自他という概念も
存在しないものだという感じになります。

しかしそれでも日常生活は送っていますから、その日常を武道家として
過ごしているなら、日常の動きは即武道の技みたいになるんじゃないでしょうか。

「歩いているのでは無く、周りの風景が進んで来ては消えていくのだ」とか
スピリチュアルの教えによくありますけど、それがさらに発展して、
無から技が生まれるような感覚だと思います。

もっと言えば、日常を武道家として過ごそう、と思うより
日常が武道家として過ごす事を求めてくるのだと思います。
海に入ったら「泳ごう」と固く決意しなくても、とりあえず泳ぐしかないじゃないですか。

結局、決意している誰かなんて居ないんですよ、
生きようと決意しても心臓は勝手に動くし、血管は勝手に血液を流してるしで
生きるしかないの同じです。その”勝手に”生きる事を求めてくる何かに
委ねてしまうのが良いですね。






ただスピリチュアルの流れで気がどうのこうの言ってる武道家は少々怪しいというか、
あんまし強くない人の方が多いのは事実かもしれないですね。
中にはすごい強い人も居るんでしょうけど。

詳細は書けませんけど、私が若い頃「気のバリア(?)」なるもので打撃技を防げる、という
怪しい気功の先生(?)の所に体験に行った事あるんですよ、もう20年近く前の話ですね。

で、確かに体験者のパンチやキックをスパンスパン捌いてるんです、
でも全部単発なんですよ。右ストレートだけとか、左の前蹴りだけとかなんです。

私は性格が悪いので、ボクシング経験者って事を内緒にして、
右のフェイントから左フック打ったら思いきりボコーンて入っちゃって、
気功の先生引っくり返っちゃったんですよ。

すごい気まずい空気になってすぐに退散しましたけど、
あの先生は一体何だったんでしょうか。
ネットで当時の場所や先生の名前を検索しても一切出てこないので、
もう廃業(?)したんだと思いますけど、あの時は空気読まないですいませんでした。
PR
この前、親戚の子供(中学生)と話す機会があったのですが、
最近の男子は草食系という実に嘆かわしい属性になってしまっているらしいじゃないですか。

そいつも女の子に興味はあるけど、今はネットでエロい画像はいくらでも出てくるし、
無理して女の子を口説く必要も無いかなあとか舐めた事をぬかしていたので、
男は肉食だ、がっつけ、やりまくれ、デキたら逃げろと昭和の男を代表して説教しました。

話が飛びますけど、Kindle Unlimitedっつーアマゾンの読み放題サービスで
かなり昔の漫画も読めるんですけど、どおくまん「嗚呼!花の応援団」ていう
40年も前の漫画は、まさに肉食系を極めた下品極まりない漫画であります。

これからの中学は、花の応援団を推薦図書として図書室に置くべきです、
今の男子が失ってしまったガツガツした魂をこの漫画で思い出すべきであります。

ていうか、どおくまん先生ってもう結構な歳だと思うんですが、
今何やってるんでしょうか。
「いつもポジティブでいようと思うけど、出来ない」というメールを頂きました。
ありがとうございます。

これ、前も同じような事書いたかもしれないですけど
別に常にポジティブでいる必要無いと思うんですよ、というか無理でしょう。

そもそもポジティブってネガティブを知っていなくてはならないんですよ、
そしてポジティブもネガティブも思考によって判断し、出来上がった概念であります。

という事はポジティブで過ごしていようがネガティブで過ごしていようが
概念という幻の中に居るという事は変わりないわけで、実は同じなんですね。

ですから「常にポジティブで最高や!」とかマック赤坂みたいな事を言ってる人は、
良い気分と悪い気分という対立概念の中に居ながら”良い気分”の方だけを持ってきて、
これで”悪い気分”を起こす悪い事から抜けられると言っているわけで、
これでは幻の中から出ていません。(別にマック赤坂氏の批判ではありません)

もっと話を進めると、ポジティブだネガティブだってのは全て「そのような考え」で
あって、「考え」が存在するだけなんですね。
将棋やってて「考え」ますけど、その考えは将棋そのものではないですよね。

スピ系の話も同じようなもんで、いくら考えても「考え」があるだけで
それそのものには決してならない
のであります。

いくら考えても別に構わないのですが、「考え」と「考えられている対象」は違う、
という事は肝心な所ですね。
昨日の朝、起きてから何となくテレビをつけたら、女子レスリングの
吉田沙保里選手が号泣しているじゃないですか。

「取り返しのつかない事をしてしまって・・・申し訳ありません」と号泣する吉田選手を見て、
私は「とうとう勢い余って対戦相手を殺してしまったのか・・・」と戦慄していたら、
何と決勝で負けちゃってたじゃないですか。
テレビの前でヽ(・ω・)/ ズコー となりました。

私は今回のオリンピックはそんなに観てないですけど、金メダル間違いないだろうと
思われた吉田選手の敗退はショックでありました。

レスリングって試合中に休める局面が殆ど無くて、メチャクチャ過酷な競技なんですよね。
私の同級生でレスリングやってる奴いましたけど、まさにフィジカルモンスターでした。
すげえ喧嘩強かったし。

そんな過酷な競技で実に15年ぐらいトップを走り続けていた吉田選手は
本当に大したものであります。
やはり人類最強の女に涙は似合わない、4年後の東京にも出てもらいたいですね。
「スーパーで買い物をする時に割引商品ばかり買ってしまいます、これは貧乏人に
まっしぐらでしょうか?お金に縛られないようになりたい」
というメールを頂きました、
ありがとうございます。

別にスーパーで割引商品を買うのは問題無いんじゃないでしょうか、
ウチの嫁さんも買って来ますし。

あんまりお金を使う事に対して気にしない方が良いですね、
節約したいならすれば良いし、何か買いたい物があるなら買えば良いと思います。
そもそもお金なんて死んでしまえばいくら持ってても意味無いですから。

何故か自分は死なないという思い込みのようなものがあるとお金は貴重に感じてきますが、
仮に30分後に確実に死ぬのが自分でもわかっている人に1億円あげても、
その人は1億円を大事にしようとかは思わないでしょう。

お金に縛られないようになりたいのなら、明日にでもどこかの島に行って
鉄腕ダッシュのように自給自足をすれば良いのですが、恐らくそれをやる人は
少ないと思います。つまりお金に縛られないように、というのはお金を増やしたいとか
お金が欲しいというのが先に来ているわけで、結局何処までもお金に縛られているのですよ、
と言うか自ら縛られに行っていると言えます。

ですからお金に縛られないようになりたいのなら、お金から一旦離れなければならないので
あります。つまり”自己の意志”でお金を増やそうとかお金欲しいとかを捨てる事であります。

が、しかし。お金に関しての概念を捨てたとしても、今生きている世界は恐らく貨幣経済の
世界でしょうから、結局お金に関する事は自然とまとわり付いてきます。

この”自然とまとわり付く”のがコツと言えばコツで、”自己”が介在しない所で勝手に
物事が回っているようになるのであります。

例えれば、身体を清めよう!と一生懸命タオルで身体を洗うより、滝を浴びた方が早い
みたいなものです。身体を洗うという概念を捨てた所で、滝浴びをすれば身体は
勝手に清められてしまうわけですから。

というわけでお金にせよ何にせよ、縛られない為には”より良くしよう”とするのではなく、
”捨てる”事が肝心という話でした。

カレンダー

08 2025/09 10
S M T W T F S
1 2 4 5 6
7 9 10 11 12
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
知らん
性別:
男性
職業:
食う寝る遊ぶ
趣味:
超合金魂
自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

合体と恐竜は男のロマン

メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
☆を@に変えてお願いします

バーコード

ブログ内検索

P R

アクセス解析

Copyright ©  -- 知らんモンは知らん --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]