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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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何故か一部の読者から好評な森喜朗古墳シリーズは基本的にオッサンが
ボヤきながら、神の国日本に対しネチネチネチネチ文句を言う記事なので
興味の無い方はスルーしてください。

話はちょっとスピリチュアルから離れ、何か前回の記事と矛盾しているようにも感じますが、
私は2000年代初頭辺りから日本でも流行りだした新自由主義的な考えは、
あまり好きではありません。

要は政府の介入を少なくし、自由に競争させれば市場は活性化してハッピーだぜって
事ですが、世の中には競争しろって言われても競争そのものに興味が無い人達も
居ると思うのですよ。

競争に参加して勝てばカネも異性も手に入るんだから競争しない奴は
負け組みだって考えなのかもしれませんが、日本が貧しくなったのは競争に勝つために
価格破壊をし、安い賃金で消費者の購買力を奪ったからじゃないでしょうか。

ハッキリ言って、今だに勝ち組負け組みなんて言ってるのは古いんじゃないかと
思うであります。

若者が結婚しなくなったのも、結婚が恋愛という競争を勝ち抜いて得るものという
感じになってしまったからではないかと感じます。

個人的に恋愛は才能の世界だと思います。私の学生時代の友人がそうでしたが、
どんなに馬鹿でもブサイクでもモテる奴ってモテるんですよ。
ちなみに私はモテたんじゃなくて、ただ単に手が早いだけのヤリ捨て野郎でした。

恋愛は才能が要りますが、恋愛と結婚は別物であります。
結婚は見合いとかで誰でも出来るものにした方が良いと思います。
お金の価値が高くなり過ぎてデフレになってしまいましたが、
結婚の価値が高くなり過ぎるのは少子高齢化社会において問題であります。
見合いの本格的な復活は、まさに政府ならぬ”家”が介入すべき事ですよね。

お金に関しても、金儲けは才能の世界かもしれませんが、
お金は誰でもある程度は得る事が出来るものにしなくてはならないと思います。

このまま行けば競走に勝つという大義名分の下に、いずれ労働は全てロボット任せになると
思いますが、そうなると人件費は削減出来ても給料を受け取る労働者が全員失業し、
労働者が働けないって事は、つまり消費者がいなくなってしまうわけで、
その辺はどうなるんでしょうか。競争に勝つ為に収益をもたらしてくれる消費者を
殺してしまったら、一体何と戦ってるんだ状態になってしまいますね。

まあ私なんかは「もう働かなくて良いんや、ロボット最高や!」ってなりそうですけど。

もはや森喜朗が全く関係無いですが、どれもこれも神の国日本が
2500億円程度のショボいカネも出さなかった事が全て悪いという事に
しておくべきでしょう(?)
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以前の記事でも書きましたが、思った事は実現します。
というか、思った事を現実として感情や思考は生まれます。

なので特に考えずに行動した方が、余計な概念が出て来ないので良いのであります。

なんて事を書いたら「何も思わずに感じたまま行動する方が全てとの一体感を感じ、
仕事も上手く進んで幸せになりました」
というメールを頂いたのですが、
この読者の方は「しかし私は常に競争を強いられる業種に携わっています。
全てと一体なら他人も自分であり、自分(他者)を蹴落として業績をあげる今の仕事に
疑問を持つようになってしまいました」
と述べておられます。

全てと一体なら自分とか他人という区別すら無くなります。
夢の中に出てくる登場人物は夢の中では自他の区別がはっきり付いていますが、
夢から覚めれば夢の中の登場人物も夢の世界も全て一つであるのと同じです。

しかしながら夢の中でも誰かと競争して勝ったり負けたりをし、
ゲームの中でも例えばドラクエとかでは勇者も魔物も同じプログラミング上の
産物ですが、勇者は魔物をぶっ殺しまくってお金と経験値を稼いでいます。

なので別に他者は自分なのではないかとか悩む必要は無いのですよ。

それは確かにそうですが、他者は自分って事は結局は自分中心に見ているわけで、
「他者は自分」という思いが見事に現実として作用し、「他者は自分なので競争で
負かすのはよろしくないのではないか」という思考が出てくる
わけですね。

問題はそういった偽りの現実を補強するために出てくる余計な思考や感情なのであります。
ですから考える以上、答えは出ません。どんなに優れた答えを見出したと思っても、
今度はその「優れた答え」が現実として現れる
だけだからです。

なのでいくらでも競争して、実績をあげてください。それが見ている夢ならば。
「麻雀の桜井章一さんについてどう思うか」というメールを頂いたんですけど、
私は桜井さんについては名前は知っていましたが特に著書を読んだ事も無く、
近代麻雀ゴールド(現在は休刊)によく出ていたという事と、
ヒクソン・グレイシーとマブダチという事ぐらいしか知りません。

ちなみに麻雀を知らない読者の為に説明しますと、桜井さんは裏プロとして
20年間無敗だったそうです、ただこれについては御本人が数年前にHP上で
否定しているとの事。まあヒクソンも400戦無敗でしたし、
宣伝の為に数字を盛るのは何処にでもある話ですね。

桜井さんは著書の中でいわゆるスピリチュアルでいう所の悟り的なことを
仰っているようであります。それが麻雀に役立つかどうかは知りませんが、
何らかのリアリティを掴んだ方ではないでしょうか。

桜井さんの主催する雀鬼会の皆さんはとにかくまあ打つのが速い。
速いなんてもんじゃなく、殆ど別のゲームやってるようです。
あれだけでも色んな意味で只者では無いと思います。

で、「麻雀で言う流れだ何だってのもスピリチュアルみたいなもんなの」みたいな事も
メールで書かれていたんですが、個人的にはあんまし関係無いんじゃないかと
思います。

流れがどうのこうのって若い人はともかく、ある一定の年代以上の
麻雀プロはよく言いますけど、麻雀プロのタイトル戦て結構短期戦なんですよ。
短期戦でなおかつある程度は見知ったメンツで打っている事もあり、
大体のクセや打ち筋がわかっている状態なので、そこで瞬間的な閃きで
ファインプレーとかすると流れがどうのこうのと感じるんじゃないでしょうかね。
ある意味アーティスティックな才能がある人ほど流れ論者になるような気がします。

長期的な場合は何でもそうですけど、大数の法則で確率的に収束するので、
延々と期待値的にお得な選択を続けられ、ファインプレーも閃きも必要無い、
ある意味アートと最もかけ離れた単純作業が得意な人が有利だと思います。

なので流れ云々はスピリチュアルとはあんまし関係無いですね、
そもそも流れの定義がよくわからないですし。
まあスピリチュアルの定義って何だよと言われてもこれまた困るんですが。












ちなみにもう15年ぐらい前になりますが、当時某掲示板で
「桜井章一は元コーヒー豆の輸入業者」という書き込みを見たんですが、
本当なんでしょうか。あんな強面の輸入業者は嫌だなあ。
ある特定の条件付きの幸せというものは絶対に長く続きません、
何故ならそれを感じるためにはどうしても幸せの対極である不幸が無ければ
成立しないからであります。

幸せだ不幸だというと堅苦しいので、もう少しくだけた感じで言うと、
例えば「永遠に音楽を聴いていたい」と思ったら音楽が流れる前の沈黙を感じなければ
なりません、音楽は沈黙の背景に流れるものだからです。

音楽と沈黙は表裏一体であり、どちらかだけを経験するという事は不可能です。
音楽が消えれば沈黙も消え、音楽を聴きたいなら沈黙は感じなければ
ならないのであります。「沈黙は嫌です」「音楽は聴きたくない」と言っているのと
同じです。

同じように「お金だけを増やしたい」というのもあり得ません。
お金があるというのはお金が無い状態と表裏一体であり、お金だけ漠然と
増えていっても一円も使わなければ無いと同じであります。
お金を使って、残高が無くなったからこそ、お金が増えるという現象があるのです。
「貧乏は嫌でござる」「お金要らないでござる」と同じですね。

結局、非二元だ何だと言っても全て表裏一体なのです、
その境目に在る事が肝要であります。

願望にしても、特定の人と結婚したいとか思ったら、それが成就した際には
恋敵を不幸にしているわけです。誰かの資産が増えれば誰かの負債が増えるのと同じで、
個人の幸せは個人の不幸と両建てであります。

つまり幸せな世界は、イコール不幸に満ちた世界でもあります。
金持ちがたくさん資産を持ってお金に囲まれているのは、誰かがたくさん負債を持って
借金まみれになっているからと同じですね。

ですから強く願ったら真逆になったとかは当然と言えば当然です、
幸せを願うとは不幸を願うと同じですから。

じゃあどうするのかって結局は今に在って今を楽しむしかないのですよ。
スピリチュアルの本とかでたまに出てくる”今、幸せになりなさい”とかは、
そういう事であります。

常に境目に在る事です、というか常に境目に居るのがデフォルトなのですが、
多くの人が感情や思考であっちへフラフラ、こっちへフラフラしているのであります。

まあ恋愛に関してはどこかの誰かを不幸にしているといっても
そんな事関係無いぜって突っ走ってしまうのもしょうがないかもしれませんが、
資産と負債の関係と同じく、何かを得る事による条件付きの幸せってのは、
不幸と両建てになって初めて成立しているという事ですね、
よく考えれば当たり前なんですけど。









私の場合は、嫁さんが顔も性格も悪かったので競争率は極めて低く、誰も不幸にせずに
済みましたが、何故か私が毎日嫁さんに怒られるという不幸な状態になってしまいました。
思った事は実現する、というか思っている事が実現していると言うべきでしょうか。

以前、メールで「50万円盗まれたんですけど、どうすれば良いのか」みたいなのを
頂いたんですが、これはさっさと警察に通報すれば良いのですよ。
私なんかにどうこう言うより警察の方が100倍ぐらい解決する確率は高いでしょう。

で、何故お金を盗まれたり失ったりすると人は動揺するのかっつーと、
自分が働いて、働いた結果の報酬だからだと思ってる事が多いからですよね。

でもそれは預金通帳とか給料明細とか見て、日々の仕事の事とか色々思うから
そのように感じるだけであります。
つまり、そう思えばそのように即効で実現するのですよ。

これは貧乏でもOKとか泥棒に入られてもニコニコしてろとかいうわけじゃありません、
自らが陥った因果の流れから抜け出すという事です。

今に集中しろとか今に在れというのは、偽りの現実化から抜ける為でもあります。
偽りの現実になった途端、どんな事にでも様々な因果が絡み、無限のループに
なってしまいます。

なので因果から抜ける事で結果として最も適切なモノが、
それが迅速に警察に通報するとか、あるいは報復の為に殺し屋を雇うとか、
何かはわかりませんが、行動として現れるという事です。

お金に限らずスポーツとかでも「あんなに練習したのに何でや」とか日々の練習を
思えば、日々の練習という思いを通して全てを観るので、やはり「練習したのに何でや」
いう事が即座に実現します。

でも日々の練習とか、普段の仕事とか、それはそれでその時だけであって、
それと結果をわざわざ結び付ける必要は無いのですよ。

結び付けるのがもはや習慣のようになっているので、偽りから抜け出せないでいるのです、
こうして人は偽りの現実と因果の流れに翻弄されるのであった。

そもそも仕事の日々とか練習の日々とか何処にあるのかって話ですよ、
全部思考の中にしか無いでしょう。

因果に絡まれた偽りの現実ではなく、真の現実に在る事が肝要であります。
そしてそれは例えれば波では無く、海になるという事です。
自分が波だと勘違いしていると海の動きに翻弄されてしまいますが、海そのものなら
常に穏やかであります。嵐が来ようが何が来ようが、海は海として存在するのです。

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好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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