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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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昨日、スターウォーズ最新作が封切られましたね。
私はスターウォーズに関しては一応全作DVDで見ているので、話のあらすじは知っています。

が、ファンの皆さんには悪いですけど、個人的には正直そんなに面白くもないですね。
というか私がガキの頃にジョージ・ルーカスが監督だか製作総指揮だかの
「ハワード・ザ・ダック 暗黒魔王の陰謀」っつートンデモねえクソ映画を観て以来、
あまりルーカスに良い印象を持ってないのですよ、今回の最新作はルーカスじゃないですけど。

まあルーカスは置いといて、スターウォーズのヨーダの「やってみるのではない、やるのだ」
いう有名なセリフがありますが、これはなかなかに示唆に富んだ言葉だと思います。

「何かを実現したようにイメージして」とか「なったつもりで」とか
潜在意識でどうのこうのという話によく出てきますけど、
虎は何で強いのかってそりゃ虎だからってのと同じで、本当に何かになったら
強いとか弱いとかの概念が無いんですよね。

ですから「なったつもりでどうのこうの」っていうのは、「なってみる」のと同じなのですよ。
ヨーダに言わせれば「なってみるのではない、なるのだ」って事ですね。

だから「何かになる私」じゃなくて、虎が虎であるのと同じように
最初から「何か」である、という意識が必要なのであります。

結局、私という概念が最後まで残っているわけですね。
「何かになる私」じゃ何かと私が分離しています、
そうじゃなくて「何か」なのですよ。

強い虎になる私、じゃなくて虎になるのであります。
虎は「虎だから」というだけで強いとか弱いとかを超越しています。

おまえは虎だ、虎になるのだ って、何故か話がスターウォーズからタイガーマスクに
なってしまいましたが、何となく言わんとする事は伝わったでしょうか。
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先週は珍しく色々と忙しかったのですが、ようやく落ち着いて家でニュースを見てたら、
ついに森喜朗古墳の新デザインが発表と報道されてるじゃありませんか。

とりあえず二つに絞られたようですが、どっちの案も
お金かけるのやめました感が半端無いっすね。
いつものパターンですが、これは神の国日本が2500億円程度の小銭をケチった事が
元凶であります(?)

スターウォーズですら全国同時刻一斉上映とか派手な事をやっているというのに、
国を挙げて世界に向けて発信するはずのお祭りで、こんな安っぽい会場で良いんでしょうか。
こんな安っぽいのは会場を大宮そごう屋上にするか、大宮高島屋屋上にするか
みたいなもんですよ。どっちもオリンピックの会場としてショボいのは否めません。

お金かからないからこれでOKとしてしまうとは、神の国日本はどれだけデフレで
貧乏ドケチ根性になっちまったのかと嘆かわしいですね。

まあ国がどんな選択をしようがどうでも良いと言えばどうでも良いんですが、
ここでいきなり話を変えると、結局我々の選択を邪魔するものなど
何処にも居ないのですよね。

例えば分かれ道で右に歩いて車に轢かれて大怪我したとしても、
「右に行こう」という選択をした際に、それを邪魔するものは何処にも居ません
「左に行けば良かった」という思考を選択するのも、やはり邪魔者は居ません。

つまり選択した事は必ず実行されており、何処にも邪魔者は居ないのにも関わらず、
何故か選択した事を後悔したり恨んだりと色々忙しいのがデフォルトに
なってしまっています。

これは当事者意識が根付いて不自由になってしまっているからであります。
そもそも選択しているように見える事は全て刺激に対しての反応に過ぎません、
雪が風に吹かれて右に行ったり左に行ったりするようなもんで、
雪が右に行こうとか左に行こうとか選んでるわけではありません。

しかし、雪が右に行くのも左に行くのも妨げるものは無い、
つまり雪に意志は無いけど、同時に最初から完全な自由であると言えます。

完全な自由であるにも関わらず、右に歩けば良かったとか、こっちの方が良かったとか
何で顔も性格も悪い女と結婚したんだとか、2500億円出さなかったのがムカつくとか、
ああだこうだ不満を言っているのはおかしな話なのであります。

ですから不満を解消するのなら、完全な自由である事を知れば良いのです。

言い方を変えれば、フォースと共に在れってか。
嫁さんが巷で大ヒット中のワンダーコアを購入しました、
顔も性格も悪いので身体ぐらいは絞る気でいるんでしょうか。

この手のトレーニング器具は作りがショボい事が多いですが、ワンダーコアは意外としっかりしており、
マジに腹筋に効かせようとすると、かなり良い運動になると
思います。

サイズは思ったよりデカいですね、
収納もラクラク!とかCMで言ってますけど
意外と場所取りますよコレ。

ちなみに腹筋運動はボテッとしたお腹を
引き締めはしますが、お腹は凹みません。


ライザップみたいになるには食事制限が
必要なんですが、あのCMは元々そこそこ筋量がある人を
選んで、そこから絞っているので余計に
バリバリに見えるというのもありますね。

何でいきなりこんな記事を書いたかというと
この前「ワンダーコアをどう思いますか?」という
わけのわからないメールを頂いのを思い出したのでレビューを書いた次第であります。

というわけで皆さんも倒れるだけで腹筋しましょう。

ちなみに今回の記事のタイトルですぐにピンと来た人は、
かなりの腹筋器具マニアじゃないでしょうか。
一部の読者の皆さんから何故か好評な森喜朗古墳シリーズですが、
今回もオッサンが神の国日本に対し、ネチネチネチネチ小姑のように文句垂れます。

なんか先の鬼怒川の決壊で水害対策に従事した市職員の残業代が高過ぎるだ何だで
一部から批判の声があがったそうですが、公務員てのは景気良い時は馬鹿にされて、
景気悪くなると叩かれて大変ですね。

個人的には、人がカネ貰った事に対してギャーギャー喚く事自体がカネの亡者だと思います。

どんだけお金の価値を自ら高めているんだって話ですよ、私はカネの亡者ってのは
お金にがっつく人じゃなくてお金を必要以上に崇めている人、早い話がカネの奴隷こそが
亡者だと思います。

どれもこれも神の国日本が森喜朗古墳に2500億円程度のはした金をケチった事が
そもそもの元凶なのであります(?)

長年のデフレによってお金の価値がバカみたいに上がり、
「貴重なお金を公務員ごときが貰ってるなんて許せねえ」とか思うのは
まあしょうがないかもしれませんが、問題は経営者的な立場なのに
「貴重なお金を従業員ごときにあげるなんて冗談じゃねえ」と思っている人が
見受けられる事ですね。

おおざっぱな分け方ですが、私は経営者はプロであって、従業員はアスリートだと
思っています。

例えば野球選手は日本野球機構というプロが存在している事で、初めてアスリートとして
稼げるわけですよね。日本野球機構が無ければプロ野球選手の全員は
草野球がメチャクチャ上手いオッサンと兄ちゃんの集まりになってしまいます。

つまりアスリートってどんなに技術が高かろうが食えないんですよ、
プロがアスリートを見出す事によって初めてアスリートは食えるようになるわけです。

ですからプロはいかにアスリートが魅力を感じる場を提供してあげるかが肝心であって、
そこからさらに優れたアスリートを見出し、生かして行かねばならないと思います。

その為には投資も必要ですし、借金も必要になるかもしれませんが、
まずアスリートが魅力を感じる場を作らない限りお客も集まりませんし、
結果的に誰も儲かりません。
プロである以上は、まずアスリートが集う場を作り、結果的に儲かる形にしていった方が
良いと思います。

なので「従業員ごときにお金を払うなんてヤダ」というのはおかしいと思うのですよ、
プロというのはお金を払い続けなければなりません、そしてそのリターンとして
払ったお金の何十倍ものお金が入ってくるのであります。

まあ結局はお金が大事、お金を失いたくない、他人がカネ持ってるのもムカつくってのは、
以前の森喜朗古墳シリーズでも書きましたが、お金を持ってる奴がとにかく偉いんだ
勝ち組なんだ的な過度な競争・新自由主義の弊害だと思います。

アスリートが競争するのは良いんですよ、アスリートが100メートル走を
みんなで手を繋いで走ってきても面白くもなんとも無いですし、
でもプロが一緒になって競争しちゃ駄目だと思いますね。

プロのやる事はあくまでアスリートが活躍出来てやる気を起こす場を提供する事で、
そうすればアスリートの競争も自然と質が高くなるものですし、
全体のパイも増え、お金の価値は下がってカネの亡者も居なくなるでしょう。

なんたって私がガキの頃は24時間戦ってしまうスーパーアスリートと言えるビジネスマンが
ゴロゴロ居ましたからね。経営者の皆さんはもう一度スーパーアスリートを育てようじゃ
ありませんか。
アメリカのニューソート系の書籍とかで「うまくいった時の感じをなるべく具体的に
詳細にイメージせよ」
みたいのってあるじゃないですか。
完全に独断と偏見ですが、私はこれってあんまし良くないんじゃないかと思います。

なんでかっつーと、世界は夢というか幻想なようなものなので、
例えば夢の中で何となく夢だと気付いて、ちょっと自分の都合の良いように
操作しようとする時に、あんまり詳細にやろうとするとすぐに目が覚めてしまうじゃ
ないですか。

ですからあんまり詳細にイメージとかしないでちょっといじるような感じで良いと
思うんですね。

と言ってもこれは世界が夢のようなもので、実は実在しないという事を完全に納得というか、
知らなければ難しいのですが、これは前回もちらっと書いたように瞑想とかで、
それ(瞑想)を行っている人は何処に居るのであろうか、とひたすら探す事が
肝心ではないかと感じます。

まあそれがわかったらわかったで今度は自由意志も無い事がわかり、
あまり夢の中にちょっかい出そうとか思わなくなってしまうのが面白い所ですけど。

夢の中で夢だとわかると、何か映画見てるみたいで展開を眺めている方が楽しかったり
するのと同じです。

そして夢の中の登場人物は全て夢の流れの中に居て、ストーリーは自然と
進んでいきますよね、そこの登場人物に自由な意志なんて無いのですよ。
言い換えれば野球とか麻雀で流れがどうのこうのっていう言い回しがありますけど、
野球とか麻雀に流れがあるんじゃなくて、流れの中に野球とか麻雀があるのです。

個人から流れを見るんじゃなくて、流れから個人を見るのであります。

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