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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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前回の記事を書いた時点で人類は滅亡の予定で、
私もこれじゃあメタルギアの新作出来ねえじゃねーかとムカついてましたが、
何とか滅亡を回避したようなのでとりあえず良かったですね。

何故か私に「人類は滅亡しなかったじゃないですか」と怒りのメールが
来たのですが、クレームはホピ族の暦担当者にお願いします。

スピリチュアルとこの手の予言の絡みは結構昔からあるもので、
私ぐらいの世代だとマガジンのMMRとか中学の頃に直撃したんで、
ノストラダムスにはある種のシンパシーを感じてしまいますね。
当時は宗教家みたいな人達もノストラ本出してた記憶があります。

なんたって私、二十歳ぐらいの時に高田馬場の芳林堂で
「ノストラダムス大予言原典―諸世紀」を買ったぐらいですから。
マヨラーならぬノストラーですよ。

で、「世界は全て流れ行くものなら、予言も可能じゃないの」みたいなメールも
たまに頂くんですが、これは可能と言えば可能ですし不可能と言えば不可能です。

予言とは少し話が逸れますが麻雀で例えると、麻雀て136枚の牌でやるものですけど、
どんな牌が来てどんな役が出来るかはわかりません。
しかし、わからないと言っても136枚の牌という有限の道具でやりますし、
牌は山に積まれて順番にツモっていくわけですから、誰にどのように牌が来て最終的に
どうなるってのは、まあ決まっているわけです。鳴く鳴かないの判断とかはありますけど。

それと同じで世界はただ流れて、どうなるかは大体決まっているのであります。
そしてそれをどれぐらい受け入れられるかで、大袈裟に言えば個人の(自我の)
人格や器が決まります。

例えばあなたは1時間後に財布落として10万円失いますって決まってても、
それに対して何て事だとか、冗談じゃないとか騒ぐ人の器は10万円って事です。
10万円失っても特に気にしない、そうですかわかりましたとなって
すぐに忘れる人の器は少なくとも10万円以上という事ですね。
そういう人でも、あなたは1億円失うと言われれば騒ぐかもしれません。

金額で人の器はいくらとか表現するのはあまり良い表現じゃないかもしれませんが、
これはあくまで例えです。私で例えればオヤジが怒っていると聞いても適当に流しますが、
嫁さんがカンカンになってますよとか言われれば超が付くほどビビります。

要はどのような反応をするかは、どのような人(自我)なのか、を示すわけです。

麻雀に話が戻りますが、麻雀卓の中で起きている事を様々に解釈し、
様々な反応、投影を示すのが自我であります。しかし、投影とは文字通り影ですから
自我は影と同じで、あるように見えて実在しないのです。

ですからスピリチュアルで言う受け入れろとか手放せとかは、
麻雀卓で起きている事にいちいち反応しないという事です。
麻雀にプレイヤーとして参加している限り必ず困った事は起こります、
そういうゲームだからです。
しかしゲーム自体に参加しなければ、問題は無くなります。

あいつがドラをポンしやがった、ムカつくぜとかはプレイヤーとしての解釈・投影です。
プレイヤーとしては、これは確かに問題です。
しかし、プレイヤーで無ければ投影されないのも事実です、
もっと言えば麻雀に参加していなければ、解釈自体が出て来ません。

つまり観たり感じたりしている世界は、全てが投影であると同時に、
結局はコップの中の嵐みたいなものという事がわかるのであります。
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読者の方からメールで教えてもらったのですが、なんと人類滅亡の瞬間が
近づいているというではないですか。しかもその日は2015年9月3日、
何と今日!!

このあまりの急展開にびっくらこいた私が独自に調査した、というか
ただ単にグーグルで検索しただけなんですが、
これはマヤ文明のホピ族の予言に基づいているらしいですね。

なんでもホピ族の使っていた暦の最後の日付が2015年9月3日だそうです。
最初は2012年12月23日だったそうですが、うるう年を計算していなかった
という事で計算し直したところ、2015年9月3日が最後の日という事に
なったそうです。

そしてホピ族の言い伝えでは我々の文明は第四の文明世界であり、
これはお金や財産だけが価値あるものという物質主義的な価値観であって、
この第四の文明が終わる時がこの日らしいのであります。

これは最近の森喜朗古墳ネタで「お金の価値が上がり過ぎ」的な事を書いていたのと
微妙に一致するような(?)・・・!
このまま行くと当ブログの引き寄せが発動して、森喜朗古墳の建設予定地に
セカンドインパクトが起き、そのまま世界が吹っ飛ぶのでしょうか。

と、ここまで書いてきて何か昔に2015年9月って聞いたような気がするなあ
思って自分のブログ検索してみたらこの記事にしっかり書いてあったじゃないですか、
完全に忘れてました。この年(2012年)にアセンションがどうのこうの言ってたのも、
元ネタはホピ族だったんですね。

ていうか当ブログを「マヤ文明」で検索すると終末ネタが結構出てきますね、
もう全然書いたの忘れた記事が出てきて面白いんですけど(2011年10月28日って
書いてる記事も出てくる)

というわけで皆様も覚悟を決めて終末を迎えましょう。
森喜朗古墳をネタにしていたら引き寄せの法則が炸裂したのか、
東京オリンピックのエンブレムも使用中止となってしまいました。

これはまあパクリだパクリだとこれだけ騒ぎになれば仕方無いかなという気もしますが、
個人的に何となく暗い印象があったので、新しいエンブレムは明るい感じの奴に
して欲しいですね。

しかし今回の東京オリンピックはケチが付きまくりですね、
しつこいようですが、これは神の国日本が2500億円程度のカネをケチった事から
天照大神あたりからの天罰が下っているのではないでしょうか、なんつって。

しかしですね、色々なものをケチれば結局は全体的にショボくなっていくのは
しょうがないのですよ。
お金の価値が上がり過ぎてしまった事もありますが、お金は大事だから何でもかんでも
安く安くなら、出来上がるものは当然ながら安っぽいものになります。

強引にスピリチュアルっぽい話に繋げると、以前の記事でも書きましたが
一部の物や概念の価値を高く見てしまうと、結局は自我の狭い範疇に篭ってしまいます。
ですからまずはあらゆるものをフラットに見て、そこから様々な物の
本来の役割というか、結局世界は在るべきものが在るという事を知るという事ですね。

少々下品な例えになりますが、肘とチンチンはどちらも同じ身体の一部です。
しかしオナニーの時に肘をしごく人はあまり居ないと思います、それに対しチンチンは
オーガズムを感じる役割があります。

つまりどちらも身体という視点からはフラットですが、役割には明確な違いが
あるという事であります。

全ては意識だとか何だとかは確かにその通りなのですが、あまりにフラットに
まとめ過ぎてて、一歩間違えると単なるお花畑になってしまいます。
統一されていながらも、あらゆるものは役割通りに在るのです。





なんか余計わからなくなったらすいません。
ここ数日涼しくなってきましたが皆様如何お過ごしでしょうか、
私は珍しく超が付くほど忙しくなってしまい、世界陸上も見れずにバタバタしておりました。

で、この間久々にニュースサイトとか見てたら新国立競技場に冷暖房付けないとか
安倍晋三がほざいているじゃありませんか。以前の記事でも書きましたが、
神の国日本が2500億円程度のはした金も出せなくてどうするんだと思います。

国を挙げてのお祭りでエアコンありませんなんて、これじゃあ大宮夏祭り
何が違うんだって話ですよ。

ここ20年以上の緊縮緊縮の大合唱で日本人はすっかりお金の奴隷になってしまったの
でしょうか。お金が勿体無いから緊縮して節約しようぜなんてお金を大事にしてるんじゃ
なくて、お金に必要以上に気を使っているだけ
だと思います。
これはまさにお金の奴隷であります。

私がガキの頃なんて角川映画の「天と地と」とかが制作費ウン十億とか自慢してた
記憶があるんですが、今じゃ娯楽や祭りにカネかけるなんてとんでもねえとされる時代に
なってしまったとは嘆かわしいですね。

お金が大事だと思っている限り、いつまで経ってもお金の奴隷からは抜けられません。
お金の奴隷とは強欲とかではなく、前述したようにお金に気を使って、
お金に媚を売りまくっている事です。

これは金持ちだろうが貧乏だろうが、毎日贅沢していようが清貧な暮らしをしていようが、
お金に気を使い過ぎている限りカネの奴隷です。
そういう意味では今の日本は一億総奴隷になってしまっているのかもしれませんね。
何やるにしてもそうかもしれませんが、常にまとわりつくのが「私が何かを頑張る」という
想いというか概念ですね。

スピリチュアルとかでも「何かを頑張れば、報われる」的な感じで興味を持つ人が
多いかもしれませんが、これは全然違うと思います。

これは実に簡単な話で、例えば今のクソ暑い時期に熱い飲み物とか暖かいセーターを
売ろうとしてもなかなか売れないですよね。仮に従業員雇って、従業員に発破かけて
頑張って営業しても売れないと思います。

少なくとも私だったら、若くて綺麗なお姉ちゃんが売りに来て、なおかつ買うと
一発やらせてくれるとかのオプションが付かない限り買いません。
というか商品はどうでも良いんで私はお姉ちゃんが買いたい。

これは従業員の頑張りが足りないから売れないのでしょうか?
もちろんそんな事は無くて、単純に売る時期を間違えているだけです。
つまり頑張った所で売れるものは売れるし、売れないものは売れないのであります。

多くの人は余りにも頑張る事に重点を置きすぎです、特に日本人は労働を美徳と
考える人が多いせいか、労働というだけで一生懸命やる人が多いようです。

別にそれが悪いとか額に汗して働く奴はアホやとか言うわけではありません。
頑張るのは結構な事ですが、頑張りが報われるかどうかは周りの状況で
殆ど決まってしまうという事です。

なので「何かをしようと思っているけど、やる気が起きない。頑張らなくてはならないと
わかっているけど、やる気出ない」という人は、まず”頑張らなくてはならない”と
感じる時点で何処かが違っている
と思うべきであります。

そもそも”頑張る”とは自由な意志に基づいて何かを行うという事でもあり、
特に自由意志も無いのに頑張るとは妙な話です。

自転車をいくら頑張って漕いでも前に進まないなら、下り坂に行けば勝手に自転車は
進んでくれます。それは自転車がそのような乗り物だからであって、頑張って漕いだから、
とかは在り得ません。今、座っているのも椅子があるから座れているんであって
別に頑張って座っているわけではありません。

世界の全ては”そのように出来ている”のですから、”そのように”の部分に着目すべきです、
そうすると結局は成るようにしか成らん、という事がわかります。
そこで”頑張る”のではなく、成るようにしか成らない方向に流れていけば、”頑張る”者は
居ないので、”頑張ったけど報われなくて、結局無限ループ”に陥る者も居なくなるのです。

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