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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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何故かブッ壊れていた当ブログのメールボックスが復活したようなので、
メールボックスも御利用ください
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「アンタの奥さんも実は存在していなくて、アンタはそれについてどう思っているのか」
いうメールを頂きました、ありがとうございます。

存在しない、とは夢の中では夢の中の登場人物は全て存在しているかのように感じますが、
起きれば全て存在していないのと同じようなものです。

自分自身というものも、確固たる自分が存在していれば熟睡している時にも
自分が居るはずですが、熟睡中は自分は存在しないのであります。

という事は自分自身というのはただ単に「そう感じている」だけのものであって、
存在しているように感じてはいるが、存在していないのです。

これが完全に理解された時、世界は切り離されたものではなく、
意識の投影、つまり”感じている何か”が主体であるという事がわかります。

なので嫁さんも私(であると感じている)も同じ意識です。

と言ってもこの辺は非常にわかりづらい話であるのも事実であります。
これはああだこうだ言うより、まずは己と感じているものを突き放してみると
良いかもしれません。

己を突き放すのに一番手っ取り早いのは、文字通り死ぬことであります。
そもそも毎日熟睡という形で己が居なくなっているのに、何故か己を失う事は
非常に恐れる、これは妙な話です。

どちらも己が消えることに変わりは無いのですから
死を恐れるなら熟睡も恐れなければなりません。
しかし死ぬことばかり恐れる、これは死という概念を恐れているだけであります。

概念を恐れているものを見つけ、それを死なせる事です。
本当の意味で”死んだ”時に世界が現れるのであります。









まあここまで小難しい事をグダグダ書いてきましたが、
嫁さんは結婚前よりさらに性格がきつくなって、何か嫁というより
うるせえお母ちゃんのようになってしまったので、
ちょっと本当に存在が消えてくれないかなとか思ったりしてます。
もう私も立派な恐妻家ですね。
試験勉強とか何だとかを何もしなくても大丈夫なんでしょうかみたいな
メールをたまに頂くのですが、これは学生時代まるで勉強しなかった私からすれば
そりゃあ勉強した方が良いですよ。やはり社会に出てから学のある人とそうでない人は
結構な差がつきます(と思うよ)
私みたいなFラン大学で朝から晩まで遊んでた馬鹿からすると、
一流大学を出た頭の良い人とかカッコイイなあと思いますね。

で、試験だ何だでは「努力している私」が色々と妨害していると言って良いでしょう。
極端な例えですけど、一生懸命努力して勉強しても、猛勉強の休憩中に大地震が来て
家が潰れて死ぬかもしれないので、努力が報われるかどうかなんてわからないのです。

もっと言えば「努力する」必要は無いのですよ。
勉強とは教科書を開いて問題を解いたりする事ですから、問題を解く事だけをやるべきです。
勉強に限らず野球の練習ならバットを振ったりボールを投げる事をやるべきであって、
努力だ何だというのは概念であります。

ですから「試験勉強をしなくて良いのか」っつーのは
勉強のために潜在意識だスピリチュアルだのを努力すべきなのかって事で、
そんなもの努力してもクソの役にも立ちません。

スピリチュアルとは思想でも宗教でも無く、普段の行い全てがそれであります。
ですから教科書を開く、問題を解く事が全てスピリチュアルに繋がるのです。

そのうち行動している私も消え去り、人生を生きている私も消え去るでしょう。
全ては映画のように流れているだけで、最初からあるのは映写機だけだったのであります。
なんか当ブログのメールボックスの調子が悪いようなので
何かありましたらsiranwa☆excite.co.jpまでお願いします

☆を@に変えて送ってください
私が小学校低学年の頃に今は亡き祖母から教えてもらった脳トレ(?)的なものが
あるんですよ。
それは「頭の中に浮かんだものをとにかく強引にでも良いから言葉で詳しく説明する」
というもので、パッと浮かんだものをひたすら説明するんですよ。

例えばオッサンが浮かんだら「頭の剥げたオッチャンで、背は低くて、歳はこれぐらいで、
服装はこれこれこうで」
とボキャブラリーを駆使して説明するんですね。

「これをやるとパッと色々な事が同時に浮かぶようになって賢くなれるよ」との事で
実際祖母はとても教養のある人だったので、私も遊び感覚で祖母や
お手伝いさんとよくやってましたが、あれから30年ほど経って賢いどころか
アホなオッサンになってしまいました、ごめんよおばあちゃん。

話が逸れましたけど、この前この遊びを思い出して30年の月日を超えて
やってみたのですが、これって脳トレというより刺激(イメージ)と反応(説明)の
繰り返しで自我という錯覚が生まれる過程みたいのを垣間見れるんで、
結構良いんじゃないかと思います。

結局自分というものも、自分というイメージなり肉体なり感情なりという刺激を受けて、
それに対しての反応に過ぎず、その蓄積で自我という錯覚は強化されていくものであります。
祖母はコンピューターおばあちゃんならぬスピリチュアルおばあちゃんだったんでしょうか。

頭に浮かんだものを詳細に説明しようとすると、ボキャブラリーを引っ張り出すのに
意外と頭使うんで、連休中ヒマな方はやってみてください。
一人でボソボソ説明してるとかなりさびしいですけど。

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かなりアバウトな性格の既婚平民

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