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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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スピ系の書籍とかで集合意識がどうのこうのという記述が
結構あるそうですね。

著者がどういった意味合いで集合意識という言葉を使っているのか
わからないのですが、個人的には集合意識とかって別に気にするものでは
無いと思います。

集合意識で何かが決まる事とかは無いでしょう。
多数決みたいな感じで決まるなら、昔の王貞治とかゴジラ松井が
阪神ファンしか居ない甲子園でバカスカホームランを打つわけが
ありません。

そもそも集合意識とは、人間でも何でも良いですが、
何か特定のモノがたくさん居るという前提であります。

しかし、鳥かごの中の鳥や、水槽の中の魚を複数のカメラで別アングルで
撮ると、カメラの映像では鳥や魚が複数居るかのように見えるのと
同じで、結局人間の意識も複数あるかのように感じるだけで
本質的には一つだと思います。

夢の中の登場人物が意識を持って活動しているかのように見えても、
実際は眠りというバックグラウンドに統一されているわけですし。

もっと言えば最近のオープンワールドゲームとかMMOって、
ゲームの中にまさにもう一つの世界が存在すると言っても過言じゃない
レベルですけど、結局ゲームのキャラはプログラミング通りにしか
動かないし、自分が操作しているキャラもプログラミングされている
動作以外はしないわけです。

結局はどんな凄いゲームもプログラミングというバックグラウンドに
統一されています。

ですから集合意識どうのこうのって意味を成さないと思います、
強いて言えば統一意識とでもいうものが在るだけじゃないでしょうか。
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私の中学の悪友で、バイク好きが高じてバイクや何やらの部品を作る
会社を興した奴が居るんですが、こいつの会社の待遇聞くと
どう考えても今でいうブラック企業なんですよ。

なので性格の悪い私は、そいつの事を密かに仮面ライダーBLACK
呼んでネタにしているのですが、BLACKはいつも「俺は人を信用しない」と
ほざいています。

「商売の世界は悪い奴が多いし、自分とこの従業員だって信用ならないから」
というのが奴の言い分ですが、奴の言い分が正しいとか正しくないとかは
置いといて、スピリチュアルっぽい見方をすれば、信用しないって
言ってる人間ほど、実は信用しています。


人を信用しないとは、言い方を変えれば他人を信用ならない敵として
見ているわけですが、結局は敵として信用しています。

例えば将棋で言えば敵(対戦相手)が将棋のルールに従ってくれると
信用しているから
将棋が成り立つわけで、本当に信用していなければ
そもそも将棋を指そうとすらしないでしょう。

言い方を変えれば、貴重品を厳重に保管するのは、
泥棒が盗みに来るという事を信用しているからであります。

ですから盗まれたくなければ部屋を開けっ広げにして電気もテレビも
つけっぱにしてその辺に貴重品を置いとけば良いと思います。
泥棒を信用しなければ良いのです。
スピ系っぽく言えばこれぞ手放しであります。

開けっ広げのテレビも電気もつけっぱの部屋に黙って入るのは、
結構勇気が要ります。誰か居るかもしれないと勝手に思いますし。

まあ泥棒の例は極端ですが、結局の所、自我だのネガティブだのに
惑わされません!信用しません!とか言っても、それを信用してしまって
いることが多いのであります。

ですから本当の意味で思考も肉体も信用しない事であります。
そうすれば、じゃあ自分て何処に居るんだろうとなり、
実は最初から何処にも居らず、これからも居ない事を知るでしょう。






ちなみにBLACKの会社は先月若い連中が一気に三人も辞めて
現在人手不足のすき家状態のようです。
「若いのは続かないから信用しない」とか言ってましたが、
裏を返せば自分の会社では若い連中は辞めていくという事を
信じているわけですから、BLACKは引き寄せの達人ではないでしょうか。

結局、誰もが己の信じている事を見ているのです。
漫画「美味しんぼ」が福島で被曝して鼻血ブーを描いたとかで
騒がれていますが、私としては美味しんぼがまだ連載されていたと
いう事にまず驚きました。次に原作者の方がプロ市民みたいな人
これにも驚きました。 

アニメ版は結構見てた記憶があるんですけど、山岡の声がイケメン過ぎて
何か違和感あったなあ。

で、別に鼻血が出ようが何だろうがどうでも良いのですが、
放射能で死ぬのもナイフで刺されて死ぬのも病気で死ぬのも
全て同じ”死”なのに死に方を恐れるのはおかしなものです。

そもそも自分が死んだ事はわかりません、
自分は眠りに入ったのがわからないのと同じ事です。
わからないのに死への恐怖というか、死に方への恐怖があるのは、
幻を恐れているのと同じです。

幻から覚めるためには、北斗の拳ではありませんが「もう死んでいる」
前提で居れば良いのです。

わかりにくければ”死””眠り”だと思ってみましょう。
つまり起きている状態が普段の状態ではなく、寝ている状態が
常に自らの状態
であるという事です。

起きて寝るのではなく、常に寝ており、起きていると思われる状態は
勝手に起こっているイベントか何かだという事です。

常に寝ている何者かが全ての背景に居るという事であります。
しかし、寝ている者を見る事は出来ません。夢の中の登場人物が
夢を見ている人を見つけられないのと同じです。

常に寝ているモノを言葉にすると”覚醒”なのかもしれません。
寝ているくせに覚醒っておかしなもんです。






私は震災当初から福島産の食い物を結構食ってたので
かなり被曝したはずなんですが、鼻血ブーにはなっていません。

別に被曝して癌になろうが死のうがどうでも良いのですが、
それよりももしかしたら放射能でエックスメンみたいになれるかも
しれないとか、不謹慎な事を思っておりました。

実際はエックスメンどころか食い過ぎで腹がミュータントタートルズの
ようになってきたので、現在はダイエット中です。
予知能力を身に付けるために修行(?)しているという奇特な方から
メールを頂きました。能力で思い出したんですけど、
若い人も名前ぐらいは知ってると思いますが、私が幼稚園ぐらいの時に
ユリ・ゲラーってオッサンが来日して、超能力でスプーンを
曲げまくったのであります。

ユリ・ゲラーの超能力は後にトリックであると暴露されたそうですが、
そもそも超能力とは存在するのでしょうか。

個人的にはスプーン曲げはともかくとして予知能力っぽい事、
早い話が勘が冴える的な事は出来ると思います。

人間は基本的に予測出来ない事を偶然当てると快感を感じるので、
どうしても予測出来ない事を予測する事に価値を置くのですが、
まずはほぼ確実に予測出来る事に注目すべきと思います。

前の記事でも書きましたが、建物の中に入った瞬間に出来ることは
全て建物の構造に支配されます。天井がメチャクチャ低い小屋で
立つ事は、どんなにポジティブになろうがネガティブになろうが
出来ません。

つまり小屋の中にいる人に自由意志はありません。
全ては小屋そのものであります。

しかしながら、中の人がくしゃみをしたりいきなり歌を歌ったりする
可能性はあります。これは予測出来ません。
と言ってもこれは中の人が人間だから出来るのであって、
中に入ったのが熊だったら、くしゃみはともかく歌は歌わないでしょう。

結局の所、全ては環境(建物の大きさだったり、人だったり熊だったり)で
決まるのであります。

という事は、全ての行動は己の意志などでは無かったという事なのです。
予測出来る事を突き詰めていくと、結局は予測出来ないと思われる事も、
全て予測出来る事に内包されている
事を知るのです。

で、前置きが長くなりましたが全てが予測出来る事に内包されていると
知ると、何となく予測出来ない事が予測出来る、すなわち予知能力っぽい
勘は冴えてきます。

「じゃあこれでバンバン大地震とか大事故を予知してガンガン金儲け
ですね!」
となるかもしれませんが、そうはならないのが面白い所で、
あらゆるものが前述したように建物のサイズ等に支配されていて、
自己の意志が無いとわかると、自己というものの存在も錯覚に過ぎない
なるのであります。

なので存在しない自己や、それに関わるものの為に予知すると
いう事がヒジョーにどうでも良くなるのであります。
もっと言えば”人生”も楽しいけど、どうでも良いものになります。

まあ予知って言っても私の場合、はやくても地震が来る3分前ぐらいに
パッとわかったり、競馬でもスタートした瞬間に当たり馬券が閃く程度の
糞の役にも立たないものですけど。

どうでも良い感覚とは言葉にすると吉野家に入って
「この店は牛丼が出てくるだろうね」とドヤ顔で予知するような
モンでしょうか。

そんなの実にどうでも良いでしょ、予知能力なんてそんなモンです。
ベトナムでの反中デモでとうとう死人まで出る騒ぎになっているよう
ですが、スピリチュアル系の人は何で世界平和に目覚める確率
高いんでしょうか。

こんなブログ書いててなんですが、私は別に世界平和とか
人類が平和でありますようにとか、ラブアンドピースとか
イマジンとか、九条の会とか、かなりどうでもよいです。

全ては一つだから争いはやめよう、という事なのかもしれませんが
全ては一つって、文字通り一つなわけで、別に人類が一つって事じゃ
無いのですよ。


そもそも「一つ」って認識自体が自我の勝手な解釈なのです。
それを「人類も、世界も一つ」に強引に持ってくるから
おかしくなるのであります。

全てが一つとは肉体を離れ、空も海も山もその辺のゴキブリも
全てが己であるという事ですが、平和をどうこう言う際には
肉体から観た世界に対して言っている、つまりせっかく一つなのに
わざわざ分離してしまっているわけです。

結局の所、全て一つであった、という衝撃的かつ感動的な気付きさえ
幻想
なのです。気付くという事は何かに気付く前と気付いた後が無くては
なりませんから、これは明確に分離しております。

唯一分離が無い状態とは熟睡時であり、この時はああだこうだ
分離してわめく者は居ないはずです、つまり本質的に平和そのものです。

なので肉体でもなく、人類でもない本質的な一つ、
真の平和は常に現存するのですから、それに在れば良いのです。

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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

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