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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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度々書いていますが、自由意志はあるように感じますが
実際は無いものです。

例えば、この前スパ銭(スーパー銭湯)行ったんですけど、
スパ銭の建物に入った瞬間に、風呂の入り口に向かって
歩くしか無いわけで、そこに自由意志はありません。

自分の意志で歩いていると思いがちですが、結局は風呂屋の建物に
全て支配されている
のであります。

普段の感情や思考もこれと同じで、過去のトラウマか何か知りませんが
やはり「何か」に支配されているのです。
「私は病気だ」という思いにしがみつけば、あらゆる行為や言動、
感情や思考が「病気だ」という「建物」に支配されます。

ですから自らが作った建物の中に居るのだと知る事であります。

これをロケットで突き抜けると「私もあなたも居ない」高次元存在に
なってしまうのですが、それは置いといて、結局全ては自分が居る
建物に在るのです。

そしてその建物が風呂屋なのか、飲食店なのかを決めているのは
思考や感情であります。

すき家に入ってどうして寿司が出てこないんだと喚いても、
すき家は牛丼チェーンなので、客がいくらポジティブに
なろうが愛を送ろうがネガティブになろうが寿司は出てこないのです。

すき家のバイトの皆さんは自由意志を持って働いているように
見えますが、出来ることは牛丼とカレーを出すことぐらいなのです。
それ以外の行為はありえないのです。

ですから寿司が食いたいならすき家を出て、小僧寿司か
とんでんとか華屋与兵衛とかの和食の店に行けば良いのであります。

ところが何故かすき家で寿司を食うことに執着するのです。
これでは単なる頭のおかしいクレーマーです。

以前、「願望が実現しても喜ぶ者は居ない」と書きましたが、
すき家で無理矢理バイトに寿司を握らせたら、達成感やある種の感動が
あるかもしれません。しかし小僧寿司で寿司が出てきて
いちいち感動してたらこれもまた、頭のおかしな人です。

喜ぶ者が居ない、とはそういう事であります。
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読者の方からメールで教えて頂いたのですが、
この記事 ttp://world-fusigi.net/archives/7221891.html は非常に
面白かったです。

特に次元みたいのは12の階層になっているとかの話は実に素晴らしいです、
去年観たドラゴンボールの映画でも「宇宙は全部で12個ある」みたいな事を
破壊神ビルスが言ってたので、次元とか階層は12個というのは
本当だと思います(?)

かなり前の記事に書いた記憶がありますが、私も自分と思っていたものが
居なくなったりとかの経験は有ります。

その瞬間は確かに本当に素晴らしい体験をした、俺ってブッダなんじゃ
ないかとか思いましたが、今思えばそれらは全て単なる病気か何か
であって、特に追い求めるものでは無いと感じます。

確かに驚異的な至福感とかはありますが、だから何だったのかと
いう感じであります。

以前も書きましたが何かを感じる、観るとは感じられる対象や
観られる対象を必要とするので、何かを感じようとするのは、
自ら世界と己を切り離す事であってナンセンスです。

お湯はお湯自身を暖かいとは感じないし、水は水自身を冷たいとは
感じないのであります。なので求める事を止めた時に本当の意味での
リアリティを知るのです。

魚の動きを知る事は出来ませんが、川が流れていれば
結局魚は流れに沿って動くであろう事を知る
感じでしょうか。

川の中にいる魚は、自分が川の流れに居る、川に居るからこそ魚である
とはなかなか思えません。
しかし一度川の流れに居ると知れば全ては始まりも終わりも無く、
己の意志で頑張って泳いでいたつもりの自分も無い事を知るでしょう。
この前ちょっと紹介した「脳を鍛えてブッダになる」っつー
本ですが、昨日暇だったんで都内の某大型書店で見かけた際に
ざっと立ち読みしました。

これはですねー、「脳を鍛える」スーパーな瞑想とかを
期待してると肩透かし感があると思います。

まあ原題がjust one thing たった一つのこと、とかいう
意味なんで、内容は典型的スピリチュアル本です。
脳トレ系ではありませんね。

ブッダが行ったと思われる瞑想を脳科学的に追求、
とかだったら面白そうとか思ってましたが、
この内容だとかなりスピ系で使い古された感が
あって、買う程のモンじゃないかなあというのが
正直な所ですね。

著者は「ブッダの脳」という著作もあるらしいので、
出版社側が恐らく勝手に「脳を鍛えて云々」というタイトルを
日本で発売するにあたって考えたんだと思いますが、
別に脳を鍛える必要無くね?という感じになっています。

まあタイトルが「たった一つ」じゃ何の本だか
わからないので、この辺は色々と大人の事情が
あったのでしょう。
夢を見ている時は「夢を見ている」とは、普通なかなか気付けないものですが、
夢を見ている時に夢の内容に対してビビッたり恐れたりしていると、
それは"悪夢”となります。

で、何で悪夢になるかというと、当たり前ですがビビッたり恐れているからであり、
だったらビビらなければそれは悪夢でも何でもありません。

起きている時も理屈は同じで、例えば10億円の貯金があっても
色々悩んだり不安に苛まれながらそれを見ていれば、やっぱり悪夢と
なるのであります。

「ではお金が無くとも幸せな気持ちで貯金を見れば良いのか」となりがちですが、
幸せが成り立つためには不幸が必要です。
なのでただ単に在るだけで良いのです。

在るだけに徹すると、結局の所、幸せだ不幸だ何だは全て心の中にしか
無い事がわかります。

しかし心とは何かしらの対象がなければ出てきません、
夢を見ている場合、夢を見る対象があるから夢の内容について
ああだこうだ言い出して心理的葛藤、すなわち自我が出てくるわけですが、
夢自体が本来は存在しないのですから、それに伴って出てくる心や自我も
存在しないという事になります。これは起きている場合も同じです。

つまり自分というものは紛れも無く何処にも存在しないのであります。
熟睡している時のように、起きている時も
ただ単に在るだけに徹すれば何となくわかると思います。

ビビりながら様々なお祈りやメソッドをやっても、それは既に悪夢の一部
なのであります、ですから悪夢は終わらないのです。

形を持たない何かとして常に在るだけであり、それが本来の文字通り在るべき姿です。
形が無い事に不安になる事もありません、形は勝手に決まります。
水が丸い桶に入れば丸に、四角いコップに入れば四角になるのと同じです。
しかしだからといって「水とは丸い物体である」とは誰も言いません。

”丸い物体である水”は存在しない、しかし水は確かに存在する。
これが常に在る状態であります。
しょうきちさんのブログ「ぜんぜんわかりません」を
リンクに追加しました。

なんかユルい感じのスピリチュアルブログが増えましたね、
最近の流行りなんでしょうか。

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