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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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日曜日にまさかの東北方面でやや強い地震がありましたが、
昨日の与太記事はとりあえず消しました。

このブログにしては珍しい予言・予知系の記事だったせいか、
昨日一日だけでとんでもないアクセス数になってましたが、
災害に関してはやはり日頃の備えであって、こんなブログ読んで
災害を予知しようとかアホな事を考える読者が出てこない事を祈りたいです。

地震予知って言えば俳優の小林朝夫さん(太陽戦隊サンバルカンの
バルパンサー役、小林亜星の息子)が東日本大震災をたまたま当てた事で
調子ぶっこいてブログを有料化してやたら不安を煽る記事を書いたり、
何故か水を売りつけたりしてたらしいのを知った時はちょっとショックでしたねえ。

まあ小林さん自身はマジで地震予知に取り組んでいたのかもしれないですし
予知に色々と費用がかかるので有料化したのかもしれませんが、
ネットで調べる限りかなり電波系な事を言ってるんですねえ、
おまえも電波だろって言われると返す言葉も無いんですが。

サンバルカンと言えばまさに私なんかモロに世代ですし、
なかでも黄色い戦士バルパンサーはガキの頃の私のヒーローでありました。

バルパンサーはカレー好きなんですが、私もバルパンサーに憧れるあまり
カレー好きになりましたし、今だに家で使ってるコップの色が黄色という
お茶目なオッサンになりました。

何というか小林さんといい最近中核派の刺客として国会に送り込まれた
山本太郎さんといい、あまり芽が出なかった役者って妙な方向へ行く人が
多いですねえ。
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前も書いたかもしれませんが、肩こりや腰痛というものは
自分自身が起こしているものであります。

そんなはずはない、と思うかもしれませんが
身体のバランスが悪かったりすると筋肉は緊張し、
それが肩こりや腰痛となるわけです(多分)

つまり肩こり腰痛は外部から襲いかかってくるものではなく、
あくまで肉体が起こしているものなのです。
血液の流れや心臓の鼓動をコントロールする事は出来ないのと
同じで、結局何一つコントロール出来るものなど無いのであります。

ですから自我によって緊張している部分をゆるめようとかしても
限界があるのです。血液の流れや心臓の鼓動を操っているものに
立ち向かっても勝てるわけがないのです。

「現実は内面の投影」とか言いますが、言葉だけだと何となく
外の世界(?)の状態を意味してるように思いますが、
感じている緊張とかも結局は投影なのです。

ある投影に対し、別の投影をぶつけて抑圧、制御しようとする場合に
あくまでこの世界(?)では身体的な緊張として出てきます。
Aという投影が緊張を生んでいるとしたら、B(リラックス)という投影を
ぶつければ万事解決的に思いますが、結果としてそれはAとBが戦いを
始める
事を意味するのであります。

なので逆転の発想で、緊張を生んでいるAをさらに緊張させれば良いのであります。
肩がこってるなら思いきり肩を緊張させてやれば、その緊張(この場合肩こり)を
押さえている別の投影が出てきます。

それは他の部分も痛くなってきたというものかもしれませんし、
あるいは何か言葉に出来ない感情の高ぶり(落ち込み)かもしれません。
いずれにせよ、戦いを続ける両者がようやく自我にも認識できるレベルまで
浮上してきたという事であります。

で、浮上してきたら緊張を解いて、これでやる事は終わりです。
今までは両者の争いを己自身と誤解して戦ってきました、
肩こりにマッサージをぶつけたり、腰痛に鍼灸をぶつけたりしてきたのです。

しかし、両者の争いを認識できたという事は、もはや争いからは自由になったのです。

この逆バージョンとして、感情から入っていくやり方もあります。
あえて感じる事を避けている感情や考えを思いきり強調するのです。

例えば金が無いとか、異性にモテないとか、顔がキモイだとかを
ガンガン認めまくるのであります、恐らく身体のどっかしらが緊張してきます。
それが、その感情を認めたくが無い故の抑圧の投影なのであります。

やはりこれも緊張しまくったら、徐々に緊張を解いていけば戦いは終わりです。
認めたくない感情は、単なる抑圧との戦いであって、その戦いに付き合っていたからこそ
いつまでも似たような戦いに苦しんでいたのであります。






人によってはこれで肩こり腰痛が解消するかもしれませんが、あんまり酷かったら
ちゃんと医者なり接骨院なりに行って下さいね。

ちなみに何でいきなり肩こり腰痛ネタに走ったかというと、
一週間ぐらい前に彼女にマウントポジションしていたら、
頑張り過ぎて腰が痛くなってしまったからです、
これは何の抑圧なんでしょうか。
前にギャンブルとかで賭けるなら、とりあえず失っても何とも思わない金額から
賭けると良いですよって記事を書きましたが、
1000円とか2000円ぐらい、人によっては100万ぐらいでも
賭けても何とも思わないのに、これが1000万とか1億になってくると
色々あーだこーだ思ったり、言い出すのは面白い現象です。

そしてこの時こそ初めてお金というものが出てくるのです。
そもそも1000円失っても何とも思わないって事は
「1000円」自体が存在しないのと一緒ですよね。
というか文字通り存在しないのですよ、しかしこれが10倍の
「1万円」だと突然失うことに恐怖を感じたり不安になったりするのは、
己自身でお金という概念を作って、そこに1万円という属性を見ているわけです。

つまりお金の心配とはお金を見ているから心配するわけで、
マネーゲームから脱出するなら、お金が文字通り存在もしなければ価値すら無いという事に
気付けば良いのであります。お金とは極端な言い方をすれば空想の産物、とまでは
言いませんが、それに近いものがあります。

お金を見ている以上は例え貯金が10億あろうが、年収が1億あろうが、
お金の不安からは逃れられないでしょう。
幽霊が自分の部屋に居ると思い込んだら、家族に坊主が居ようがエクソシストが居ようが
安心出来ないのと同じです。

お金に限らずあらゆるものに対し「何とも思わない」「妙に気になる」の境が
あるはずなのです。そして「気になる」というのは文字通り「気」を「付けて」
いるから、それがあるように見えるのであります。

結局、あらゆるものは空想の産物であり、私という意識や感覚すら空想の産物(みたいなもの)
なのです。








まあ1000円ぐらいなら捨てても何とも思わないけど、1万円だと許せねえってのは
キスまでは浮気じゃないけどセックスしたらぶっ殺すみたいなものですよ(?)

私は若い頃浮気した時に、キスまでどころかずっと先までイってしまいましたが、
私の基準だとまだまだ浮気ではなかったのです(多分)
しかし、当時付き合ってた女性には残念ながら寛大な心が欠けており、
浮気がバレてこっぴどくボコられました。

世の女性達は1000円程度をスったぐらいでギャーギャー言い過ぎです、
なんつって。
昨日、「沈黙の艦隊」にちょっと触れたら何故か読者の方から漫画に関するメールを
多く頂いたので、今日は非常にどうでもよい漫画ネタです。

だいぶ前にも書いたと思うんですが、私はガキの頃から少年漫画を
あまり読まない生意気なクソガキでした。

昨日も書いたように中学生ぐらいの頃に「沈黙の艦隊」にハマりましたが、
当時オヤジが読んでた「課長 島耕作」も少し読んでましたね。

で、実は昨日ニュースサイト見てて知ったんですけど、
その島耕作が会長になったそうですねえ。

ていうか島耕作なんてよく言われるように単なるヤリチン野郎ですよね、
確か上司の愛人だか奥さんだかともヤってたように記憶してるんですけど、
私が島耕作から影響を受けたのは女性に対する手の早さだけで、
他は何も得るものが無かったようであります。

何か社長になってから赤字続きの責任を取って辞任、みたいに書いてあったので
あんなヤリチンに社長なんか出来るわけねーよボケ、ヤリチンに社長やらせるなら
「右曲がりのダンディー」だろ、とか思ってたら
今度は会長に就任とかわけがわからん話ですね。

で、また何かやらかして辞任して、次は突然共産党から出馬して
「アカ 島耕作」とかになったら嫌だなあ。

今日は若い人は全然ついていけないオッサンネタですいません。
基本的に、気にしていない事ほどあっという間に実現するものです。

我々は特に新陳代謝を気にせずに毎日を過ごしておりますし、
仮にいちいちそんな事を気にしていたら、かえって気が病むってモンです。

意識とは、色々と気にしている時はどんどん縮小し、気にしていない時は
逆にどんどん拡大していくものです。

個人的な問題を気にし始めると、どんどん世界が「私は~」「私が~」という
主語をメインに考えるようになり、逆に気にしないと、どんどん世界は拡大し、
熟睡時と同じ状態に近づいていきます。

つまり何一つ気にするものも無い、対象が存在しない全てが一つとなった状態です。

で、この状態は殆ど想いが即実現のような世界なので、
拡大していけばいくほどあらゆるものに意味が無くなりますが、同時にあらゆるものを
生み出せる状態でもあります。

しかしあらゆるものに意味が無いので、実現しても特に何とも無いのであります。
喜ぶ自我が居ない、という奴ですね。

前も書きましたが100円馬券買って外れても悲しむ自我は居ない、って状態の
逆バージョンですね。自我が喜びとか悲しみを勝手に演出するので、
正確に言うと喜ぶ自我も悲しむ自我も居ないのであります。

最近では参院選の際に「国会に送り込まれた中核派の刺客ブラック企業の帝王
迎え撃つなんて胸が熱くなるなあ、見てみたいなあ。かなりどうでも良いけど」とか
思いながら寝たら、翌朝ブラック企業がまさかのギリギリ当選を果たしていた事が
実現しました。ワタミグループの皆さんは私に感謝すべきです。

というのは冗談ですが、あらゆるものに意味が無い、という事はあらゆるものに対しての
希望も目的も無い、という事です。そもそもあらゆる事象に意味と目的を持たせようと
するのがおかしい
のであります。そんな事をするから次々と分離を生み出すのです。

意味や目的、希望を持たせるから今回の選挙結果に対し「ブラック企業の社長が
当選するのはあり得ない!」とか「日本が戦争への準備をしている!」とか
「反日売国政党がまだ残っている!」とか騒ぎ出すのであります。
そういったものを捨てれば、あらゆる事象は全て楽しむものとなります。

映画を観る目的は何かと言うと、まず楽しむ事です。
映画の登場人物が死んだりする事にマジギレしてたら危ない人になってしまいます。

夢を見て起きた時は、夢の中で会話した人々は全て消滅、文字通り永遠の死ですが、
別にあなたはマジギレはしないでしょうし、夢の中ではあなたも、そして他の登場人物も
目的なり何なりを持って行動しているかのように見えていたでしょうが、
夢から覚めた時、それらに大きな意味は無いでしょう。

つまりあらゆる事象に目的、目標、希望を持つ事は、自我にとっては
これこそ「今」を生きているみたいに感じるかもしれませんが、
それらは偽りの「今」であります。

希望という言葉はポジティブな響きがありますが、
逆に言えばそれは絶望への恐れを防ぐお守りみたいなモンで、
希望を持っていようが、それがダメなら気合だ根性だとやった所で
疲れるだけであります。

目的や目標を持たせて、それらがダメだったら希望という名のお札で
身を守っていてはいつまで経っても映画は楽しめません。
絶望を恐れて希望を捨てないなら、希望をまず捨ててしまえば絶望も消えます。

あらゆるものを捨てるからこそ、全てが水面に映る月のように
美しく輝く
のです。水面に映る月と水面は同じ水であり、
そして同時に同じ水でありながら違うものでもあります。

その時に初めて世界も自分も区別が無い事を知るのです。







まあ私は「政治と戦争は男のロマン」派なんで、日本が戦争しようが
核を持とうが別に何でも良いですが、中学の時に「沈黙の艦隊」
ハマッた者としては攻撃型原潜を持って欲しい所ですね。

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職業:
食う寝る遊ぶ
趣味:
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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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