忍者ブログ

知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

HOME • Admin • Write • Comment
引越しと言っても、別にこのブログが引っ越すのではなく、
私が引越しする事になり、荷物をまとめたり何だで修羅場であります。

という事で数日は更新出来ないと思いますが、最近どういうわけか
更新が減っているのにも関わらず、アクセス数が増えているという
珍現象が起きているので、もしかして更新を期待して覗いている奇特な方
特に期待せずにお待ちください。

まあ引っ越すって言っても結局は大宮市内なんですけど。
PR
最近、マネーゲームのまとめブログと相互リンクさせて頂いたせいか、
何故か著者でもない私の所に、「マネーゲームからの脱出」の内容についてのメールが
ちょこちょこ来るようになりました。

私はマネゲ本は立ち読みで済ませてしまったので、あんまりああだこうだ言えませんが、
マネゲ本で強調されていたホログラムに気付くとか、何とか段階から脱出するとかに
ついては、多くのスピ系で言われているのと同じではないかと思います。

「世界は全てあなたであってうんたらかんたら」というスピ系でお馴染みの
フレーズ
を聞くと「それなら何で全部アタシの思った通りに動かないの!」となる
ケースが多々ありますが、ここで言う「自分の思った通り」とは非常に狭い範囲の
「思った通り」を意味するのが殆どです。

せせこましい自我の範囲の「思った通り」は、結局は「自分」にとって都合の良い範囲
限られます。

思った通りにすると言っても心臓を自由に止める事は出来ないし、
血液を沸騰させて蒸発させるとか、胃と肝臓を爆発させるとかの
北斗神拳みたいな事は出来ません。
というよりそんな事やろうと思いません、「自分」には都合が悪いからですね。

結局は無意識に「自分」と「その他大勢」的な分離を前提として
世界を見ているのであります。「都合が悪いことは私じゃない、でも世界は私なのよ」
これでは文字通りの都合の良い現実逃避、妄想になってしまいます。

分離が無くなれば、道路の車の流れも、雨が降る場所も、雪が積もる場所も、
全て血液が滞りなく流れているのと同じように、都合が良いとか悪いとで
判断しなくなります、というより出来なくなります。
「胃袋がこのタイミングで消化を始めるのはムカつく」とか普通は言わないのに
近いです。

分離が無くなった時点で、大袈裟に言えば根本的な生命や宇宙の源、
心臓を動かしたり血液を流したり内臓の機能を制御したりしている
「自分」には伺い知れない大きな何かに気付けます。
そしてその大きな何かが、本来の自分なのです。

恐らくこの都合の良い悪いを超越する事は、分離から抜け出る最後の壁であります。
トンデモない抵抗が湧き上ると思いますが、それらは全て
分離を維持したい「自分」の最後の抵抗であります。
この凄まじい抵抗を緩和するために、「マネーゲームからの脱出」だと
「全部ホログラムだよ」っつー表現を使っているのではと感じました。

実際はホログラムでも幻でもマネキンでも何でも良いと思います、
私の世代だと「ホログラム」っつーと、ビックリマンチョコの魔肖ネロとかブラックゼウス
連想してしまうので、「幻」の方がしっくり来ますね。
今回は最初からいきなりブッ飛んだ話であり、かつ抽象的なものですが
暇な方はとりあえずお付き合いください。

我々が普段から目にしている太陽や月、流れる風なども
その本質は「私」であります。

大げさな言い方をすると生命が躍動しているというか、生命が自分そのものであり、
もっと宗教的に言えば自分は神であって、神の光がどうたらこうたらとかなるわけですが、
この最初っから存在していたスーパーパワーみたいのを何とか利用しようと
しているのが各種メソッド類だと感じます。

で、少し話が飛びますが、だいぶ前に潜在意識について何本か記事を
書いているんですけど、私は世界そのものが潜在意識の現れであり、
何も弄る必要は無いと思っています。

「潜在意識の現れ」という表現はいくらでも変える事が出来ます、
宗教が好きなら「神の意志」ですし、スピ系が好きなら「今に在る力」とかですし、
すき家のファンなら「すき家の意志」であり、マックが好きなら「ドナルドの吐息」でも
結構であります。

名前は何でも良いのです、肝心なのはそれ(潜在意識とか神とか)が
最初っから始まりもなく終りもない文字通り永遠に在ったという事であり、
世界の全ては「それ」の体現だという事です。
もちろん自我のレベルで認識している「私」「俺」「僕」も、「それ」の体現であります。

結局、潜在意識活用とかナントカメソッド云々って言うのも早い話が「偶像崇拝」であり、
元々から存在している神をわざわざ潜在意識とか何たらという「異形の神」に無理矢理
押し込めて拝んでいるだけなのです。

神様はあなたの味方ではありません、この事実から目を背けたいがために
最初から存在している神様をズタズタに引き裂いてブッ殺し、「潜在意識活用」とか
「ナントカメソッド」に細切れにして飾っているのであります。

しかし、神様は味方ではありませんが、元々は味方をする必要のある「あなた」が
居ないのだから別に構わないのです。
どういうわけか味方を欲している者がいると勘違いして、神様は自分で自分を
引き裂いていたのであります。
神様は少々変わった趣味を持っていたのです、さすが神。

全てが神様の夢であり、イコールそれが本来の自分であると気付いたら、
あとはもう楽しむだけです。

目の前に怪獣が居て、それをリアルだと勘違いしていると、深刻な思いで
怪獣殺してくださいとか怪獣即死メソッドとか、ウルトラ五つの誓いって何でしたっけとか
やり出すと思いますが、夢だとわかれば怪獣にパンチやキックしたりお尻ペンペンしたり
まず「楽しむ」と思います。

まず楽しむ事が、世界を体現している事なのです。
スーパーマリオを始めていきなり目の前にゴールがあったら面白くないですしね。
最近のこの記事に書いた内容は、いわゆる神秘体験(?)に属するのかもしれませんが、
このような神秘体験ぽいものは、あまり求めない方が良いのではと思います。

確かにすごい至福感はあるのですが、それを何か特別なものだと勘違いすると、
結局は狭い個人レベルにおいての満足感(自分は他とは違う、的な)で終わってしまうと
思います。(単なる病気という可能性もあるしね)

簡単に言ってしまうと圧倒的な至福感とは、生まれて初めてエンジン付きの乗り物を
自分で運転した時の感動に近いかもしれません。
今までチャリンコしか乗ってなかった人が、バイクや車を運転するとその快適さに
ちょっとした感動を覚えるのと同じです。

私も十五の夜に盗んだバイクで走り出した時は「バイク、超はえーーー!!」とか
一人で感動してましたが(原付だったんだけどね)毎日乗ってれば段々と
当たり前になっていきますよね。

結局、至福感とはごく当たり前に目の前にあるものなのです。
幻を幻と見抜いた時の感動、夢を夢として認識し、明晰夢に入った瞬間のような
高揚感、そして世界は全てが「私」であったという実感の中で、
その世界の登場人物たちが幻に怯えて苦しんでいるのは、「私」の苦しみでもあります。

だからこそ、行き着く先は狭い個人という領域を超えて、世界と向かい合うように
なっていくのではなかろうかと思います。
ブログ開設から一年経ったので時間ネタであります。
ついでに最近リンクを張らせて頂いたマネーゲーム云々の書籍を紀伊国屋で見かけたので
立ち読みしてきました(買えよ)

時間は存在しないとか何だとか以前も書きましたが、
もうちょい正確に言うと、時間が無いというより時間の存在・影響から
脱出している存在というか何か
があります。

簡単に言うと、例によって例のごとく目の前にすき家があるとします。
すき家の中に居る以上、すき家の店舗内部の時間は存在します。
そうでないとアルバイトに時給も払えないし、お客も回りません。

この店舗の中でワーワーやってるのが非常に狭い個人の意識であり、
あまりこういう表現は使いたくないですがエゴであります。

店舗の中に居る以上、時間(として感じられるもの)は存在します。
が、しかし。すき家の店舗を外から眺めている場合、すき家の店舗内部の時間というものは
存在しなくなります。


10分前に客がコップ落として割ったとか、5分前にチーズ牛丼を頼んだ客がトイレに行ったとか
そういった時間を基準にどうのこうのといったものは、全て店舗の内部に居るから
体験できるわけです。

店舗の外側にいる場合、そういった事は存在しません。
しかし今度はすき家の店舗そのものが朽ち果てていく「時間」を目撃します。
看板が剥がれたとか照明が落ちたとか、ついに店自体が潰れてしまったとか、
そういったものを時間と共に体験します。

で、さらにスケールを大きくしていって今度は日本列島そのものを眺めた場合、
すき家の店舗が外側からボロくなっていく様子は見えません。
しかしながら今度は日本列島に地震が来たり、隣の国からミサイルが飛んで来たりという
出来事はやはり「時間」と共に見ることが出来ます。

さらにさらにスケールを大きくすれば地球から見れば日本列島における「時間」は
無くなりますし、宇宙から見えれば地球の「時間」は無くなり、もっとすごい何かから
見れば宇宙の「時間」も無くなり・・・とエゴを超越していくと
「時間」はどんどん影響を及ぼさなくなっていく
のであります。

だから一体何なのだと思われると思いますが、この地球だの宇宙だのを超越していった
意識(?)みたいのが本来の自分であり、宇宙とは自分の内側に存在するものなのであります。
決して外側に広大に広がっているのではなく、内側がそれなのです。

過去も未来も無く、自由意志も無く、ただ内側を見つめる、というより自分自身を見つめる事が
本来の自分と向き合う瞬間なのです。
すき家の店舗では未来を操る事も、過去を変える事も出来ません。
過去と未来という時間の概念の及ばない領域が本来の自分である事を知るのであります。

狭いすき家の店舗で、自由意志があると勘違いすると悲劇が起きます。
それはすき家のメニューには牛丼とカレーしかないのに「どうしてお茶漬けを出さないんだ」
喚いているのと同じです。(定食があるじゃないかというツッコミはこの際無しで)

そうではなくて全ては時間の影響が及ばない何かスゴイもの(本来の自分)が
わざわざゲームを楽しむために低次元(?)にまでレベルを落としてくれているのですから、
全ては本来の自分の力であり、その事を受け入れる事がマネーゲームの本にも書いてあった
「力を取り戻す」っつー事なんじゃないかと思うんですが、どうなんでしょう。

まあ ざっとしか読んでないんですけど。

カレンダー

01 2026/02 03
S M T W T F S
1 2 4 5 6 7
8 10 11 12 13 14
15 16 17 18 20 21
22 23 24 25 27 28

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
知らん
性別:
男性
職業:
食う寝る遊ぶ
趣味:
超合金魂
自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

合体と恐竜は男のロマン

メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
☆を@に変えてお願いします

バーコード

ブログ内検索

P R

アクセス解析

Copyright ©  -- 知らんモンは知らん --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]