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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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何度も同じ事書いてますが、基本的に今いる世界というか、大げさに言うと宇宙は自分であります。
ですから宇宙=自分が何を思おうがどうしようが関係無いのです。 

例えばこのブログを読んで、「何だかとっても疑問だわ、書いてる人は馬鹿なんじゃないかしら」と
思ってもそれでOKなのです。その後に、「でも何だか気になるわ、あのブログに書いてある通りに
しないとダメなのかしら、馬鹿が書いてるけど。」と思ったら、別にそれでも良いのですが、
別に気にし過ぎる事もありません。

前も書きましたが「心を指針に」するといつまで経ってもつつき回されます、
「心の指針」になるのであります。

そのためには「あれが気になる」とか「このようにしないとダメなのかもしれない」とかの
思考に振り回されない事です。「叶っているから、その投影としての研ナオコ」と同じで、
「叶っているから、そのような思考が出てくる」と受け取れば良いのです。
つまり世界の状態や浮かんでくる思考に主導権を渡さないということです。

「このブログには全て関連性なんて無いって書いてあった、でも他の本には関連性云々って
書いてあったわ。すごく疑問だわ、やっぱりこのブログは馬鹿が書いてるのよ」と
思っても、それがあなたの宇宙での真実です。

「でも、この馬鹿の言うことも一理あるかもしれないわ」とか思って、 
延々と同じところを回る必要はありません。それこそ心を指針にしてしまっています。

結局、何を見ようが何を思うおうが最初からあなたの宇宙は完璧であった、という事ですね。
ですからこれ以上何を望むのかっつー事です。
何も望む必要が無い事に気付けば、何も望む必要が無い状態が投影されます、
それはエゴから見れば「叶った」状態かもしれません。

「叶える」としようとすると叶わずに、「何も望むものが無い」事に気付くと
「叶った」ようになるのであります、ただ「何も望まないなんてトンデモねえ!」
エゴが騒ぐので結局「心を指針」にして同じ所をループしてしまうのです。

というわけでちょっと語弊があるかもしれませんが「望まない」のではなく
「望むものはない、お腹いっぱい」になってみましょう。
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どういうわけか昨日の記事は反響が大きかったらしく、読者のみなさんからメールを
大量に頂きました。皆さんのメールを読ませてもらっているうちに、
今日書こうと思っていた事をすっかり忘れてしまったので、明日以降メールの内容を
踏まえた記事を書こうと思います。

ちなみに今までで最も記事の内容についてのメールを頂いたのが多かったのが4月26日付の
「プチシルマだって気持ち良い」です。
禁断の復縁ネタともいえる記事ですが、女性と思われる読者からやたらとメールを頂きました。
まあ復縁を望んでる女性には身も蓋もない事書いてるんですけど。

この「プチシルマ~」の記事の最後に「複数のオネーチャンと付き合う重複縁がしたい」とか
アホなこと書いてるんですが、実際の所、重複縁てうまくやってれば楽しいですけど、
バレちゃうとボコボコにされる危険性があるので、良い子の諸君には
お薦めしませんね、まあ若気の至りって奴です。
二日ぐらい前のアセンションがどうしたこうしたの記事で、
心を指針にすると良くないみたいなことを書きましたが、
ここでいう「心」とはエゴとか思考とかを意味していると解釈して頂いて結構です。

で、少し話がややこしいのですが、心を指針にしてしまうとは常に心の声を
真実であるとして、それに従ってしまうことです。

例えば「願望の実現のためにはエゴに気付きうんたらかんたら」と偉そうに書いてあるブログを
見つけ、「なるほど」と思えば、もはや「エゴに気付きうんたらかんたら」という心の声に
無意識に従ってしまっています。
つまり「心を指針として」しまっています。

「何々のためにうんたらかんたら」「ナントカメソッドでどうのこうの」は言ってみれば
全部後付けです。ですからぶっちゃけて言うと、そのまんま適用するとクソの役にも立たない
事が多い
のです。

ここで重要なのは本質的な事に気付けるか否かであります。
例えば、基本的に我々が見ている世界は重力が支配しています。
地球に居る以上、重力からは逃れられません、歩こうが走ろうが支配されています。

つまり「速く走れるナントカメソッド」も元を正せば重力に支配されているということです。
結局、どうあがいても重力に支配されているという事実を認めた上でのメソッドということです。

それと同じで、「現実(と思える)は内面の投影」という絶対的な法則(っぽいもの)を
知った上でのナントカメソッドなのです。


かなりややこしいのでもう一つ例を挙げると、「モデルのように美しく歩く」という動作は
「私が器用に重心を移動させて行っているんだ!」というものではなく、重力に適応させて動作を
出現させているだけです。

すなわち「私が器用にやっている!」という「心」に従っているのではなく、
心でどうこうできない絶対的な重力の法則があるからこそ、結果的に「美しく歩ける」のです。

これと同じで「私がナントカメソッドやナントカ瞑想で願望を実現させているんだ!」ではなく
絶対的な「現実=内面」「世界=自分」があるからこそ結果的に実現したように見えるのです。

これが「心を指針にするのではなく、心の指針になる」という事です。
絶対的な本質に気付き、心でどうこう思い悩むのではなく、それに委ねてしまうのです。

ですから度々書いている「何かを意図して、テレビをつけて研ナオコが出てたらそれも既に
意図した世界の一部だ」
も、見ている世界にいちいち「心」を口出しさせないためのコツみたいな
もので、本来はどうでもよいものです。「リラックスすると重心や重力が感じやすくなりますよ」と
言っているのと同じで、一旦絶対的な真理に気付けば深い意味は無いのです。
最近、読者の方からのメールもかなりぶっ飛んでいるというか、面白い内容が
多いです。今回も「オナニーしてますか?」という衝撃的なメールを頂きました、
ありがとうございます。

メールの投稿者の方は、「オナニーをすると調子が悪くなるが、オナ禁すると調子が良くなる」と
いう事で、果たして性欲と精神は関係するのかという内容でした。

まあ個人的な考えでは、人それぞれという在り来たりの答えになってしまいますね、
私の場合は投稿者とは逆で、二十代の頃なんかは一発抜いとかないと調子が出なかったのですが、
これを強引にスピ系の話に持っていくと、一発抜くのも二発抜くのも全て源泉掛け流しから
発射されているだけなので、調子が良くなろうが悪くなろうがあまり関係無い、という事に
なります。

結局、エゴというものは因果関係を常に求めるのです。

例えばコンビニでオニギリを買って、100円払った。財布から100円が消えた、
これはオニギリを買ったからである。とエゴは納得するわけです。

これと同じで願望が叶った、これはナントカメソッドのおかげである、と納得します。
逆に言うと、叶わないのはナントカメソッドのやり方が悪い、もしくはインチキである、
と納得するわけです。

この因果関係を求める事は、エゴの強力な癖であり、これを解消するのが結構重要です。
つまり何をしようが何が起ころうが、一切関係無いという事に気付く事です。

どうしても原因と結果を求めてしまいますが、それはまさに寝ぼけているから因果関係を
探してしまうのだ、と言えます。

前も書きましたが、何か願望が湧いてきたら、それは「願望である」と心の声で
処理する前に既に出現しているのです。処理してしまうからこそ因果関係を探してしまう
わけですから、心の声で処理する前の決して「思考」では捉えられない源泉掛け流しに
全てを委ねてしまえば良いのです。

何もかも、関係性など無いのです。心の声で処理する前の意識に委ねてしまえば
全てはそこに在ります、しかしながらエゴ視点で世界を見ればやはり色々なものが
あると思います。テレビをつければ研ナオコが出てて、外に出たら露出狂に出会った、
しかしそれらも全て心の声で処理するからこそのナオコであり露出狂なのです。

この辺、非常にややこしいのですが願望を心の声で処理する前の、波動でも
何でも良いのですが、その波動を感じた時点で世界(内面)に波動が広がります、
結果的にそれらがエゴ視点で見れば研ナオコだったり露出狂だったりとなるのです。

オナニーから始まった話が、いつの間にかスケールの大きい話になりましたが、
結局の所、思考では捉えられない部分に気付くだけで良いということです。

まあ私はモテる(?)んで、寂しくオナニーとかはあまりしないんですけどね(ちょっとヤな奴?
「アセンションについてどう思っているか」というメールを頂きました。
アセンションという言葉は知っていましたが、実際何なのかはよく知らかったので
調べてみると、「人類が三次元から五次元へ上昇する」とか「物質世界から意識世界になる」とか
「地球がフォトンベルトに突っ込んで人類が進化する」とかなんだかわからないがとにかくすごい事が
起こるらしいです。

しかも何か重要な日が2012年12月22日だとか、 来年じゃん。

まあアセンションだ何だというのも、結局は自己の宇宙(内面)の投影なので、自分とは宇宙である
という事がわかれば、常にアセンションしまくっているのではないかと思います。

内面は、多分三次元よりも高い次元だと思うし、高い次元に目覚めれば低い次元を操るのも
別に不思議じゃないような気もします。ですから思考という三次元の世界の事しか考えられない
低次元の産物は、我々五次元人には必要ないのであります(多分)

結局、心とか思考とかは三次元の世界のものを基準にせざるを得ませんが、
「アセンション!」とか叫んで変身し、高い次元に目覚めると、その基準を超えることが
出来るのではないでしょうか。別に叫ぶ必要は無いし変身もしないと思いますけど。

少し話が飛びますが、我々は心とか思考を「指針」としてしまいがちです、
こう思った、こう考えているという事が自分にとっての真理であると勘違いし、
その勘違いに基づいて行動してしまいます。
ですから「アセンション」とは心や思考「の」指針になれという事ではないでしょうか。

そうすれば物質世界に色々惑わされる事も無くなるし、意識世界が到来するような気もします。
つまり「あの”物質”が足りない」という物質に主導権を渡している世界から、
”意識”がまずありきで、物質は勝手に創られるといった”意識”に主導権がある世界です。


なんかキレイにまとまった感がありますが、多分実際は全然違うと思います。
こんなオカルトバリバリのブログ書いといて何ですが、私はこの手のオカルト情報には疎いんで、
「フォトンベルト」なんて用語も初めて聞きました。

フォトンベルトに突入するとどんな風に進化するのか楽しみですね、羽でも生えるんでしょうか。

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