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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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昨日(8日)、マクドナルドで何故か大宮エリア限定先行販売となっている
「ブロードウェイバーガー」「グランドキャニオンバーガー」を食べてきました。
日本風に言えば「竹下通りバーガー」と「華厳の滝バーガー」と言ったところでしょうか。

まずは大宮駅西口のマックでブロードウェイを食します。

これなベーコンレタスバーガーを思いきり濃い味にした感じです。
ぶっちゃけ美味しいです、しかし何かパンチが足りない印象を受けました。
まあブロードウェイなんてオシャレなイメージなんでこんなもんでしょう。

で、西口のマックにはグランドキャニオンは扱ってないので、東口に移動して
グランドキャニオンを食します(東口は、ブロードウェイを扱っていない)

こ、これは・・・ 「うーまーいーぞーーーー」とミスター味っ子の味皇ばりに
叫びたくなってしまいました。
なんか今までのマックのハンバーガーの良い所を結集させたような感じです。

クォーターパウンダーのボリュームと月見バーガーの玉子、ダブルチーズバーガーのチーズ、
そしてテキサスバーガーに入ってたよくわかんない揚げ物、バーベキューソースっぽい謎のソース!
これはまさにハンバーガー界のタイラント(注)やで!!

タイラント・・(ウルトラマンタロウに出てきた頭はシーゴラス、耳はイカルス星人、
体はベムスター、腕はバラバ、足はレッドキング、背中はハンザギラン、尻尾はキングクラブ、
というツギハギの合体怪獣)

もうこのまま行けば大宮が日本の首都になる日も近いと思うぐらい美味しかったのであります。

グランドキャニオンバーガーは間違いなく全国展開されると思うので、その時は
新しい日本の首都に住んでいない田舎モンの皆さんも是非食べてみて下さい!!

今日はグランドキャニオンバーガーが美味かったので書こうと思ってた事をキレイさっぱり忘れて
しまったので、内容が本当にただの日記と化してしまいましたが、気にせずに今回は終わります。
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昨日の記事のタイトルが何だか最終回っぽいタイトルだったせいか、
「ついに打ち切りですか!?」とかのメールを頂いたのですが、
とりあえず私がまだ飽きていないので続きます。

ブログを開設してそろそろ半年が経とうとしていますが、読者の方からの
300通を超えるメールを改めて見てみると「全てわかりました、言わんとしている事も
わかりました、ついでに願望も叶いました。もう用はありませんバイバイ」と言う方と、
「何言ってるかサッパリわかりません。このブログを開く度に強い電波を感じます」という方が
大体半々であるという事が判明しました。

あとの端数は「僕はすき家でバイトを始めました」とか「じゃりン子チエ面白いですよね」とかの
マジでどうでも良いメールが殆どです。

で、「サッパリわからん」という方のメールにはある傾向が見られることに気付きました。

1・精神安定剤代わりになっている

「私は全然容姿に自信が無い28歳独身女性です、こんな私でも恋がしたいです。
男の人に声をかけられたりすることを意図すれば大丈夫なんですか?大丈夫なんですよね?
大丈夫って言えよ、おらあああああ!!」


内容はだいぶ脚色してありますが、これだとまず「容姿に自信無い」ことありきで
このブログがそれを抑え込むための精神安定剤代わりになってしまっています。

何度か書いていますが、容姿がどうのこうのとか、男に声をかけられたい(かけられないと恋が
始まらない)とかの様々な概念をまずは無くしてみましょうや、というのがこのブログの主旨で
あります(多分ね)それによって世界は幻であると同時に自分が創造しているのだという事に目覚め、
あとは野となれ山となれで適当に叶うんじゃないの、という極めてアバウトな世界観に生きる
ブログであります。

ですから「不安」から逃げるためというより、いかなる「不安」を作ってしまっているか、に
気付いて頂きたい、
と勝手に思っております。ちなみに例に出したメールの投稿者さんは
その後彼氏が出来たようで良かったです。

2・絶対の法則を求める

絶対の法則みたいなものは存在しません、強いて言えば「現実は内面の投影」とかですが、
これも文章にした瞬間に結局は単なる概念となってしまうので正確ではありません。
「月をさす指は月ではない」なんて昔の人もカッコイイ事言いますよね。

どうも読者の中には私をドラえもんか何かに勘違いしている方がたまに居て、
「こういう場合によく効くおまじないみたいのを教えてください」とかのメールがたまに来るんですが
読者の皆さんがいかなる概念を持って個人個人の「宇宙」を創造しているかはわかりません。
概念がどうたらこうたらと同じような事をタラタラ書いているのは、結局は宇宙を変えるのは
その宇宙の創造者にしか出来ない事
だからです。

3・頭が良過ぎる

「歩く時に空間が迫ってきて云々と書かれていましたが、歩くという動作は
まず脳が神経を通して筋肉に指令を出してどうたらこうたら」


そりゃそうなんですが、一応このブログはスピ系・オカルト系に属すると
思われるので、医学的・科学的に正しい事を説明して頂けるのはありがたいのですが、
ちょっと主旨が違うので困ってしまいます。

最後になりますが、「何故こんなに頭が良い人がこんなブログ読んでいるんだろう?」と思うぐらい
事細かに「二足歩行のメカニズム」を書いて送ってくださった方がいるのですが、
この場を借りてお礼を申し上げます、大変勉強になりました。





まあ難しすぎて九割は理解できませんでしたけどね。
昨日の記事は真っ二つに評価が分かれました。
これほど「何が何だかさっぱりわかりません!」というメールと
「全てわかりました!もうこんなふざけたブログは読みません、さようなら」というメールに
きれいに分かれたのはブログ開設以来初めてであります。

まあ昨日の記事の要約は、はやい話が「証拠を探すな」っつー事です。
常日頃から我々は常に「証拠」を探しています。

普段歩いているのも「地面に足がついている感触があるから」とか、このブログでも前に
書きましたが「空間が迫ってきているから」とか、色々なエゴを納得させるための証拠
探しています。

まず最初は肉体的な感覚から「証拠」を探し、その後は肉体を離れて空間に「証拠」を
探そうとします。で、その後さらに電波系になると認識が変わっていくと、
遂には「証拠」を求めなくなります。

「証拠」を求めなくなるとどうなるか、それは私の消滅であります。
「私は男である」と言いながら「証拠」として股間を見ても、それを「証拠」として
見ないのであります。

認識が変わらないと、この「証拠」を強烈に求めます、というより無意識に作ります。

股間からチンチンが生えている→これは私の股間である→故に、私は男なのだ。
というように「証拠」を次々と探しまくってエゴを安定させるわけです。
ですから一切の「証拠探し」を止めてしまう事です。

願望実現メソッドとかやってると、どうしてもこの「証拠」を探します。
昨日の牛丼云々でもそうですが、「牛丼が食べれるメソッド」をやっても
「でも俺、今は牛丼屋にいない!ドンブリも持ってない!メソッド成功してないじゃん!」と
なってしまいます。

これは正確に言うとメソッドの成功=何か証拠があるはずだ という強烈な思い込み
よるものです。

角度を変えて言うと、例えばウンコしたいと思って便器に座ってブリブリーと音がしたら
「俺はウンコしたんだ」と思います、ブリブリーを「証拠」として認識するからです。
実際は肛門からウンコがコンニチワする瞬間なんて見てないのに、です。

つまり、普段の動作にせよ浮かんできた願望にせよ、無意識にそれに対しての「証拠」を
勝手に想像し勝手に求めているのです。
「ナントカメソッドをやっているんだ、でもうまくいっているという”証拠”がどこにもない。
やり方が悪いんだろうか」

じゃあ証拠探しなんてやめれば良いじゃないですか、あらゆるものから「証拠」を
求めなければ良いのです。

「あれ?でも以前、願望が叶っているから研ナオコがテレビに出てるんだとか言ってたよね?」
その通りです、つまり研ナオコメソッドはこの「無意味な証拠探し」を止めるためのテクニックなので
あります。

大体証拠探しってメソッドに嵌まってるほど止められないんで、だったら何でもかんでも証拠に
しちまえという逆転の発想から生まれたのが、研ナオコメソッドの真の狙いだったのです。

昨日の記事の真意はこの辺を読み取って欲しかったのですが、あまりに素っ気無い書き方が
過ぎたかもしれません。これからは全ての証拠探しを放棄してみましょう。
日常の動作から何から何まで証拠を探さなくなった時、長い長い旅が終わるかもしれません。
源泉掛け流しが本体であってどうちゃらこうちゃらというのが昨日の話でしたが、
この「本体」を感じるのは思考で捉えるのは難しいと思われます。

結局、なんで難しいかっつーと、どうしても「外部」に証拠を探してしまうからなんですよね。

例えば「牛丼を食う」という行為は「肉の食感」とか「匂い」とか「味」とか
色々な要素を「証拠」としてかき集めて初めて「俺は牛丼を食っている!」となるわけですが
よく考えると食感だの味だの匂いだのって、別にテレビ見てようが横になってゴロゴロしてようが
「感じる」(創る)事は出来ますよね。


つまり「牛丼を食ったから」「食感や味や匂いを感じた」のではなく
「まず最初に食感や味や匂いを創れるからこそ」「牛丼が出てくる」のです。

牛丼というものは、あくまでも味や匂いを創れる事の証明としてついでに出てくるものなのです。
それが普段は主客が反対になってしまっているので、牛丼を食わないと何か証拠が無いような
不安に襲われて証拠探しの旅に出てしまうのです。

少しややこしいですが、この創っている「何か」が本体であります。
思考で証拠探しをして満足しても、結局は全てが終わったあと(つまり牛丼を食ったあと)なので
思考で本体そのものを捉えるのは、非常に困難なのであります。

様々な願望実現メソッドが効果を発揮したりしなかったりも、この辺に原因の一つがあるのでは
なかろうかと思います。

つまり自らがメソッドを創り出しているのに、わざわざ証拠を探しに行って
「証拠が見つからない、これじゃダメだ他のメソッドを探そう」となってしまうわけです。


自らが創造の根源である事に気付けば、もうメソッドなんて何でも良いのです。
というか自分自身がメソッドそのものだったのです。

映画「猿の惑星」で地球に帰ろうと思っていた主人公がラストで「ここが地球だったのか!」と
知るのと近いです(ちょっと違う?)

まあ猿の惑星は置いといて、今回の記事は理解が困難かもしれませんが、
一度気が付けば文字通り全てが引っ繰り返ると思います。
いつもダラダラと似たような事しか書いてないので、たまにはシンプルに行きましょう。

仮にあなたが誰かの事を好きだったら、それはその人の事を好きなのではなく
あなた自身の事を好きなのです。
あなた自身に「好き」な気持ちを向けているから「好き」になれる対象が具現化されて
いる
のです。

ではその気持ちを向けている「あなた」とは何処にいるのでしょうか、それは何処にもいません。
「気持ちを向けている」という文章から「それならば、何か対象があるはずだ」と勝手に解釈して
便宜上の「あなた」が出てきただけです。

つまり存在しているんだけど、存在していないもの、それがあなたの”本体”なのです。
このブログだと最近は源泉掛け流しとか、もっと前だとすき家の意志とか言ってたアレです。

本体は何時でも何処でも、好きだとか豊かだとか幸せだとかを生み出せます。というより
そういった感情というか波動というか何でも良いんですが、とにかくそんなもので出来ています。

つまり、生み出せるという事、あるいはそれ自身であるという事は、
外部(と思っているもの)に証拠など探す必要は無い
のであります。

例えば屁をこいてから、屁をこいた証拠など探し回ってもしょうがありません。
屁をこいてから「俺は本当に屁をこいたのだろうか!?」とか騒ぎ出しても周りの人は
答えようがありません、せいぜい周りが臭いとか臭くないとかで判断するだけです。
これが無臭のすかしっ屁だったら、もう屁をこいたかどうかは本人にしかわかりません。
しかし屁をこいた世界は紛れも無く屁をこいた当人には存在しているのです。

自分の本体は、強いて言えばまつ毛のようなもので、目の前にあるけどなかなか気が付けないもの
です。しかし「好き」あるいは「死にたい」とかの極端に感情が高ぶる時にこそ、
その姿をひょっこり現します。


ですから今、猛烈な大恋愛をしている人や、あるいは振られて自殺一歩手前の人はチャンスです。
感情が高ぶって恋をしている時は世界がバラ色に、失恋した時は灰色に見えるのは
気付いていないかもしれませんが、その時に自らの本体にアクセスしているからではないですか。

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男性
職業:
食う寝る遊ぶ
趣味:
超合金魂
自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

合体と恐竜は男のロマン

メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
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