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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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読者の方から「おまえは瞑想とかしないのか」というメールを頂きました。
以前も書きましたが、私は瞑想の類はwiiフィットでやったぐらいで
専門的な瞑想の知識は一切ありません。

そもそも私は、のび太並みに寝つきが良いので、目を閉じると三分ぐらいで
寝てしまうのであります。これでは瞑想もヘチマもありません。

しかし、独自に開発したアルティメットウルトラスーパー瞑想があります。
これを知りたい方は下記の口座まで現金500万ペソを振り込んでください、と
言いたいところですが、円をペソに変えるのがめんどくさいので特別に無料で
御教えしましょう。

目を閉じて、真っ暗になったら「この真っ暗は○○(特定の願望でも何でも良いです)になった、
あるいは○○があるから存在するのだ」と感じるだけです。

恐らくこんなふざけたやり方ではエゴは絶対に納得しないでしょうし、思考で色々と
考え出すと思います。しかし、昨日も書きましたがエゴから見れば全く無関係に思える
事象も、全てあなたが創り出しているのです。


「何々が欲しい、何々になる」と意図したら、その日の笑っていいとものゲストが研ナオコだった。
エゴ視点では全く関係無いように見えます。でもそれが既に「なった」世界なのです、
「なった」からこそ研ナオコなのであります。

つまりこの瞑想(もどき)の狙いは、「目を閉じて真っ暗」の方に「私」を明け渡す事なのです、
思考やエゴが「私」ヅラして居座っている状態からの解放を目指すわけです。

恐らく非常にわかりづらかったと思いますが、昨日あたりの記事と合わせて読むと
多分言わんとすることは伝わる(かもしれない)と思います。

それにしても今回は何時にも増してわかりづらい話なのは何故でしょう、
それはこの瞑想もどきが究極にしてスーパーな瞑想であり、ついさっき思い付いただけ
いうのが主な理由であります。
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前回の話は少々わかりにくかったかもしれないので、補足すると
「意図したら、もうそれでおしまい」というだけの話です。

外の世界(に思える)がいかに内面の投影か簡単にわかる方法があります。
「歩こう」と思って一歩だけ歩いてみてください、多分目の前の背景が
手前に向かってきたと思います。

ただこれだけの事で、「私は歩いた」と判断しているのです。
しかし、実際は「目の前の背景が手前に来た」というだけであります。
それなのに何故か「私は歩いた」と判断しているのです、不思議ですね。

背景が手前に移動しただけの現象に、何故かどこにもいないはずの「私」が
勝手に現れて「
私は歩いた」とか言っているのです、一歩間違えばかなり怖い話です。

つまり、「歩こう」という意図が内面に生まれ、それが外に投影されて「背景が手前に動いた」
のであります。それを勝手に「私は」歩いたのだと判断しているのです。
まさに外の世界と思っていたのは内面の投影だったのです。

昨日の話の「高い打率が表示されれば優れた野球選手だ」と理屈は同じです。
「優れた選手」を意図したらそれが投影され「高い打率」が表示されたというわけです。
一歩歩くのにも、優れた選手になるのも、何処を探しても「私」は見当たりません。

「私」とはまさに幻、寝ぼけて見ている幽霊のようなものだったのです。

何かをしようとか何かやろうとか意図が湧いてきたら、それは即投影として
現れてしまうのです。
この「現れてしまう」がミソです。「何かしよう、したい」の次は即、投影なのです。

ただ、一歩だけ歩く場合は投影云々に気付くのは簡単ですが、色んな願望やら何やらの場合は
エゴの範疇では知る由が無い場合もあります。

例えば「車を買いたい、買おう」という願望を抱き、その投影がその日の温度だったり、
電車が人身事故で止まっちゃったり、街で通り過ぎる人の顔つきがみんなエロいとか、
「アンパンマン」を何気なく見てたらその日の話にドキンちゃんが出てこなかったとか、
エゴから考えるとまるで関係の無い事に思えるかもしれません。
しかし、エゴ視点でいかに関係無いと感じても、それらの現象は紛れも無く「あなた」です

意図が湧いてきた瞬間に「投影」である世界=自分は確実に変わるのです、
これは6月21日付の記事で書いた「何となく周りの景色の色が変わって見える」
近いかもしれません。

意図が湧いた瞬間に、もう「その世界」に居るのです。
前々回ぐらいにいわゆる「願望実現メソッド」の厄介なのは思考を伴う所だみたいな
事を書きましたが、もう一つ厄介なのは「私が」ナントカを実現するのだ、
「私が」成功するのだみたいな「私」が入ってくる事です。

前々から書いていますが「私」とはまさしくエゴであり、本来は存在しないものです。
居ないものがしゃしゃり出てくるわけですからこれは困ります。

ここで重要なのは「私は」決して成功できないということに気付くことです。

いわゆる成功だ何だを判断しているのは何かというと、外の世界の状況であります。
「金が欲しい」なら目の前にどかっと札束が置いてあったり、「彼女が欲しい」なら
目の前にこっちを見てニコニコしている女性が居る事で、「私は~を実現した」と
判断しているわけです。

もっと簡単に言うと「私はあのゴミ箱にゴミを入れるのに成功した」は
ゴミ箱にゴミが入る光景を見れば「成功した」と判断するわけです。
つまり、外の世界の状況を見て成功だ失敗だと判断しているわけで、
肝心の「私は」何もやってない、つーか要らないのです。

そして「外の世界」と思っているのは内面の投影であります。
つまり何か願望が湧いてきたなら「私が」出てこない限り、外(エゴ視点から見た外)の状況が
勝手に変わるということです。

文字通り内面=世界が変わっていくのです。
「金持ちになろう」なら、「金持ちであると判断できる」世界(内面)へと変わるのです。
そこに「私」は存在しません。

もう一つ言うと、例えば野球で優秀な選手になりたいとします、
一体どこで「優秀」と判断するのでしょうか、エゴ視点だと「私が」頑張って
「私が」打ったり走ったりすることだと、「私が」満足することだと思ってしまいます。

しかし、実際は表示される打率やホームランといった数字で判断されるわけです。
つまり(内面の投影である)外部に数字が表示されれば良いわけです。

従って少々ややこしいですが、内面で「優秀な選手になる」と思えば内面の投影である
外部に「優秀な選手と判断できるもの」として高い打率や多いホームラン数の
表示が勝手に出てきます。「私は」何も頑張ってはいません。

「何々をしよう」あるいは「何々になる」とした世界は、本当に全部その通りの世界です。
道路を走ってる車の車種から、道を歩いているオッサンやオバハンの見た目から、
定食屋に入って定食が出てくるまで15分もかかったとか、本当に全てが「その世界」です。
内面がシフトすれば、内面の投影は全部変わるのです。

「私」がいなくなれば全てが在る世界になってしまうとは、出来る限り理屈で言うと
このような事なのであります。
このブログでは世界の支配者となっているのがすき家で、それに対抗してるのが
松屋という厨二設定なのですが、ついに第3勢力が現れました。

その名も「東京チカラめし」であります。
この店の事は読者の方からメールを貰い知りました。

で、場所を調べてみるとそんなに遠くなかったので行ってみました。
正直言って「東京チカラめし」というネーミングセンスはどうかと思いましたが、
食った感想は焼きチーズ牛丼うめええええ となったので、
これはもしかしたら世界の勢力図が変わってしまうかもしれません。

すき家・松屋・そして東京チカラめしの世界の覇権をかけた戦いから目が離せません。
いわゆる「願望実現メソッド」の厄介な所はどうしても思考を伴う所です。
思考は本来必要無いし、思考には特にこれといった力もありません。
しかし色んなメソッドは、思考の力を用いて何とかしましょうみたいなのが
多いので、この辺にパラドックスみたいのが生まれます。

まあこの辺の部分をグダグダ書くのはめんどくさいんで、話を端折ると、
「願望」っつーものに特別な感情みたいなものを抱き過ぎなんですね。

以前の本願がどうしたこうしたの話と少し被りますけど、
別に願望なんてモンはどうという事はないのです。
願望に対しては、高嶺の花なんていないぜ、女はみんな娼婦だぜ的なマインドで
十分であります。

歩いたり、呼吸したりするのも別にいちいち神にお願いとかしないで
勝手にやっているはずです。そんな事いちいちお願いしてたら逆に天罰が下りそうです。
走れば速く呼吸するし、ゴロゴロしてればゆっくり呼吸しています。
つまり、その時その時に合わせて勝手に最適化されたものが湧いて出ているのです。

願望もこれと一緒で、ある願望を抱くタイミングは最適な呼吸をするタイミングと
同じなのです。それがどういうわけか思考を用いて「願望」を何か特別な高嶺の花みたいに
考え、ついでにエゴも交えて何やら思い悩んでいるわけです。


これはゴロゴロしてて、リラックスした呼吸をすれば良いだけなのに
「この素晴らしい呼吸をするにはどういったお願いをすれば良いんだ!」とか
顔を真っ赤にして息するのをガマンしているのと同じです。

結局「願望」を「願望」という名の高嶺の花にしているのは思考であり、
その概念を増強していくのがエゴであります。
エゴよって「願望」という「虚像」を見せられているのです、つまり寝ぼけているのです。
ですから「願望実現」じゃなくて「娼婦」と呼んでも良いのです。

ただ「カテゴリー・娼婦」とかなってると意味がわからないので
読んでくれている人の事を考え、便宜上「願望実現うんたらかんたら」と書いているわけです。

呼吸したり歩いたりしてるのだって、絶妙のタイミングで息をして足を踏み込んで
いるわけですから、それと同じでせっかく絶妙のタイミングで湧き出ているのだから後は
ほっとけば良いのです。

湧いてきたら「願望」と呼ばない事です、それは呼吸と同じく既に実行されているからこそ
湧いてくるのです。

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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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