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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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私の知人が、よくわかんないですけどナントカっつー、ボディワーク系の
インストラクターみたいのやってるんです。

で、そのワークだと重力に逆らわずに自然な姿勢に気付くことで勝手に姿勢が良くなり、
声が通るようになったりスポーツのパフォーマンスが良くなるんだそうです。

これはいわゆるこのブログでも度々書いている「何もしない」ことに通ずるのでは
なかろうかと感じました。


重力という得体の知れないものに身を委ねる事で、結果的に色々と良い効果が出るというのは
このブログでの「源泉掛け流し」だの「ミラーマン」だの意味不明の概念に身を委ねるのと
近いのではないかと思ったわけです(ちょっと強引?)

まあ理屈で考えても人間の体は常に重力から逃れられないわけですから、それに適応すると
いうのは理に適っていると思います。一種の法則として地球上にあるわけですし。

実際の所、そのボディワークも変に考えて重力に適応しようとするより、
リラックスして体が勝手に重力に適応するのに任す方が良いらしいです。

重力っつーのは常に存在するものですから、普段からリラックスして委ねてしまった方が
下手に頑張るよりも楽チンという事ですね。

で、この話と同じく昨日の「ミラーマン」も常にそこに「在る」ものですから、
やっぱり何も考えずに委ねてしまった方が良いと思うんですよね。

「願望実現」っていうと、何かをしようとするときだけ神秘のパワーを出すようなイメージが
ありますけど、重力と同じく常に「在る」わけですから、普段からリラックスして
委ねていれば、重力に適応した体のパフォーマンスが自然と良くなるのと同じように、
自然と「世界」が良くなっていくのではと思います。

瞑想とかがリラックスを強調するのは、もしかしてこの辺に極意があるのではないでしょうか、
バーベル持ち上げて必死の形相で行うバーベル瞑想とか無いですしね。
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突然ですが、このブログを読んでいる方の殆どは、目で字面を追って読んでいるはずです、
まさかでかい声で音読してるような強者はいないと思います。

恐らく心の中で音読していると思うんですけど、何故音読できるのでしょうか。
「あいうえお」と書いてあるのを見て、何故「あいうえお」と言えるのかという事です。

それは、心のスクリーンに字が浮かんで、それを何者かが勝手に読んでいるのです。
つまり鏡に写った文字や絵を何者かが勝手に「これはこういうものである」と表現しているのと
言えます。

この何者の正体はエゴであります、エゴが主役ヅラして勝手に色々と表現しているのです。
本来のあなたは鏡の方なのです、鏡は何でも写します、つまりぶっちゃけた言い方をすれば
完璧なのです。じゃあ何で苦しいのでござるかというと、写った文字や絵をエゴが勝手に批評し、
エゴが勝手に苦しんでいるだけです。

ですから鏡の意識に戻りましょう、とここまではどこかで聞いたような話ですが
問題はここからで、いきなりお前は鏡の世界の住人なのだとか言われても困ってしまう事が
殆どです。

しかし、賢明な方は「そうか、世界は鏡に写っているだけ。俺は鏡だ、ミラーマンなのだ」と
意識するかもしれません。

ポイントはここです。「俺はミラーマン」を心の中で音に変換し、心の声で「聞かせて」いるのは
誰なんだという事です。そう、エゴの仕業であります。

つまり「ミラーマン」という文字をエゴが勝手に文字として音声処理し、それを勝手に聞かされる前の
状態こそが真のミラーマンなのです。

この「真のミラーマン」を表現することは不可能です。
何故なら全ての言語表現や音での表現は「エゴを通した表現方法」に他ならないからです。

「すき家の意志」とか「源泉掛け流し」とか「ミラーマン」とか色々表現を変えてきましたが、
それらの表現では真実を表すことは出来ません、上記の表現を「文字として読んだ」瞬間に、
それはもうエゴによって表現された別物になってしまうからです。

全てを写し、そして常に「そこに在る」もの。しかし決して表現できないもの、
それが本当のあなたなのです。
ここ数日は何だかハードコアな記事が続いたので(?)今日はクールダウンであります。

以前も書きましたが、このブログの厨二設定では、世界の支配者であるすき家と、
それに対抗している松屋の終わりなき聖戦に新たなる勢力、
東京なのに田舎モン丸出しのネーミングセンスを持つ第三勢力・東京チカラめし
参戦してきて盛り上がっている所です(個人的に)

で、この東京チカラめしは既に都内の主要都市を驚異的なスピードで制圧しつつあります。
何故か埼玉県の大宮も既に抑えており、この前「美味しいから行こうよ」と彼女を連れて
行ったのですが、大宮店は雰囲気が一昔前の吉牛みたいな感じで、とても女性を
連れて入れる感じではありませんでした(混んでたしね)

で、結局他の店でメシを食う事になったのですが、「牛丼好きだって言ってたから連れていこうと
思ったんだけど」と言うと、「私、牛丼好きじゃないし。そんな事言ったことない」と冷たい答え。

ハッと気が付くと牛丼好きは前の彼女だったんですね。
いやー、モテる男はツライね(違う)

「ああ・・そうだっけ」と誤魔化しましたが彼女も女の勘でピンと来たのか、
非常に気まずい空気になってしまい、せっかくのデートがぶち壊しであります。
まあ完全に八つ当たりなのはわかってるんですけど、もうちょい内装をどうにかしろ!

東京チカラめし、必ずぶっ潰す!!(笑)
読者の方から非常に深いメールを頂きました。
深いといってもHNがマリアナ海溝とかではなく、
内容が深い、という意味です。(たまにそういった舐めくさった面白いHNの読者からメールを頂きます)

どのような内容かと言うと、リスが木の実を食べに行ったら、もしかしたらトラなりキツネなりに
食べられちゃうかもしれないじゃん、自由意志が無いならそれすらも受け入れなくては
ならんのかと、要約するとそういった内容です。
深いメールとか言ってるのに端折りまくりじゃないかとかのツッコミは要りません。

「自由意志が無い」っつーといわゆる運命論的な感じで受け取る方が多いのですが、
これはそのような意味ではなく、行動とは全て刺激を受け、その刺激に従って動いているだけ
なんですよね。

5月16日付の記事に書いてある内容ですが、以下引用です。

例をあげると、あなたが車で高速道路を走っているとします。
この時何故、あなたはハンドルを握り運転しているのでしょうか。
「そりゃ高速走ってるからに決まってるだろ」という答えが返ってくると思います。

その通りです、「高速道路」「車の運転席にいる」という状況があるから
あなたはハンドルを握って運転しているわけです。つまり状況に操られて動いているだけ
なのです。(引用ここまで)

上記の「高速道路云々」をエゴ視点で見ると、「状況や刺激で操られているだけと
いうのはわかった、でも高速で事故るかもしれないよね?」という感想を持つでしょう。

しかし、この「事故るかもしれないよね?」ですら自由意志で考えた感想ではありません。
何故なら今、このブログを読んでいるという状況が無ければ出てこないからです。

つまり、昨日の記事でも書きましたが、この場合「高速道路云々」が取っ掛かりに
なっているわけです。

この取っ掛かりから生まれるものは全部幻であり必要無いと書きましたが、
結局「高速道路」→「事故ったらどうしよう」も昨日書いた「男なのに腕っ節が弱い」→「鍛えよう」
と同じ仕組みです。

ですから「リスは木の実を食べる」→「食われちゃうかもよ」も同じことです、
「自由意志が無いって書いてあった」→「じゃあ運命は決まってるのか?」→「リスが食べられるかも
しれないのも受け入れなきゃいけないの?」と様々な取っ掛かりの果てに湧いて出てきた
無意味な物です。そんなもんは知らんのであります。

で、聡明な読者の皆さんならもうわかったかもしれませんが、、
「じゃあ俺が今まで色々メソッドだ何だの考えてたのって、
全部オマエのブログ読んだからじゃん」
と気付くと思います。
このブログさえ読まなければこんな胡散臭い世界に足を踏み入れなかったのに、と。

その通りです。それこそ私が今まで「こんなブログを読むのは止めよう」とか
「読んだら忘れてしまえ」とか言っていた理由であります。

全ての事は状況や刺激を取っ掛かりにして始まります、そしてその始まったものに対して
「私が考え、私が行動しているのだ」というエゴが出てきて、苦しみ(不足)が始まります。
ですから全て何らかの取っ掛かりからなのだ、と気付けば「物事が起きているんだけど
起きていない」
状態となります。そこには苦しみはありません、満たされているのです。

自分の肉体と思っているものですら「取っ掛かり」から始まった幻想です、
「肉体があるが、肉体が無い」状態です。そうすると「満たされた世界」との
強烈な一体感があり、というよりそれ以外無い状態になります。

内面が満たされている状態で、「満たされた世界」=「自分」は勝手に動いています。
満たされているので、満たされた事が勝手に投影されていきます。

このブログを読んでああだこうだと考える事もありません、ただ文章が並んでいる、それだけです。
面白い記事だなと思えばそれもOKですし、くだらねーブログだなと思えばそれでもOKです、
面白いとかくだらねーとかは全部「満たされた世界」=「自分」の投影ですから
何だって良いのです。


ふと気が付くと、エゴ視点から見て幸せな状況になっています。
でもそれも、ふと気が付いた状況に対し、エゴがわざわざ「幸せ」と定義しただけの事で、
何の事はない、最初から幸せだったんです。
前も書いたんですけど、個人的には「願望実現」という言い方にすごく違和感を持っています。
と言ってもエゴ視点から見れば「願望実現」以外に呼びようがないので「願望実現うんたらかんたら」に
なってしまうのですが、そもそも「ナントカを実現します!」とかいうと未知のパワーを使って
何かすごい事をやる、みたいに考えがちなんですけど、別にすごい事なんてやる必要無くて、
むしろ何も出来ない事に気付くことが肝心です。

とは言うものの、文章にしようとすると「意図しましょう」とかになってしまうので
この辺をどうにか別の表現で書けないかと映画館で「トランスフォーマーダークサイドムーン」
を観ながら考えてました。

おかげで映画のストーリーがまるで頭に入ってきませんでしたが、
まあストーリーなんてあって無いような映画なんですけどね。

話が逸れましたが、大体この「何かをやる」っつーのが曲者で、「何かをやる、する」っていうのは
その取っ掛かりになるものが無いと「出来ない」んですよね。
階段を昇るには、当たり前ですが階段が必要っていうのと同じです。

「願望実現」っていう概念は基本的に「不足が無いと出て来れない」んですよね、
つまり「エゴによる不足を見抜き、実現しましょう!」は「階段が無くても登れる事を見抜き、
登りましょう!」という妙な事を言っているのと同じなのです。

ですから「不足」を取っ掛かりにしてどうのこうのとやり始めるとなかなかうまく行かないんですよね、
まさに「実現」の裏側、ダークサイドとも言える「不足」が”居てくれないと”実現出来ないという
パラドックスであります。「実現したい」=「不足が居てくれないと困る」ので、常に困った状況が
投影されてしまいます。

ではこのダークサイドはどっから出てくるのかと言うと、思考であり、それにまとわりつくエゴからです。
我々は無意識のうちにエゴによって「確固たる自分」というものを作り上げています、
そしてこの「自分」の判断で色々と思考しています。

まあこれも結局は「自由意思で思考している」つもりになってるだけなんですが、
この辺はややこしいので今度にします。

例えばあなたが男性で、彼女と居る時に変なオッサンに絡まれて暴力を受けてしまったとします、
「男なら女の一人や二人守れなくてはダメだ、体でも鍛えるか」という「自分は男だ」というエゴに
「男なら女性を守れなきゃダメだ」という思考が出てきて「鍛えよう」という願望が出てきます。
つまり「自分は男なのに腕っ節が弱い」という「不足」が居るからこそ「鍛えたい」という願望が
出てくるわけですね。

しかし冷静に見ると、この願望は「自分は男」という取っ掛かりが無いと出てきません。
ですから今日からニューハーフに目覚めましょう、というわけではなく、
この「取っ掛かり」は幻であり、いらないという事に気付くのです。

これはいざ気付いてみると意外と出来ないものです、何故なら「自分は男」とか「自分は貧乏」とか
「自分は会社員」とかの概念は(エゴにとっての)絶対のアイデンティティみたいなもので、
それを放棄するという事はエゴにとって一大事だからです。

願望実現の最大のダークサイドは「ある特定の願望を実現しようとする私」が知らず知らずの内に
出来上がってしまう事です。
「貧乏から金持ちになる私」が居てくれないと困るのです、
「不幸から這い上がる私」が居るからこそエゴは安心して「願望実現」に取り組めるんです。
この「ある特定の願望を実現しようとする私」が出来上がることはなかなか防げないものです、
エゴ視点だとどうしても「必要なもの」に見えますからね。

ダークサイドから抜けるには、ズバリ「全ての取っ掛かりの放棄」です。
本当の自分は男でも女でもニューハーフでもない、若くも年寄りでもない、
地球人でも月からの使者でもない、完全な意識として在るだけだということに気付くのです。
多分、最初にこれを試みると猛烈な不安に襲われると思いますが、構いません。

完全な意識として在ると、「取っ掛かり」が存在しないので、結局の所は満たされてしまって
いるのです。

満たされてしまっているので、満たされた事が投影されるわけです。

「実現」とは「足りない何かを得る」のではなく「実現していた」事に気付いていく事なのです、
歩いているときに「そういや歩いてるよね」とふと気付くのに近い感じです。
つまり「意図してるんだけど、意図してる事に気付くのは意図した後」
なのであります。

まあこれもわかりづらい表現だと思うんで、また映画館でも行って頭を冷やして来ます。

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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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