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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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個人的には正直飽きた感がありましたが、
最近になってまた「やはりプーさんは核をブッパして
しまうのでしょうか?」
みたいなメールをちょくちょく
頂くようになりました。

これについては完全に私の独断と偏見ですが、
現時点でプーさんがブッパする可能性はかなり高いと
見ています。

何でかつーと、最近テスラ社のイーロン・マスク氏が
いい加減和平しろやみたいな事をウクライナに言って
反発食らってましたけど、マスク氏みたいな世界中で
商売している実業家からしたら商売も財産も下手したら
全部吹っ飛ぶ核戦争は絶対に回避したいというのが
リスクマネジメントから見ても当然のはずなんですよ。

なので超金持ちが口出ししてきたという事はこのままだと
プーさんブチキレやんけという実業家としての直感が
あるんでしょうね。

勝手な予想だと最初は何だかんだウクライナ側に譲歩する
ような事を言い出してその気にして、直前でプーさん側に
有利なように掌返すと思うんですよ。
大富豪のビジネスを守る為にウクライナは実質切り捨て
られるんじゃないかなと思っています。

なんつーか、神も仏もないんかいと思いますが
世の中そんなもんです。
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昨日、競馬の世界最高峰レースと言われる凱旋門賞が
行われ、超久々に凱旋門賞の馬券買ったんですが見事に
的中しました。これですっかり舌が肥えてしまった娘の
好物の高級うな重が買えます、やったね今日はご馳走や!

今回は日本から四頭が参戦したんですが、残念ながら
惨敗でしたね。これはもう想定内で私も最初から日本馬は
全て外す反日思想で予想していました。

というかもう欧州の競馬と日本だと馬場が違いすぎて
ロードバイクでオフロード走れって言ってるようなもん
ですよこれ。
今回もレース見てて全く日本勢が勝てる気しなかった
ですねえ。

本気で凱旋門賞を目指すなら最初から向こうへ渡って
馬場適性があるかどうか見極めていかないとダメですね。
今のままだとただ単に馬のキャリアを潰すだけの
思い出参戦になってしまいます。
なので日本でちょっと活躍した程度の馬を連れて行った
所で、これからも惨敗続きでしょう。

個人的にはちょっと古いですが私が生で観たサラブレッド
の中では今だに史上最強と思う怪物ナリタブライアンが
凱旋門賞を走るのを見たかったですねえ、三冠取った
直後のブライアンなら必ず勝てたと思うんですよ。

当時のブライアンは馬場適性だの馬場状態だのお構いなし
に、まさに群れに答えなどないとばかりに真正面から
圧倒的なパワーでぶっちぎる暴力的な強さがありました
から。ブライアンがスパートをかける瞬間にグンッと
一瞬だけ沈み込むのがまたカッコイイんだなこれが。

というわけでロンシャン競馬場まで遠征した関係者及び
サラブレッドの皆さん、お疲れ様でした。
昨日の記事を受け「意識の中に人生があるのなら例えば
人生においてラーメンを食いたいではなく、ラーメンを
食いたいの中に人生があるのか?」
というメールを
頂きました、ありがとうございます。

これは鋭い指摘であります。
ラーメン食いたいに限らず人生の中で願望を抱くのでは
なく、願望という意識の顕れの中に人生があると
言えます。

なので願望が叶った世界に行きましょうとか
パラレルワールド云々というのは、
"個人が"行くのではなく、意識の状態と言えます。

ですから仮にラーメンを食いたいのなら
全てがラーメンの顕れである、と認識する事であります。

ピンと来ないかもしれないのでもう一つ例を挙げると、
少し汚い例えですが外で急にメチャクチャウンコしたく
なるとあらゆるものがウンコしたいの顕れになるじゃ
ないですか。コンビニ見てもトイレでウンコ、
公園があったらトイレでウンコと、ウンコしたい個人が
いるのではなく、ウンコ意識の中に個人が体現される
状態になります。

というわけで意識の中に個人、人生という現象が
顕われる
、という話でした。

ちなみに昨日の記事のタイトルはちょっとカッコつけ
ましたが、今回の記事のタイトルとの落差がすごいな。
「ある人物に復讐したいけどどうすべきか?」的な
メールを頂きました、ありがとうございます。

これは別にどっちでも良いんじゃないですかね。
というか話を根本的なものにすると、
人生にはこういった選択を迫られる場面が多々あって
それに対して少しでも良い方向を選ぶ必殺技みたいのを
スピリチュアルとかに期待している場合が多いと
思うんですけど、以前の記事で書いたように意識の中に
人生と呼ばれている概念があるわけで、
人生を生きている、つまり選択を強いられていると
感じている自己も意識に現れた現象に過ぎないわけで
あります。

なのでどっちでも良いと言えばどっちでも良いんですよ。

話が少し逸れますが高い集中力で優れたパフォーマンスを
発揮している時は大体選択はどうするとか何だとかは
吹っ飛んで、まさに今に在るというか意識の現れとして
天才的なパフォーマンスを発揮します。
極端な例えですが足をサメとかワニに喰われているのに
本人は平然とメシ食ってるとかスマホ弄ってるとかも
驚異的なパフォーマンスであります。
これは天才では無く狂気と言われると思いますが、
何を言いたいかというと天才と狂気は紙一重というのは
こういう事だと思うんですよね。

自己が意識を持っているのではなく、意識の一部として
自己という概念があります。
なので概念に過ぎない自己に選択権はあるように見えて
実はありません。

つまり選択の結果がどうあれそれは意識の体現としての
ベストパフォーマンスです。言い換えれば人生に選択が
あるのではなく、選択(意識)に人生があるとも
言えます。

カッコつけて言えば常に天才と狂気の狭間に在るべきで
あります。
数年前に故・平井和正氏原作のアニメ映画「幻魔大戦」を
YouTubeでたまたま観たっつー記事を書いたんですが、
急に思い出して何となく原作の方も読んでみようかと
思ったら「新幻魔大戦」とか「真幻魔大戦」とか
色々あって訳がわからないんですよ。

何か別次元というかパラレルワールド的なものらしいん
ですが本家(?)の「幻魔大戦」も途中から幻魔を研究
する組織作り?みたいな話になってて面白くないですよ
という話をブログの読者の方から教えて頂いた事が
あるので、結局原作はスルーして映画版の方をまた
観てしまいました。原作の脱線については平井先生が
執筆当時に某宗教団体にハマったから、という噂も
ありますね。

まあ感想は前の記事と全く変わらんのですが、
これ前回観た時も思ったんですけど映画のラストで
戦う敵が幻魔じゃなくて「幻魔大王の地球壊滅作戦の
司令官」
を名乗る奴で、そいつ倒しただけで何か俺たち
勝ったぜみたいな空気でエンディングになるのが
すごい違和感あるんですよ。

大体ですね、幻魔とは「邪悪な意識体」みたいな事を
言ってた気がするんですが、何で意識体なのに大王とか
司令官とか役職があるのか?というのもありますが、
この司令官を倒すために俳優の江守徹氏の声で喋る
サイボーグ戦士のベガが犠牲になってしまうんですよ。

そうするとこの後に攻めてくるであろう幻魔大王の本隊に
対して一番戦力的に頼りになるベガを失った地球側が
勝てる見込みが無いと思うんですが。

主人公とインディアンのオッサンぐらいしか使えそうも
ないし、後は中国の小娘に黒人のガキ、ターバン巻いた
インド人と乞食みたいなジジイにいつの間にか
パンクロッカーみたいな衣装になってたお姫様という、
ちょっと厳しいよねこれ。

にも関わらずラストでは皆で瞑想しちゃってたりして
おまえら大丈夫かという、観てる方としてはモヤモヤした
気分で終わってしまいました。

原作の方が脱線せずに幻魔大王との超能力バトル路線
だったら続編の構想もあったのかもしれないですが、
改めて観ると演出面が非常に優れているのに話のまとまり
が無いという怪作になっていますね。
これ監督やスタッフの皆さんは当時の日本の才能が
結集したと言って良いレベルなんで演出はガチで上手い
んですよ。既に40年近く前の映画ですが、演出面に
関しては今の感覚から見てもカッコいいと感じる部分が
多々あります。

ラストの「さあ帰ろう。戦士が帰還する所は、常に生命の
源だ」
というベガの台詞もやはり演出的に実に
印象深んですけど、そんなこと言ってる場合や無いやろ。

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