忍者ブログ

知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

HOME • Admin • Write • Comment
今年の頭ぐらいからウチの娘ちゃんはキッズ英会話
入会したのですが、寝てる時以外は何かしら
喋ってるか歌ってるか踊ってる娘が最近は英語を交えて
歌って踊っているので、やっぱり子供は何でも吸収が
早いんだなあと実感している次第です。

結構前に日本人が英語を話せないのは魂の問題では
なかろうかという記事を書いた気がするんですが、
やっぱり誇り高き日本人としては毛唐共のように
大袈裟なリアクションでOh!とかhello!とかは
こっ恥ずかしくて言えないんですよ。
そこを打破するのが英語が話せるようになるコツでは
ないかと思っています。英会話なんて真面目にやるもん
じゃなくてノリですよノリ、いやマジで。

以前、楽天が社内での会話は全て英語にするとか
言ってたような気がするんですが、これは辛気臭い
日本人のマインドを破壊するには良い方法だと感じます。
多分ポルトガル語にしたらどいつもこいつも時間に
ルーズなブラジル人のようになると思います。
私は英語の他にブラジル人の友達がいた時期もあって
ポルトガル語も多少話せるんですが、すっかり性格が
ラテン系になってしまいました。

まあそれだけ自己という幻想は本来脆いんですよね。
あまりに固めてそれに縛られた形であれがしたい、
これをこうしなければというのは疲れるだけですが、
その疲れる事をわざわざやっている事が多いと思われます
。ですから一週間ぐらいポルトガル語で話したり考えたり
して如何に自己イメージが簡単に変わるか試すのも良いと
思います、ポルトガル語の勉強にもなるし。








というわけで娘も最近は何となくノリが外国人のように
なってきたような気がしないでもないです。
ただ娘は性格が嫁さんに似てしまったのか、お友達と
遊んでる時の会話とか聞いてても結構ハッキリと言う
タイプで、このまま外人スピリッツが加わると相当に
キツい性格と取られてしまう恐れがあるので、その辺は
上手く誘導しておしとやかな大和撫子になるように
しなければと思っています。

というかこのまま行くと私が嫁さんと娘の両方から
ボコボコに説教される事態になりかねないので、
それだけは避けねばなりません。
PR
「私は感情に振り回されやすくストレスを感じやすい
体質なんだけどどうすんの」
的なメールを頂きました、
ありがとうございます。

これは早い話が体質を認識して敵視しているから生じる
問題です。

例えば「私は風邪をひかない体質なんだが」と認識しても
特に敵視もせずに忘れると思うんですよね。
つまり認識する何者かが居て、さらにそれを敵視する
何者かがバトルを繰り広げているわけであります。

じゃあそいつらは一体何処に居るのか?
恐らく何処にも居ないはずです。
そいつらが存在するにはそれらを認識として体現させる
背景が必要であります、その背景として在るという事です

でもそれではあまりに抽象的過ぎるやんけ、という事で
人類が開発したテクニックが神とか悪魔という概念
あります。

「私は神に帰依している」とか「悪魔に魂を売った」とか
全て余計な認識が入り込まないようにする為のもので
あって、偉大な存在を認識する事でそれ以外の認識を
消してしまおうというテクニックです。

しかしこれでも神とか悪魔という「偉大な存在」を
認識しているわけで、最終的にはこれらも消えていきます
そして最後に残るのは形も無く説明も出来ないが、
ずっと不滅だった"何か"であります。

だから最初は神とか悪魔とか何でも良いんですよ、
その内に認識するものは全て形が無いという事に
辿り着きます。
「虎は何故強いのか?元々強いからだ」とかいう言葉が
何かの漫画であった気がしますが、これは意外と示唆に
富んだ言葉だと思います。

虎からしたら自分が強いという事すら感じておらず、
ただ虎として在るだけです。これはスピリチュアルで
言われる「世界とは自己であった」とかと同じもので、
世界は自己であると知った瞬間に実は「世界は自己だ」と
"感じていない"んですよね。

世界は自己だと感じるという事は虎が「俺は強い」と
感じているのと同じで、実際の虎は前述した通り
俺は強いぜとか思わず虎として在るだけなんですね。

それと同じで世界は自己と感じるのでは無く、
世界として在るだけになります。

この虎感覚(?)はスピリチュアル的な「世界はウンタラ
カンタラ」という言葉を感覚的に理解するヒントに
なると思うのですが、早い話が最初から虎なのに虎自身が
「俺って強いのかな?」とか思うと、強いという概念と
虎が分離してしまいますよね、ですから最初から虎として
在るという事であり、それがそもそものデフォルトで
あります。
結構前だと思うんですが引き寄せの法則の解説本みたいな
「ザ・シークレット」っつー本がありましたが、
昨日本屋行ったら同じ著者で「グレイテスト・
シークレット」
という本があって、いつの間にか秘密が
グレイテストになってしまったようです。

不倫を秘密にしてたら相手の女性に子供が出来て
しかも産まれちゃった、こりゃグレイテストだぜみたいな
もんでしょうか。いや私の事じゃ無いですよ。

冗談は置いといてちょっと立ち読みしたんですけど
内容は引き寄せというか「私達は意識だよ」みたいな
事を強調している感じですね。感情でも思考でも無い、
意識だ。というもので、まあ引き寄せって最初は自分と
いうか個人が引き寄せているように感じるんですけど、
そのうち何か勝手に映画のように流れてるんじゃないか
的になって、自己と感じている物もその中の一部なのかな
みたいになって行くんですよね。

そうすると逆にその映画がすごく愛おしいというか
何かとても楽しいというか、人によってはすごい多幸感が
とか言う人もいますが、まあ私と思っているものは
私では無かった、に行き着く感じですね。

そうすると不安とか悩みとかからの解放!に
なるわけですが、自我的には不安や悩みから解放された
を必要とするので、そこで繰り返しにならないように
私達は意識だとか何だとかを説くわけですね。

ただ海外のスピリチュアル系書籍あるあるですけど
ところどころ訳がわかりにくいと言えばわかりにくいかも
しれないですね。どうしても抽象的な言い回しに
なりやすいので訳すのも難しいんだろうなとは思います
けど。

多分当ブログも英語とかに訳すのメッチャ難しいと
思うんですよね、誰もやらないでしょうけど。
昨日の記事を読んだ方から「起こることは決まっている
(自分の選択する内容や感情、思考、受け止め方なども
含む)ならば、抵抗=バグることも決まっていたのでは?
(自殺も)ならばそれはプログラマーの意思では?」
という
メールを頂きました、ありがとうございます。

これはヒジョーに鋭いというか殆ど答えを御自分で
導き出しています。自殺する事すらプログラマーの意思で
ある、と分かればもはや個人という領域を超えています。

言い換えれば個人という概念は文字通り死んだという
事です。個人が死ねば太陽は自らの中に昇り、月が自らの
中に輝くのであります。個人が世界の中でそれらを経験
するという事から、世界が個人という器を通して、
寝ている時に見る夢の如く創造されるのです。

世界を世界として成り立たせているものは何か?
それはただ単にそこに世界が"在る"からであります。
その"在る"としか言えない何かは、全てがプログラマーの
意思であると理解した時に個人という概念の消滅と同時に
"在る"のです。

こうして世界中の悲劇も、戦争も、コロナも、全て
"在る"の一部として認識される事になりました。
もはやそれを経験する個人は何処にも居ません。

カレンダー

05 2026/06 07
S M T W T F S
1 2 3 5 6
8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
知らん
性別:
男性
職業:
食う寝る遊ぶ
趣味:
超合金魂
自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

合体と恐竜は男のロマン

メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
☆を@に変えてお願いします

バーコード

ブログ内検索

P R

アクセス解析

Copyright ©  -- 知らんモンは知らん --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]