以前の記事で「本来は全て静止している」と
言っても実際の所、現象は動いているやんけ
というメールを頂きました。
ありがとうございます。
実際の所、動いているように見えるというのは
まあその通りと言ってしまえばそうなんですよ。
そのようにしか見えないようになっていますから。
単純な例で言うと、例えば・(点)しか
認識出来ないテンテン星人が居るとします。
点が ・・・・・・・・ のように集まると
線になりますよね、点と線を認識出来る
センセン星人は点の集まりを線である、
つまり ────── と認識出来ます。
しかしながらテンテン星人は線という概念が
理解出来ないので ─────── を
「無数の点が運動している」としか
見る事が出来ません。
センセン星人は「──── として静止して
いるよね」と言いますが、テンテン星人は
どう見ても点が動いているようにしか
見えないので、「静止しているとか言ってるけど
実際は動いてるやんけ」となるわけです。
ここでも前の記事で書いた低次元は運動する
が当てはまるわけですが、であるならば
静止する事、静止している何かを探す事が
コツと言えばコツになるのかもしれません。
ですから瞑想とかは静止する為のモノなのかなと
最近思うようになりました。
瞑想で思考を止めるとか観察するっつーのは、
思考も運動だからであります。
そして物体も思考の産物です。
何故ならある特定のモノを見るとか触れるとか
ぶつかったという思考が先にあって、
その後に何かがあると認識するわけですから
実は世界は思考という運動が作っている
仮想空間みたいなものなんですね。
テンテン星人が静止している ──── を
運動している点の集合と見て、
「世界は動いてるやんけ」という思考のもとに
世界を見ているのと同じです。