前の記事で宿命的なものについて書きましたが、
これは逆説的に言えば結局の所、人生と呼ばれるものは
そのまま流れていく事を示しています。
つまり流れていく過程において人生に何らかのイベントを
起こすには「私」というか「自己」を
探さねばならないと
いう事です。
そして常にこれは良いとかあれは悪いを判別する為に
自己を探しまくっている、自己がいなくては良いも悪いも
体験出来ないからです。
という事は「自己」「宿命を生きる私」とは完全に
概念というか作り物であるという事です。
事象に対し「眺めているだけ」とか「観察せよ」という
言い方もありますが、これだとやはり「眺めている私」
「観察している私」を探す事になります。
であるならば
最初から「私」を探さなければ良いのです。
こうして宿命からも解放されると、あらゆる物は
意識の切り抜きに過ぎないという事が理解されるので
あります。
PR