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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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今日も大宮ソニックシティでナントカマスター(以下ナマ)と駄べってるAさん。
何故かSさん(第5話参照)も付いてきている。

ナマ「Sさんも来るとは珍しいやんけ」

Sさん「私はですね、次の総選挙に立候補しようと思ってるんです。
今、日本はすき家に支配されています。日本からすき家を撤退させて全て松屋にするのが
私の公約です。日本を、いや世界を救えるのは松屋しか無いんです。
ネットだと松屋支持者はネトマツとか酷いレッテルを貼られていますが、
すき家に洗脳されたアホどもを救えるのは私しか居ないんです」

Aさん「はて、ネトマツなんて聞いた事ないけど・・」

Sさん「マスターもA君も俺に投票してくれ、すき家の世界制覇の野望を阻止しなければ
これからの若者の就職先は全部すき家になってしまうんだぞ、それでも良いのか。
若者の未来を救え、すき家を倒すんだ。立候補の際のキャッチフレーズも考えてある、
”日本をすり潰す” インパクト優先で考えたんだ」

Aさん「いやインパクトはありますけど、日本をすり潰してどーすんですか(笑)」

ナマ「まあ良いんじゃないの。とりあえずSさん、アンタの言い分はわかった。
是非立候補して日本を救ってくれや」

Sさん「ありがとうございます。これからすき家に行って”券売機無いのかよコノヤロー”
怒鳴りながら並盛りを頼むという嫌がらせをしてきます」

Aさん「結局食うんかい」

Sさんが去った後になんとも言えない空気が漂う

Aさん「Sさんは本当に日本を救えるんですかね?」

ナマ「まあエゴが暴走気味やけど、エゴを沈めて自由意志が無い事に気付けば
彼も変わっていくやろ」

Aさん「自由意志が無い、と言えば某ブログの作者は自民党に投票したようですが、
それもやはり自由意志では無いのですか?選択をする事は出来ないのですか」

ナマ「選択するっつーのが少しややこしい。
まず自我の言う選択とは右へ歩くか左へ歩くかとかのレベルやけど、
実はあらゆるものが既に選択したモノや。
つまり雨が降ってて雨粒がどこに落ちるかとかも、選択したモンや。
自我はそんなもん選択してないとしか感じないが、あらゆるモノは選択と調和しか無い。
本当の意味で選択する力を実感するには、まずは自我の範疇でこれは選択したとか
選択してないとかを放棄しないとアカン。」

Aさん「つまりよく言われる受け入れるっつー事ですか?」

ナマ「そういうこった。
自我は何か嫌な事があると、それに反応しどうにかしようと選択する。
それは未知の問題に対しての反応や。そうではなくて、どうにかしようとする反応すら、
やはり選択したものや。
わかりにくいと思うが例をあげるなら水は様々な形態に
形を変える。丸いコップに入れれば丸く、四角いコップなら四角くなる。
水に意志は無く、周りの容器と完全に一体化しとるやろ。
四角いコップに注いで四角くなった水は四角くなる事を選択したとも言えるし、
してないとも言える。

自我の範疇だと”選択した”んだとしか感じない。だから自由意志があると勘違いするわけや。
そうではなくて水の立場なら、容器の形状に合わせて「選択した」ように見えるだけや。
確かに水は四角くなる事を選択したように見える。しかし同時にそれは選択ではないとも
言える。
ここに気付く事で、結局は完璧な選択(のように見える)の中に在る事を、
というかそれそのものが自分であった事に近付ける。
愛に包まれてましたとか何だとかはそういうこっちゃ」

Aさん「選択のように見えて選択ではない。でも選択したとも言えるわけですね」

ナマ「だから結局頭でああだこうだ考えると混乱するんよ。
思考というモノも、考えてるようで考えてない、しかし考えているとも言えるわけやしな。」

Sさん「なんて事だ。さっそくすき家の奴らに妨害された!」

Aさん「あれ、Sさん。いつの間に戻ってたんスか?」

Sさん「券売機無いのかよって騒いだら店員にありますよって平然と言われた!
間違えて松屋に入ってしまった!これは俺に恥をかかせるためのすき家の陰謀だ!」

ナマ「エゴが暴走するとああやって自分の”選択”に不安や怒りを感じて
”自分自身”に怒りをぶつけていくわけや。結果として彼にしか見えない地獄を
創り出すって事やね」





今回は少しややこしくなりましたので、本来登場させない予定だったSさんに
登板願いました。彼を登場させた事でさらにややこしくなったかもしれませんが、
個人的にこのシリーズで私自身が一番気に入ってるキャラはSさんです(笑)
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皆さんは昨日の衆議院選挙には投票に行きましたか?
何やら投票率はかなり低かったようですが、これは前回の選挙は
子ども手当に釣られた馬鹿魅力を感じた有権者が多かったからでは
ないかと思います。残念ながら子ども手当はいつの間にか有耶無耶になってしまいましたが。

選挙好きの私は、今回は久々に真面目に投票しようと思い、
各党のサイトを閲覧したりしてましたが、結局自民党に入れました。

政策云々以前に、まとな政権運営能力のある党が自民党以外見当たらないというのが
大きかったですね。ベストではなくワーストから最も遠かったという所でしょうか。

結果的に自民党が単独で300議席を超えるかもしれない勢いで圧勝したようですが、
果たして日本を取り戻せるのでしょうか!?

ていうかいつの間に日本は奪われていたのでしょうか!?
全てを認めるとか受け入れるとかは、意外に難しいものであります。
何で難しいかっつーと、やはり現状の問題なり何なりを解決する、
または克服する(しなくてはならない)というある種の責任感みたいのを
自我のレベルで持ってしまうからかもしれません。

しかしこれも以前書きましたが、自由意志があると勘違いしている事から
起きる葛藤であり、苦しみです。

例えば、歯磨き粉のチューブの口が星の形とかになってれば、そこからブニュっと出てくる
歯磨き粉は星形ですよね。歯磨き粉は自分の意志で星形になっているのではなく、
星形として出てくるしかないのであります。
つまり歯磨き粉に自由意志なんてありません。

これは見方を変えれば重圧からの開放でもあります。

何故なら星形で出て来る歯磨き粉に一切の責任は無いからです。
歯磨き粉が星形で出てくるのは馬鹿だったわけでもなく、
運が悪かったわけでもなく、過去の因縁からでもなく、
ただ単にチューブの口が星形だったから、というだけです。

つまりこれを当てはめてみれば、あなたが(正確に言うとあなたの自我が)
不幸を感じているのも、メソッドのやり方が悪いのかもとか心配しているのも、
何だか知らないけど泣きたい気分だとかも、全てにおいて責任は無いのであります。

つまり何を感じていようが考えていようが、チューブの口が星形だったごとく「そういうもの」
なのです。歯磨き粉が、どうして私は星形で出てきてしまうのとか悩む必要は無いのと
同じで(チューブの口が星形なんだから悩みようがないですよね)何も悩む必要は無いし、
苦しむ事も無いのです。

星形で出てくる歯磨き粉は、本来自分は星形だという事すらわかりません。
星形だとわからない以上、どうして私は星形なのとか苦しむ事はありません。

しかし見るものと見られるものという分離が起きると、そこで戦いや苦しみが起きます。
様々なメソッドやお祈りを実践しても、行う者と行われる者という分離がある以上、
どうしても一時的な苦しみと一時的な喜びは付きまといます。
結局は国と国の境界線上が最も争いを招くのは世の常なのであります。

様々な思考、感情、行動が出てくるのは、しょうがないのです。
しかし本来のあなたは歯磨き粉ではなく、歯磨き粉を出しているチューブの口なのですから
出てくるものに責任や罪悪感を感じる必要は全くありません。

朝起きて通勤途中に車に轢かれた猫を見ても、それは不吉の前兆ではないし、
女子高生のパンチラを見ても吉兆ではありません(逮捕フラグです
星形の歯磨き粉が出るが如く、「そういうもの」なのです。

「では何故私はこんな不幸なんでしょう、どうすればチューブの口を変化出来るのか」
これも既にこのタイミングでそのような思考が出る「形」になっているだけで、
「形」である本来のあなたがこの思考(歯磨き粉)について思い悩む事はありませんよね。
思い悩む事は無いって事は、つまり不幸でも何でも無いって事です。
ようやく忙しさの方も一段落して久々の更新であります、
皆さまお元気だったでしょうか。

ここ最近「アセンション」についてのメールをちょこちょこ頂きました。
早いもので約一週間後にはアセンションが起きる(?)そうです。

実はアセンションについては去年の夏ぐらいに記事で少し触れてるんですけど、
私はオカルト用語に疎いんでアセンションだかペンションだかよくわかりませんし、
多分何も起きないと思いますが、まあ起きたら起きたで良いんじゃないでしょうか。

去年記事で触れた時も同じ事書いたんですけど、
メールで紹介して頂いたアセンションを解説しているサイトとか見ても
イマイチどういうものかピンと来ませんね。

フォトンベルトに地球が突入して地球がどうにかなってしまうとか、
人類の意識が目覚めて新たな次元へ進むとか、全ての人類が一つになるとか、
大いなる意識が降臨して地球人類を昇華させるとか、話だけ聞いてると
「イデオン発動篇」と「エヴァンゲリオン劇場版」に影響された厨二病ぽく
感じてしまうのですが、あと一週間でイデの力だか人類補完計画だかが
発動するみたいなので、ちょっと楽しみではあります。
すき家の陰謀に巻き込まれたせいで忙しい日々が続いているのですが、
皆さんも年末は忙しい事と思います。
こんなブログ読んでないで大掃除でもしましょう。

「運動と時間と変化」と「自我が願望の実現を見えなくしている」について
メールを頂き、少し時間が出来たので書こうと思います。

いきなり言っちゃうと、運動も時間も変化もまとめて言えば自我が勝手に
想定しているだけで、実際は無いものです。「自我が見えないようにしている」と
いうのも、あくまで言葉にするとそうなるもので、実際に部屋の角に隠しているとか
そういうわけではありません。

これだけではイマイチだと思うので少し補足すると、
まず「変化」や「見えないものを見たい」というのはある種の制御したい、
操作したいという自我の思いがあります。

これはこれでしょうがないのですが、しかし心臓の鼓動を変化させたり
胃の消化スピードを超速にして食べたら即下痢、みたいにしようとは
普通は思わないと思います。

自我は「絶対に(自我の)支配下における何かがあるはずだ」と
思いたがるのですが、実は無いんですよね。
制御したいという思いは、心臓を自由に止めたいとか胃で消化液を
出さないようにしたいとか言ってるのと同じです。

前述したように、普通はそんな内臓の動きの操作なんてやろうとも
思いません。やろうとするのは人間関係の事とか、後はせいぜい金の事
でしょう。つまりそれだけ自我の制御欲求(?)みたいなものは非常に
狭い範囲でしか無いのです。
で、その狭い範囲でああでもないこうでもないと苦しむわけです。

狭い範囲でなおかつ自我にとっては「他人」や「自分では無い物質(お金とか)」を
操ろうってんだからこれは苦しいに決まってるんですよ、
というより苦しいだけでしょう。

普段は自分の身体の働きには無頓着なくせに、何故せせこましい認識の中では
苦しみ続けるのでしょうか。
それは自我にとっては自由意志を持った己こそ世界の支配者であるという
思い込みがあるからです。

自我は自由意志で制御できない働き(内蔵の仕組みとか)は完全に切り捨ててしまって
います。というより最初から無かった事になっているのが殆どです。
「私の身体」とか言ってるくせに、内心では制御できないポンコツ乗用車としか
感じていません。

制御しようがないものには目もくれず、狭い範囲狭い範囲へと逃避して、
何とかイエスマンを作ろうと模索するのが自我の働きです。

この時点で身体と、身体の仕組みは自我と分離してしまいます。
制御できないものは全て自我にとって敵なのです、こうして戦いが始まるのであります。

この不毛な戦いを終わらせるには、制御できないものがある事を認めてしまえば良いのです。
自由意志なんてどこにも無いし、制御できるものなどありません。
制御しているように見えるだけです。

そもそも分離が無ければ、制御も生まれません。
貧乏は貧乏を制御し難い敵と感じるから敵になるわけです、人間関係も同じです。

そして分離が無くなった所で、貧乏は貧乏であるし、モテない奴はモテない奴です。
つまり何も変わりません。しかし一つだけはっきりとしているのは、分離していないので
貧乏を貧乏と感じる対象が消滅するという事であります。

ここが肝心なんですけど、右足が右足を踏めなかったり、眼球が眼球を見れないのと
同じで、対象が無くなるって事は、もう今まで苦しんでたものが無くなったって事なんですよ。

つまり皮肉にも(?)貧乏が貧乏であるが故に、貧乏から解放されてしまうのであります。
もう貧乏では無くなったので、もしかしたらお金が入ってくるかもしれません。
モテない人は、愛人の一人二人ぐらいは出来るかもしれません。

しかしもはや金持ちでもないし、モテる人でもありません。
貧乏から金持ちになったのでありません、自我からすればこれは変化ではないか、と
なるでしょうが、眼球自身は左右に動く自らの動きを見る事は出来ません。

やはり眼球はどこまで行っても眼球なのと同じです、
苦しむ対象が無いのと同じで、楽しむ対象も無いのであります。

もちろん嬉しい、楽しい、という感情などは出てくるでしょう。
不感症の人間味が無い変な奴になってしまうわけではありません。
しかしそれは脚気の検査で膝を叩かれたら膝が挙がるのと同じ
単なるリアクションです。自由意志で喜んだり楽しんだりしているのではありません。

スピ系のマスターと言われるオッサンオバハン連中がやたらと愛だ何だを連発するのは、
分離が無くなるとリアクションとしての反応が愛(何か変な言葉だ)なのであって
無理矢理愛を感じようとしているわけでは無いのですね。

無理矢理感じようとすれば、そりゃ「愛を感じられません・・・」とかなるに決まってます。
愛とは感じるのではなく、重力と同じでそこにあるものなのです。



なんか小難しい話になってしまいましたが、取りあえずチンコをしごくと気持ちよくなる
程度だと思ってれば良いんじゃないでしょうか。

気持ちよさとは感じるものではなく、そこにあるものなのです。
この事は男性諸氏には深く同意して頂けるものと確信しております。

何か最近女性読者ぶっちぎりの記事が続いているような気がしますが、
その辺は気にせずに行きたいと思います。

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職業:
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趣味:
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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
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