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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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「最近、何が起きても静観するようになってきましたが、仕事だと
ムカつく上司、アホな後輩にブチ切れてしまいます。
静観しようとしてもなかなか出来ません、
どうしたら救われるでしょうか」
的なメールを頂きました。

結論から言うと、何をやっても救われません。

エエ、そりゃ無いぜ!と思うかもしれませんが、
別に救われる必要は無いのであります。

何故ならムカつく上司もアホな後輩も分離から生じるものであり、
全て一つであるからです、つまりあなたがアホ(?)なので
それに気付けば既に救われている事に気付くのであります。

つまり救われている事に気付いてから、「アラ救われてたわ、どうしましょう」と
なるわけで、一般的な感覚と順序が逆になるわけです。

と、理屈だと上記のようになるのですが、
この「一つ」になかなか辿り着けないのが厄介なのであります。

とは言うものの、一つである事は視点を変えれば良いだけの話であります。

例えば前も書きましたが、風俗嬢や恋人とヤってる時は文字通り
一つに合体するわけですが、合体するから一つになるのではなく、
まず一つである事が大前提であり、それを確認するために合体すると
思えば、前回の記事の「幻であると同時に形あるもの」がわかると思います。

別に性的な興奮とかが無くても、腕を虫が這えばその感触は
腕の感触であると同時に虫の感触でもあります。
やはりまず最初に確固たる「一つである事」が在り、それを確認しただけの事です。

何の事は無い、日常においても最初から一つである事は
当たり前すぎる大前提なのです。

腕を虫が這ってると、ギャーとか喚いてすぐに振り落とすから気付けないのであって、
性的興奮があるとそういった「判断する自我」が消失しやすいのです。
以前も書きましたが、性的な営みはやはり子孫繁栄の他にも大切な要素が
あるのであります、私も頑張ります。

話が脱線しかかりましたが、「静観しようとしている」「どうすれば救われるのか」は
全て一つである事に気付けばおのずと解決されます。
というより一つなので解決もクソも無い、というのが答えです。

と言ってもいきなりそこまでブッ飛ぶのはやはり難しいかもしれないので、
「静観しようとしている」立場、ゲームで言えばプログラマー視点に立つのは
最初の内はとても有効であります。

そのうちプログラマーも居なくなり、誰も居なくなります。
それはとても寂しいものなのでしょうか?
そんな事はありません、誰も居ないけど、誰もが居る。
それが本来のあなたです。
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前も同じ話を書きましたが「世界は幻だった!」と聞くと、
大いなる勘違いを起こすケースがあります。

どういうわけかここ一週間程似たような勘違いをされている
読者の方々からのメールがバシバシ来るので、
特に書くネタも無いので同じ話を書こうと思います。

実際の所、全ては幻でもホログラムでも何でも良く、
事実その通りなのですが、幻だ何だっつーのは
あくまで幻を幻として形作っているものが在るからこそ幻なのであります。

以前も登場した「ルビンの壺」で言えば、向かい合っている顔が在るから
壺は壺として存在できるというのが一番わかりやすいですよね(?)
つまり壺と顔が共存共栄しているのと同じで、幻は幻であると同時に
形あるもの
でもあります。

この辺を勘違いすると「幻」と「それを見ている私」という明確な分離が
生じ、これが行き着くところまで行くと、極端な陰謀論とかに走るように
なってしまいます。「幻に気付いた私は幻魔大戦を戦うための
特別な能力者として目覚めた」的な高揚感があるのかもしれませんが、
「全て幻であって、全て一つ」は文字通り一つなのであり、一つが一つを
認識する事は有り得ません。認識するっつー事は、一つではなく二つに
なってしまいます。

スピリチュアルな気付きとかは、自分に特別な才能があると気付くのではなく、
自分とは存在しない取るに足らない妄想に過ぎないと看破する事ではないかと
思います。

ですから幻に気付いたからといって、あなたがアトランティスの戦士だったとか
ムー大陸の民だったとかはありません。せいぜい先祖は群馬県出身とか
その程度でしょう。

以前、スピ系の人って何だか妙に左翼思想っぽい人が多いって事を
ちょろっと書いたんですけど、案外この辺の勘違いに原因があるのではと感じます。

と言ってもですね、こっからがややこしいのですが
別にネトウヨだろうがブサヨだろうが群馬県民だろうが「こいつらは幻だから消す!」とか
しなくて良いのです。これだと前述したように「幻」VS「私」になりますよね。

ルビンの壺の顔だけは消せないし、壺だけも消せません。
あくまで全てを包み込む一つが本当の私、私というより本当の一つなのです。
ですから視点を変えるだけで、全ては「私」であり「私」に内在するのです。
特別なメソッドもおまじないも必要ない、最初からそれであったのであります。

まあ「無能な政府がどうのこうの」とか「政府が××を何十年も隠蔽している!」とか
その手の話が好きな人多いですしね。
無能な政府め!と言ってるのに何で情報隠蔽能力だけは
異常に高く評価してんだとか密かに思いますけど、
そこは触れちゃいけないんでしょうか。
Aさん(30歳独身、自転車屋経営、AB型)ナントカマスターの話を聞きに大宮ソニックシティへ赴く。

ナントカマスター(以下ナマ)「みんな幻なのでうんたらかんたら
全ては一つであり、全ては私である。 という事で皆さん自由にやってください、
じゃあね」

Aさん「おおー、みんな幻でみんなが俺なんだって!?じゃあ早速試してみるか!!」

Aさん、道路に出てトラックに正面から突っ込む、トラックの運ちゃん必死に
クラクションを鳴らすがAさんガン無視「僕は死にましぇーん」

跳ねられて重傷


後日、回復したAさん 懲りずに再びナントカマスターの元へ

Aさん「幻って言ったじゃないっすか、おかげで死ぬ思いをしました。
どうしてくれる」

ナマ「そりゃアンタ死ぬわ。
だってアンタがアンタ自身にクラクション鳴らして、アンタがアンタに危ないって
伝えてるのに避けなきゃアンタは怪我するわ


Aさん「アンタアンタうるせーよ、なんつー屁理屈だ」

ナマ「雪や雨粒が落ちる位置も全てアンタや。
意味が無いように見えて実は全部アンタの力や、血液の流れや心臓の鼓動が
漠然と何の意志も無く動いているように見えて、実際は肉体が
”生命の維持”という目的に向かって動かしているのと同じや。
つまり私とは個にして全であり全にして個なのや。どうや、カッコイイ言い回しやろ」

Aさん「すげー話を逸らされてる感があるけど、つまりそれらを認識している
意識っつー事やね」

ナマ「ちょっと違う、それだと寝てる時は寝てる事を認識する”意識”が無いから
正確では無い。実際は寝ている状態というか、意識が無い状態そのものが
私や。覚醒している時は、覚醒している状態そのものが私や。

つまり覚醒している時と寝ている状態は、実は全く同じだという事に気付くんや。
”私は何々を認識している”という思考は全部まやかしや、
ありとあらゆる認識出来るモノは、全部幻や。
”これから死ぬんや”を認識出来ても、死の瞬間は寝る瞬間を認識出来ないのと
同じで認識出来ん。

だから死も幻や、同じように生も幻や。寝るという事すら幻や。
幻を見抜いたその時、はじめて宇宙が自分である事を実感出来る。」

Aさん「じゃあ今度から眼を開けたまま寝るのに挑戦するよ」

ナマ「アンタ全然わかっとらんやろ」



突然の気まぐれで始まった衝撃の新カテゴリーですが、
気まぐれなので続きがあるかどうかわかりません。

読み返してみても、あまり面白くないしね。
「ぶっちゃけ金持ちの家に生まれた人とかの方が、貧乏とかに
心を惑わされない分、スピリチュアルっぽい目覚めとか気付きとかを得るのが
簡単なんじゃないの」
みたいなメールを頂きました。

これは一理あるのではなかろうかと私は思います。

少々嫌味に聞こえるかもしれませんが、私自身それなりの資産家の孫として
育ったせいか、お金や物欲に関しては正直「無価値」とまでは行きませんが、
はっきり言って執着ナッシングであります。

黙っていても祖父がポンポン小遣いくれて、おもちゃやゲームも買ってくれましたし、
既に十代~二十代の時期においてそういう物欲を満たすのに”飽きた”部分は
確かにあります(ちょっと嫌な奴?)

執着が無いっつー事は、いわゆる価値観みたいのが、ある対象において
変動しない、全てにおいて平等になるという事でもあります。
「私」が存在していると、全てにおいて平等な価値観はなかなか持ちにくいもので
あります。どうしても「私」に都合の良いもの、悪いものと分けますからね。

偽りの「私」が消え去るという事は、結局は全てが本来の自分を
邪魔するものでも傷付けるものでもない、という事に気付くという事であります。
簡単に言えば殴られても「私の顔」が傷付くのであって「私」は別に傷付いては
いない
という事です。

じゃあ目の前からパンチが飛んできたらまともに当たれというのか、
というのは質問自体がナンセンスです。

誰もパンチに当たれとも言っていないし、かわせとも言っていません。
当たっても良いし、かわしても良いし、かわそうとしてやっぱり当たってしまっても
良いのであります。もちろんカウンターパンチで反撃しても良いです。

つまり、かわす>>>当たるという価値観は偽りの「私」のものであり、
ここにハマると堂々巡りになります。

人によって、何に価値観を持つかはそれぞれです。
ある人はお金であり、ある人は異性かもしれません。
それらからの影響を受け続ける限り、いつまで経っても同じ所を回り続けるでしょう。

偽りの「私」が消えるという事は全てがイコール自分である、
つまり預金残高が500円と500万円も同じ、好きな人と付き合う事と
別れるのも同じ、全てにおいて良いとか悪いとかではなく、超越する事です。

超越したらどうなるの?って思うかもしれませんが、別に何も変わりません。
普通に起きて普通に顔洗って普通にメシ食ってるでしょう。
インドとかチベットとかの聖者みたく、何故か上半身裸になったりもしません。

変わる所はただ一つ、ゲームにコマとして参加していたか、
ゲームそのものになったかの違いです。
悩み事の相談がたまにメールで来るのですが、
私は別にカウンセラーでも何でもないその辺のオッサンなので、
あまり本格的に相談に乗ったりはしないスタンスであります。

悩み事のパターンってのは大体決まっていて、
内容が基本的に暗い、とにかく苦しい、困っている。という
メールが殆どです。

「自由意志が無いなら、どうすれば良いのか、これも運命なのか、
死ぬしかないのか」的な内容を書いている方もごく稀にいますが、
自由意志が無いっつーのと死ぬというのを結びつける必要もありません。
というより何で結びつけるのかと思います。

そもそも何でいきなり死ぬまで直結しちゃうかというと、
「問題が深刻だから」と感じているからですよね。

例えば「夫に捨てられ娘は家出、私は変質者に犯されて病気を
移された。余命一ヶ月と言われている、自由意志が無いならもう死ぬしかない、
さようなら」という内容と(これあくまで例ですからね)

「夫はコロッケに影響され、似てもいないモノマネを見せてくる。
娘は明るい性格だが研ナオコにそっくり、私は二度目の妊娠中で
私は桑田真澄似、夫は具志堅用高に似ている。今度生まれてくる子も
女の子だと言われている、どうしよう。」という内容では明らかに後者の方が
深刻度は”軽い”ですよね。

結局、軽い方は悩みというより殆どネタのレベルなんでスルーしてそのまま行くでしょう。
そして深刻な方も結局は通り過ぎて行きます。

両者の違いは、深刻だ深刻だと喚いているか、華麗にスルーしているかの、
ただそれだけの事であります。逆に言えばそれしか出来ないのです。
ワーワーと喚くか、通り過ぎていくのを見つめるかだけです。
ワーワー喚くのは熱いものに触れたら手を引っ込めるのに近い、
単なる条件反射みたいなものです。
そこに自由意志は介在しておりません。

で、ここでわかるのが問題だ悩みだというのは、結局は通り過ぎていくものに
過ぎないという事です。そこで条件反射的にワーワー言うか、スルーするかだけで
あって、問題や悩みそれ自体にパワーみたいのは無いという事です。

悩みだ問題というエネルギーでも概念でも何でも良いですが、
それらを内包しているものが本来のあなたなのですから、
これに気付いた時点ですでに悩みや問題は「あなたではない」
つまり影響は及ぼさない、影響を及ぼさないっつー事は悩みは悩みで無くなり、
問題は問題では無くなったという事です。

これでどんな悩みも秒殺解決であります。 と言いたい所ですが
あまりにも簡単すぎる故になかなか気付けないのですね。

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職業:
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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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