忍者ブログ

知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

HOME • Admin • Write • Comment
なんと今日でブログ開設一周年だったのですね(さっき気が付いた)

私は昔から記念日とか誕生日とか何だとか、全くまるきし気にしないタイプなので、
一年経ったからといって特に何もありませんが、いつも訪問して頂ける読者の皆さんに
感謝であります。この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。
PR
昨日の記事でマネーゲーム云々を取り上げたので、今日もゲーム繋がりであります。

私は「ザ・マネーゲームから脱出する法」は未読なので著者の見解は知りませんが、
ゲームから脱出、つまりゲームそのものから降りてしまうという事に関して
個人的な考えを書いてみようと思います。

ゲームから降りる事が簡単そうで難しいのは、早い話が「都合の良い事」を
期待するから
であります。

本来は「自分」は存在しないのですが、どこまで行っても「自分」に都合の良い事を
期待してしまうものです。
存在しない「自分」に対して都合の良い事を期待しているんだから、苦しかったり不快になるのは
当たり前っちゃー当たり前
なのです、まさにゲーム脳に陥っているのであります。
服を着ていると思い込んで寒空の下に飛び出して、寒い寒いどうしてだろうと
悩んでいるようなものです。

ゲームから降りる事さえ出来れば「自分」にとって都合の良い展開になるとか期待していると、
それもまた新たなゲームの始まりであると思います。

ゲームである以上は、どうしたってゲームをプレイするコマが要ります。
そのコマにとって都合の良い事を期待していたら、これは「これからもゲームを続けていく」
という意志表示になってしまいます。

ですから都合の良い事を期待しない事です、本を読もうが祈りを捧げようがトイレを掃除しようが
コマにとって都合の良い事なんて起こりません。
都合の良い展開を期待するという事は、完全にゲームプレイを続けているという事です。
何も期待しないなら、もはやコマを捨てたも同然なのでゲームはそこで終わりです。

「じゃあ都合の悪い事を受け入れなければならないのか?」と思うかもしれませんが
既にそれもゲーム脳に陥っています。

コマにとって都合の良い事を期待しなくなったという事は、
同時に都合の悪い事もその重要性が無くなったという事です。
「良い事」と「悪い事」を分離していた壁が取り除かれ、
ルビンの壺みたく一つに融合した瞬間です、カッコ良く言えば良いと悪いを超越したのであります。

もうゲームから降りたんだからコマがどうなろうが知ったことではありません、
「知らんモンは知らん」というどこかで聞いたような台詞を残してゲームから降りるのです。
ipadを買って一週間ちょいが過ぎましたが、すっかりゲーム機と化しております、
最近は太鼓の達人にハマって毎日太鼓を叩く日々であります。

太鼓をノリノリで叩きながらメールを確認すると、何とリンク希望のメールが来ていたので
来るもの拒まずの精神に乗っ取り、リンクを張らせていただきました。

さあ、お前らも『ザ・マネーゲーム』から脱出しようぜ。という
「ザ・マネーゲームから脱出する法」という書籍に関するブログのようです。
いわゆるまとめサイトという奴ですね。

私はこの本は池袋のジュンク堂で見かけた事があるだけで読んではいませんが、
確かビジネス関係の書籍のコーナーにあったように記憶しています。

ネットで内容をざっと調べてみると、世界は全部ホログラム(?)であって、その事を看破する事で
お金に振り回されるゲームから脱出しようぜといったものらしく、
まさかビジネスコーナーにこんなトンデモ本がスピリチュアルに関係ある本が
あったとは思いも寄りませんでした。

まあ私は最近太鼓の達人のやりすぎで指が痛いのと、ipadで殆どゲームしかやってないことを
「豚に真珠もいいとこだ!!」と彼女に怒られたのでマネーゲームより太鼓の達人から
脱出したいんですけど。
昨日の記事で「声(音)を声(音)として認識させているものがスゴイ」みたいな事を
書きましたが、これと同じで見ているものも、あるいは聞いているものも、
それをそれとして認識させているものがやはりスゴイのであります。

私がこの何だかよくわからないスゴイものを知覚(?)したのは
だいぶ前の記事にも書きましたが自転車に乗ってていきなり「私」感覚の消失を
体験した時からです。

が、しかし。 この「私」消失の体験は今になって思うと別に大した事無い、
というか自分が消えて世界が現れる初期の段階ではなかったかと思います。

結局「私」が消えたと言っても「消えた私」を認識している「私」が居るわけですから
よく考えると別に消えてないんですよね。

と言っても、この「消失体験」からは度々「私」は消えていきました。

そしてその度に「消えた私」を認識する「私」も居なくなり、「私」とは見ている景色であり、
聞いている音であり、感じている風であるという感覚になってきました。

駅前に立ってるだけで、まさに空が頭であり、胴体は駅であり、
腕はすき家の店舗で足はケンタッキー、アソコはカーネルサンダースみたいな感覚なのです。

そんな表現はあんまりだぜと思うなら、カッコつけて言うと「雨粒の音一つにも神を見出す」という
感じです。(カッコつけ過ぎ?)

結局今まで感覚として捉えてきたものに対し、ああだこうだ喚いていただけで、
本来の私はその「捉えているもの」そのものだったのであります。
「捉えているもの」を「捉える」事は出来ません、捉えようとする行為は
全て意味が無かったのです。


この段階に達してからは、全てが自分であったという驚異的な至福感を感じ、
あまりの至福感の前にもう願望とか何だとかが吹っ飛んでしまいました。

何故なら時間も含めた文字通りの全てが己の中に存在していたからであります、
未来も過去も無く、全て「今」が自分だったのです。
CMを見る度に何故かいつも「新発売」扱いだったケンちゃんラーメンになった気分であり、
願いとか望むとかって必要無い、何て馬鹿馬鹿しいんだろうと感じました。

こうなるともう、あらゆる事柄は完璧としか見えません。
全ては、全てを感覚として「捉えるもの」が創り出した幻想であり、
「捉えるもの」が居るからこそ幻想もまた創り出されます、最近よく出てくるルビンの壺と同じです。

さっきも書きましたが「捉えるもの」を「捉えようとする」事は出来ません、
ですから結局は在るがままになるしかないのです。
在るがままを邪魔するのが、「捉えようとする」思考なのであります。
「内側と外側に分離しているのはわかりましたが、色々と分離しているものが
認識出来て、逆に何やかんや考えて疲れてしまいます」というメールを頂きました。

この辺は非常に間違いやすいというか、見逃しやすいのですが
何やかんや考えるっつー事は、当然その思考・考えを「心の声」として処理しているわけ
だと思いますが、心の声=内なる声みたいにまったく疑いもせずに捉えてしまうと
話がややこしくなります。

昨日も書きましたが、まず一番簡単な分離は「私の身体」と「身体の外側に存在するもの」で
あります。で、次に簡単かつなかなか気付かないのが「私の心の声(内なる声)と
「外側から聞こえてくる自分の声、あるいは他人の声」
であります。

ここ最近の記事だと分離を解除して和解しようぜって話ですから
当然内なる声も外の声も区別はありません。
声は声であり、もっと言えば単なる音声であります、そしてもっと言えば音声を音声として
認識している何者かがいる
わけであります。

しかし内なる声はあまりにも普段から慣れ親しみすぎているせいか、
何故か別格扱いになっている事が多いのです。
内なる声は「自分の」声であると勝手に判断しているのですね。

さらに厄介なのはこの「内なる声」に導かれて神を見ましたとか
宇宙のパワーが降ってきましたとか鼻から仏像が出てきましたとかスピ系だとその手の表現
大変に多いっつー事ですね。

まあ文章で表現する場合はそうなってしまうのはしょうがないのですが、
「内なる声」と、その辺のオッサンのイビキと、初音ミクの歌声は、実際は全部同類なので
「内なる声」を別格扱いする必要はありません。

スピ系だと「内なる声」は真実を閃かせるみたいな印象がどうしてもあるんですけど、
そのような何か素晴らしいものを認識させる事はありません。

が、しかし。少しややこしいですがここにヒントみたいのが隠されているのであります。

素晴らしいものを「内なる声」で認識する、閃くという事は
逆に言えばその「声」を聞く前の自分は素晴らしくなかったという事です。

しかし本来の自分は最初から素晴らしいものなので、素晴らしいものが素晴らしさに
気付くのはおかしな話であります、ダイヤモンドはダイヤモンドの美しさを直接見る事は
出来ないのです。
前も書きましたが「右足で右足を直に踏めない」のと同じ事ですね。

なので、メソッド類をやればやるほど本質的なものから遠ざかって行くのです。
ナントカメソッドで「素晴らしい真実に気付きました!」という心の声、感動は
単なる音声であって別に素晴らしくも何とも無いのです。

心の声云々以前に、それを声として認識させているものが偉大で素晴らしいのです。
つまり宗教的に言えば何処にでも神は存在するという事です、それこそオヤジのオナラにも、
近所のババアの痰を吐く音にもです。

ややこしい話になりましたが、自分が聞いている音声や見ている画像に内も外も無い、
本当に素晴らしいのは声や音ではなく、それを聞いている、創り出しているものだと
いう事を知れば良いのであります。

まあ文章で書こうとすると「ナントカに気付きましょう」みたいに表現せざるを得ないんですけど。

カレンダー

01 2026/02 03
S M T W T F S
1 2 4 5 6 7
8 10 11 12 13 14
15 16 17 18 20 21
22 23 24 25 27 28

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
知らん
性別:
男性
職業:
食う寝る遊ぶ
趣味:
超合金魂
自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

合体と恐竜は男のロマン

メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
☆を@に変えてお願いします

バーコード

ブログ内検索

P R

アクセス解析

Copyright ©  -- 知らんモンは知らん --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]