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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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新たにリンク希望のメールを頂いたので、来るもの拒まず去るもの追わずが
ポリシーの当ブログの趣旨に沿ってリンクを張らせていただきました。

夏川ハルヲさんの「夏川ハルヲ塾」であります。

これはブログではなく「ニコニコ生放送」のコミュニティーページのようです。
私自身はニコニコ動画は殆ど利用しておらず、ニコ生のシステムも理解していませんが、
いつものノリで気にせずリンクします。

放送の中でこのブログの内容を引用したりしているという、
どう考えてもデンジャラスな放送のようですが、興味のある方は参加してみてください。

夏川さんのコミュニティーページの画像は日の丸ですが、夏川さんによると
決して右翼ではないとの事。

まあ当ブログは右でも左でも上でも下でも来るものは拒みませんので、ネトウヨの皆さんも
ブサヨの皆さんも気にせずリンク希望の方はメールください。
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以前の記事にも書いたんですが、基本的に私はチャネリングだ何だといった類は
否定するつもりはありませんが、殆ど信じていません。

しかしチャネラーの皆さんがエイブラハムだのバシャールだの、挙句の果ては
神と対話しちゃったりと何だかすさまじいので、ヒマな時間を利用して
チャネリングについて調べてみました。

どうもスピ系においてはチャネリングで何かわけわからんものと接触して、
それらとのやり取りを書籍化したりする事は「スピリチュアル・フィクション」と言われており、
はやい話が怖くないクトゥルフ神話みたいな物のようですね。

チャネリングで登場するのは必ずといって良いほど高次元存在といわれる「何か」ですが、
フィクションではなくマジで高次元存在と会話できるなら、そこからレベルを落として行って
二次元のマンガやアニメのキャラといった低次元存在と会話するのも可能なんじゃないかと
思いますが、というよりそっちの方が需要がありそうなんですが、
誰か高名なチャネラーで二次元キャラと対話する事に挑戦して欲しいものです。
前回の記事はどういうわけか読者の皆さんから大変な反響がありました。
面白いのは頂いたメールの内容が「大変に大きな気付きを得てハッピー、ウヒョー」という内容と
「もう絶望です、死にます、さようなら」という内容が半々だったということです。

願望に関わらず普段から様々な思考や感情が湧いてくると思います。まあ願望云々も
一種の思考であるとも言えるかもしれませんが、とりあえずそれは置いといて
本来は思考や感情と「私」は別物であります。

という事は願望は勝手にそこに浮かんでいるだけのものであって、「私」とは何ら関係の無いもの
であります。つまりあっても良いし無くても良い、別に困らないのです。
願望が必要なもの、大切なものと認識してしまうと、ちょっと嫌な事を思えば「こんな事思ってちゃ
叶わないわ!」とか言って必死に打ち消し、良い事があればこれまた必死になって大袈裟に賛美し、
結局同じ所をグルグル回っているだけです。

前も似たような事を書きましたが、「私」が消えたから「ではこれを利用して叶えてどうのこうの」
となる思考が既にどこかおかしいのです。

「私」がいないのだから「私の願望」という属性のものは無いはずです。
願望みたいな属性を持つ思考は浮かんでくるかもしれませんが、それはただ単に浮かんでいるだけで
あって、「私」の大切なものでは無いのです。

ですから放っておけば良い、というか放っておくしかないのであります。
放っておけないのは、それが「私」にとって大切なものだという誤解から来ているだけなのです。
願望の実現をどうのこうのと言うと、どうしてもコントロールの欲求が出てきます。
コントロールをしたいという欲求がある以上、常に世界と自分は分離したままです。

前も書いたと思いますが、世界と自分の一体化を体感してから陥りやすいのが
「ではこれを利用して色々叶えよう!」という欲求であります、
これでは結局世界と、それを動かそうとする自分という事になり、
元の木阿弥に終わるでしょう。

コントロールを放棄するのはどうすれば良いのか?
少々逆説的な言い方になりますが「全部要らない」と宣言してしまうことです。
お金が欲しいと思っているなら「お金要らない」
恋人が欲しいなら「恋人要らん」(風俗で十分だ)
その他にも欲しいと思っているものを全部「要らない」と宣言して捨ててしまう事です。

そうすると、今まで自分を縛ってきたものから解放されます。
いかに今まで自分を縛りまくってそれらに振り回されて来たかわかると思います。
ダイエットがどうのこうのと思っているなら、思いきって「身体も要らん」と宣言しても
良いかもしれません、

縛りを取った先に、何が残るでしょうか。
欲求も、身体も、何もかも要らない、必要無いと宣言すると
もはやそこには見ている対象と見られている対象すらありません。

やるべきことはこれだけです。
非常にシンプルですが、猛烈なコントロールの欲求が本来の在り方を曇らせてしまっているのです。
このブログでも何度か書いてますけど「全部受け入れてどうたらこうたら」っつーのも
大変に誤解される表現の一つですよね。
「何でもかんでも受け入れる」というと艱難辛苦に耐えて耐えて耐えまくるみたいな
私が子供の頃にやってたテレビ番組「ザ・ガマン」みたいなイメージになってしまいますが、
別にアホみたく我慢する必要はありません。

例を挙げれば、自転車に乗ってどっか行くときに、「足の筋肉が疲れちゃう!」とかは
あまり思いませんよね、長距離を走るとか山を駆け上がるとかなら別ですが、駅前までチャリで
向かってる時に「足の筋肉かわいそう!でも私は全て受け入れるわ!」とか思ってたら
これは駅前ではなく病院へ行った方が良いと思われます。

チャリを漕ぐには足の筋肉が疲れる、というか多少筋肉を使うのはごく当たり前な事として
受け入れているはずであります、「受け入れる」とはこの程度のものです。

この前も書いた愛がどうのこうのと同じで、スピ系の表現はとにかく大袈裟なイメージで
取られる事が多いです、やはり文章や言葉にする難しさというものを感じます。

ポイントというか、受け入れるコツみたいのは、チャリで足の筋肉が疲れるという事は
すんなり受け入れられるのに、預金残高が500円とかで「私もう死んじゃう!」とか
大騒ぎするのは何故かという事であります。

受け入れるのではなく、受け入れてしまうのです、というより勝手なジャッジを
勝手にやって勝手に大騒ぎしているだけで、本来は何でも受け入れているはずです。

”開かれた”状態になってしまえば受け入れるしかなくなります。



というわけで私の口座はいつでも開かれているので、皆さんもどんどん壺でも買って
下記の口座にお金を振り込んでくださいね。

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