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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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今回は最初からいきなりブッ飛んだ話であり、かつ抽象的なものですが
暇な方はとりあえずお付き合いください。

我々が普段から目にしている太陽や月、流れる風なども
その本質は「私」であります。

大げさな言い方をすると生命が躍動しているというか、生命が自分そのものであり、
もっと宗教的に言えば自分は神であって、神の光がどうたらこうたらとかなるわけですが、
この最初っから存在していたスーパーパワーみたいのを何とか利用しようと
しているのが各種メソッド類だと感じます。

で、少し話が飛びますが、だいぶ前に潜在意識について何本か記事を
書いているんですけど、私は世界そのものが潜在意識の現れであり、
何も弄る必要は無いと思っています。

「潜在意識の現れ」という表現はいくらでも変える事が出来ます、
宗教が好きなら「神の意志」ですし、スピ系が好きなら「今に在る力」とかですし、
すき家のファンなら「すき家の意志」であり、マックが好きなら「ドナルドの吐息」でも
結構であります。

名前は何でも良いのです、肝心なのはそれ(潜在意識とか神とか)が
最初っから始まりもなく終りもない文字通り永遠に在ったという事であり、
世界の全ては「それ」の体現だという事です。
もちろん自我のレベルで認識している「私」「俺」「僕」も、「それ」の体現であります。

結局、潜在意識活用とかナントカメソッド云々って言うのも早い話が「偶像崇拝」であり、
元々から存在している神をわざわざ潜在意識とか何たらという「異形の神」に無理矢理
押し込めて拝んでいるだけなのです。

神様はあなたの味方ではありません、この事実から目を背けたいがために
最初から存在している神様をズタズタに引き裂いてブッ殺し、「潜在意識活用」とか
「ナントカメソッド」に細切れにして飾っているのであります。

しかし、神様は味方ではありませんが、元々は味方をする必要のある「あなた」が
居ないのだから別に構わないのです。
どういうわけか味方を欲している者がいると勘違いして、神様は自分で自分を
引き裂いていたのであります。
神様は少々変わった趣味を持っていたのです、さすが神。

全てが神様の夢であり、イコールそれが本来の自分であると気付いたら、
あとはもう楽しむだけです。

目の前に怪獣が居て、それをリアルだと勘違いしていると、深刻な思いで
怪獣殺してくださいとか怪獣即死メソッドとか、ウルトラ五つの誓いって何でしたっけとか
やり出すと思いますが、夢だとわかれば怪獣にパンチやキックしたりお尻ペンペンしたり
まず「楽しむ」と思います。

まず楽しむ事が、世界を体現している事なのです。
スーパーマリオを始めていきなり目の前にゴールがあったら面白くないですしね。
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最近のこの記事に書いた内容は、いわゆる神秘体験(?)に属するのかもしれませんが、
このような神秘体験ぽいものは、あまり求めない方が良いのではと思います。

確かにすごい至福感はあるのですが、それを何か特別なものだと勘違いすると、
結局は狭い個人レベルにおいての満足感(自分は他とは違う、的な)で終わってしまうと
思います。(単なる病気という可能性もあるしね)

簡単に言ってしまうと圧倒的な至福感とは、生まれて初めてエンジン付きの乗り物を
自分で運転した時の感動に近いかもしれません。
今までチャリンコしか乗ってなかった人が、バイクや車を運転するとその快適さに
ちょっとした感動を覚えるのと同じです。

私も十五の夜に盗んだバイクで走り出した時は「バイク、超はえーーー!!」とか
一人で感動してましたが(原付だったんだけどね)毎日乗ってれば段々と
当たり前になっていきますよね。

結局、至福感とはごく当たり前に目の前にあるものなのです。
幻を幻と見抜いた時の感動、夢を夢として認識し、明晰夢に入った瞬間のような
高揚感、そして世界は全てが「私」であったという実感の中で、
その世界の登場人物たちが幻に怯えて苦しんでいるのは、「私」の苦しみでもあります。

だからこそ、行き着く先は狭い個人という領域を超えて、世界と向かい合うように
なっていくのではなかろうかと思います。
ブログ開設から一年経ったので時間ネタであります。
ついでに最近リンクを張らせて頂いたマネーゲーム云々の書籍を紀伊国屋で見かけたので
立ち読みしてきました(買えよ)

時間は存在しないとか何だとか以前も書きましたが、
もうちょい正確に言うと、時間が無いというより時間の存在・影響から
脱出している存在というか何か
があります。

簡単に言うと、例によって例のごとく目の前にすき家があるとします。
すき家の中に居る以上、すき家の店舗内部の時間は存在します。
そうでないとアルバイトに時給も払えないし、お客も回りません。

この店舗の中でワーワーやってるのが非常に狭い個人の意識であり、
あまりこういう表現は使いたくないですがエゴであります。

店舗の中に居る以上、時間(として感じられるもの)は存在します。
が、しかし。すき家の店舗を外から眺めている場合、すき家の店舗内部の時間というものは
存在しなくなります。


10分前に客がコップ落として割ったとか、5分前にチーズ牛丼を頼んだ客がトイレに行ったとか
そういった時間を基準にどうのこうのといったものは、全て店舗の内部に居るから
体験できるわけです。

店舗の外側にいる場合、そういった事は存在しません。
しかし今度はすき家の店舗そのものが朽ち果てていく「時間」を目撃します。
看板が剥がれたとか照明が落ちたとか、ついに店自体が潰れてしまったとか、
そういったものを時間と共に体験します。

で、さらにスケールを大きくしていって今度は日本列島そのものを眺めた場合、
すき家の店舗が外側からボロくなっていく様子は見えません。
しかしながら今度は日本列島に地震が来たり、隣の国からミサイルが飛んで来たりという
出来事はやはり「時間」と共に見ることが出来ます。

さらにさらにスケールを大きくすれば地球から見れば日本列島における「時間」は
無くなりますし、宇宙から見えれば地球の「時間」は無くなり、もっとすごい何かから
見れば宇宙の「時間」も無くなり・・・とエゴを超越していくと
「時間」はどんどん影響を及ぼさなくなっていく
のであります。

だから一体何なのだと思われると思いますが、この地球だの宇宙だのを超越していった
意識(?)みたいのが本来の自分であり、宇宙とは自分の内側に存在するものなのであります。
決して外側に広大に広がっているのではなく、内側がそれなのです。

過去も未来も無く、自由意志も無く、ただ内側を見つめる、というより自分自身を見つめる事が
本来の自分と向き合う瞬間なのです。
すき家の店舗では未来を操る事も、過去を変える事も出来ません。
過去と未来という時間の概念の及ばない領域が本来の自分である事を知るのであります。

狭いすき家の店舗で、自由意志があると勘違いすると悲劇が起きます。
それはすき家のメニューには牛丼とカレーしかないのに「どうしてお茶漬けを出さないんだ」
喚いているのと同じです。(定食があるじゃないかというツッコミはこの際無しで)

そうではなくて全ては時間の影響が及ばない何かスゴイもの(本来の自分)が
わざわざゲームを楽しむために低次元(?)にまでレベルを落としてくれているのですから、
全ては本来の自分の力であり、その事を受け入れる事がマネーゲームの本にも書いてあった
「力を取り戻す」っつー事なんじゃないかと思うんですが、どうなんでしょう。

まあ ざっとしか読んでないんですけど。
なんと今日でブログ開設一周年だったのですね(さっき気が付いた)

私は昔から記念日とか誕生日とか何だとか、全くまるきし気にしないタイプなので、
一年経ったからといって特に何もありませんが、いつも訪問して頂ける読者の皆さんに
感謝であります。この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。
昨日の記事でマネーゲーム云々を取り上げたので、今日もゲーム繋がりであります。

私は「ザ・マネーゲームから脱出する法」は未読なので著者の見解は知りませんが、
ゲームから脱出、つまりゲームそのものから降りてしまうという事に関して
個人的な考えを書いてみようと思います。

ゲームから降りる事が簡単そうで難しいのは、早い話が「都合の良い事」を
期待するから
であります。

本来は「自分」は存在しないのですが、どこまで行っても「自分」に都合の良い事を
期待してしまうものです。
存在しない「自分」に対して都合の良い事を期待しているんだから、苦しかったり不快になるのは
当たり前っちゃー当たり前
なのです、まさにゲーム脳に陥っているのであります。
服を着ていると思い込んで寒空の下に飛び出して、寒い寒いどうしてだろうと
悩んでいるようなものです。

ゲームから降りる事さえ出来れば「自分」にとって都合の良い展開になるとか期待していると、
それもまた新たなゲームの始まりであると思います。

ゲームである以上は、どうしたってゲームをプレイするコマが要ります。
そのコマにとって都合の良い事を期待していたら、これは「これからもゲームを続けていく」
という意志表示になってしまいます。

ですから都合の良い事を期待しない事です、本を読もうが祈りを捧げようがトイレを掃除しようが
コマにとって都合の良い事なんて起こりません。
都合の良い展開を期待するという事は、完全にゲームプレイを続けているという事です。
何も期待しないなら、もはやコマを捨てたも同然なのでゲームはそこで終わりです。

「じゃあ都合の悪い事を受け入れなければならないのか?」と思うかもしれませんが
既にそれもゲーム脳に陥っています。

コマにとって都合の良い事を期待しなくなったという事は、
同時に都合の悪い事もその重要性が無くなったという事です。
「良い事」と「悪い事」を分離していた壁が取り除かれ、
ルビンの壺みたく一つに融合した瞬間です、カッコ良く言えば良いと悪いを超越したのであります。

もうゲームから降りたんだからコマがどうなろうが知ったことではありません、
「知らんモンは知らん」というどこかで聞いたような台詞を残してゲームから降りるのです。

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男性
職業:
食う寝る遊ぶ
趣味:
超合金魂
自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

合体と恐竜は男のロマン

メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
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