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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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ipadを買って一週間ちょいが過ぎましたが、すっかりゲーム機と化しております、
最近は太鼓の達人にハマって毎日太鼓を叩く日々であります。

太鼓をノリノリで叩きながらメールを確認すると、何とリンク希望のメールが来ていたので
来るもの拒まずの精神に乗っ取り、リンクを張らせていただきました。

さあ、お前らも『ザ・マネーゲーム』から脱出しようぜ。という
「ザ・マネーゲームから脱出する法」という書籍に関するブログのようです。
いわゆるまとめサイトという奴ですね。

私はこの本は池袋のジュンク堂で見かけた事があるだけで読んではいませんが、
確かビジネス関係の書籍のコーナーにあったように記憶しています。

ネットで内容をざっと調べてみると、世界は全部ホログラム(?)であって、その事を看破する事で
お金に振り回されるゲームから脱出しようぜといったものらしく、
まさかビジネスコーナーにこんなトンデモ本がスピリチュアルに関係ある本が
あったとは思いも寄りませんでした。

まあ私は最近太鼓の達人のやりすぎで指が痛いのと、ipadで殆どゲームしかやってないことを
「豚に真珠もいいとこだ!!」と彼女に怒られたのでマネーゲームより太鼓の達人から
脱出したいんですけど。
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昨日の記事で「声(音)を声(音)として認識させているものがスゴイ」みたいな事を
書きましたが、これと同じで見ているものも、あるいは聞いているものも、
それをそれとして認識させているものがやはりスゴイのであります。

私がこの何だかよくわからないスゴイものを知覚(?)したのは
だいぶ前の記事にも書きましたが自転車に乗ってていきなり「私」感覚の消失を
体験した時からです。

が、しかし。 この「私」消失の体験は今になって思うと別に大した事無い、
というか自分が消えて世界が現れる初期の段階ではなかったかと思います。

結局「私」が消えたと言っても「消えた私」を認識している「私」が居るわけですから
よく考えると別に消えてないんですよね。

と言っても、この「消失体験」からは度々「私」は消えていきました。

そしてその度に「消えた私」を認識する「私」も居なくなり、「私」とは見ている景色であり、
聞いている音であり、感じている風であるという感覚になってきました。

駅前に立ってるだけで、まさに空が頭であり、胴体は駅であり、
腕はすき家の店舗で足はケンタッキー、アソコはカーネルサンダースみたいな感覚なのです。

そんな表現はあんまりだぜと思うなら、カッコつけて言うと「雨粒の音一つにも神を見出す」という
感じです。(カッコつけ過ぎ?)

結局今まで感覚として捉えてきたものに対し、ああだこうだ喚いていただけで、
本来の私はその「捉えているもの」そのものだったのであります。
「捉えているもの」を「捉える」事は出来ません、捉えようとする行為は
全て意味が無かったのです。


この段階に達してからは、全てが自分であったという驚異的な至福感を感じ、
あまりの至福感の前にもう願望とか何だとかが吹っ飛んでしまいました。

何故なら時間も含めた文字通りの全てが己の中に存在していたからであります、
未来も過去も無く、全て「今」が自分だったのです。
CMを見る度に何故かいつも「新発売」扱いだったケンちゃんラーメンになった気分であり、
願いとか望むとかって必要無い、何て馬鹿馬鹿しいんだろうと感じました。

こうなるともう、あらゆる事柄は完璧としか見えません。
全ては、全てを感覚として「捉えるもの」が創り出した幻想であり、
「捉えるもの」が居るからこそ幻想もまた創り出されます、最近よく出てくるルビンの壺と同じです。

さっきも書きましたが「捉えるもの」を「捉えようとする」事は出来ません、
ですから結局は在るがままになるしかないのです。
在るがままを邪魔するのが、「捉えようとする」思考なのであります。
「内側と外側に分離しているのはわかりましたが、色々と分離しているものが
認識出来て、逆に何やかんや考えて疲れてしまいます」というメールを頂きました。

この辺は非常に間違いやすいというか、見逃しやすいのですが
何やかんや考えるっつー事は、当然その思考・考えを「心の声」として処理しているわけ
だと思いますが、心の声=内なる声みたいにまったく疑いもせずに捉えてしまうと
話がややこしくなります。

昨日も書きましたが、まず一番簡単な分離は「私の身体」と「身体の外側に存在するもの」で
あります。で、次に簡単かつなかなか気付かないのが「私の心の声(内なる声)と
「外側から聞こえてくる自分の声、あるいは他人の声」
であります。

ここ最近の記事だと分離を解除して和解しようぜって話ですから
当然内なる声も外の声も区別はありません。
声は声であり、もっと言えば単なる音声であります、そしてもっと言えば音声を音声として
認識している何者かがいる
わけであります。

しかし内なる声はあまりにも普段から慣れ親しみすぎているせいか、
何故か別格扱いになっている事が多いのです。
内なる声は「自分の」声であると勝手に判断しているのですね。

さらに厄介なのはこの「内なる声」に導かれて神を見ましたとか
宇宙のパワーが降ってきましたとか鼻から仏像が出てきましたとかスピ系だとその手の表現
大変に多いっつー事ですね。

まあ文章で表現する場合はそうなってしまうのはしょうがないのですが、
「内なる声」と、その辺のオッサンのイビキと、初音ミクの歌声は、実際は全部同類なので
「内なる声」を別格扱いする必要はありません。

スピ系だと「内なる声」は真実を閃かせるみたいな印象がどうしてもあるんですけど、
そのような何か素晴らしいものを認識させる事はありません。

が、しかし。少しややこしいですがここにヒントみたいのが隠されているのであります。

素晴らしいものを「内なる声」で認識する、閃くという事は
逆に言えばその「声」を聞く前の自分は素晴らしくなかったという事です。

しかし本来の自分は最初から素晴らしいものなので、素晴らしいものが素晴らしさに
気付くのはおかしな話であります、ダイヤモンドはダイヤモンドの美しさを直接見る事は
出来ないのです。
前も書きましたが「右足で右足を直に踏めない」のと同じ事ですね。

なので、メソッド類をやればやるほど本質的なものから遠ざかって行くのです。
ナントカメソッドで「素晴らしい真実に気付きました!」という心の声、感動は
単なる音声であって別に素晴らしくも何とも無いのです。

心の声云々以前に、それを声として認識させているものが偉大で素晴らしいのです。
つまり宗教的に言えば何処にでも神は存在するという事です、それこそオヤジのオナラにも、
近所のババアの痰を吐く音にもです。

ややこしい話になりましたが、自分が聞いている音声や見ている画像に内も外も無い、
本当に素晴らしいのは声や音ではなく、それを聞いている、創り出しているものだと
いう事を知れば良いのであります。

まあ文章で書こうとすると「ナントカに気付きましょう」みたいに表現せざるを得ないんですけど。
前々回の記事で和解するのがどうのこうのという記事を書きましたが、
これは何も難しく考える事もなく、人や物、或いは感情に対し不安やイラっとするのは、
全てそれらと分離しているからであります。

簡単に言えば「私の身体」というモノを認識し、体の外側にあるものは全て「私ではない」と
なると、これは最も簡単な分離の感覚です。

前から酔っ払いのオッサンが近付いてきたら「外側から私の身体(内側)に変なオヤジが
接近しようとしている!いやあああああ!!」となるわけです。

ですから和解するとは文字通り内側も外側も無くすことであります、
と言っても自分からオッサンに近付いていって熱い抱擁をする必要はありません、
不安やイライラしたら、分離しようとしているのだと感じれば良いだけです。

最近ルビンの壺を例に出すと説明が楽なので、個人的に壺ブームですが、
前も書きましたがルビンの壺の向かい合ってる顔に対し「嫌だ」とか「不安だわ」と
なったら、それは真ん中にある壺を実は知っているからこそ嫌だとか不安だとかに
なっているのです。

何故なら真ん中の壺を意識的にせよ無意識にせよ認識していなければ、
向かい合っている顔は見れないからです。
マイナスに感じるものは、実はプラスを持っているからこそマイナスとして
認知出来るのです、
ですからあらゆるものに対し分離を止めれば良いのです。

前述したオッサンの話に戻すと「私は」酔っぱらいではない、「私は」オッサンではない、
「私は」あんな汚くない、とざっと思いつくだけでもこれだけ「私ではない」=分離が
出てきます。ただ単にこれらの分離に気付くだけで和解は成立であります。

これがもう少しスケールが大きくなると「私」の存在があるからこそ世界だの宇宙だのが
存在するという事になるわけですが、その辺は長くなりそうなので気が向いたら書きます。
初代、二代目とスルーしてきましたが、とうとうiPadを買ってしまいました。
デジモノ好きの知り合いが言うには「ただ単に解像度が上がっただけ」
だそうですが、確かに液晶画面は綺麗であります。

触ってみて思ったのが意外と重いという事ですね、動作じゃなくて本体重量ですけど。
まさかイザという時に武器になるほどの重さとは思いませんでした、
武器にもなるし盾にもなるのは、さすがiPadであります。

というわけでiPadから記事を書こう!と思いましたが、何となくタッチパネルの操作に
慣れないので結局普段使ってるPCからの投稿になり、それ以前に書くネタも無いので
内容も単なる日記と化してしまいました。

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