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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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潜在意識については以前のこれこの記事でも触れてるんですが、
私の潜在意識についてのスタンスみたいのは基本的には上記の記事でも
あるように「ぶっちゃけ全部潜在意識」というアバウトなものです。

潜在意識というのは全てを含めた塊みたいなもので、
その流れを一つ一つ分けて認識すると、時間等が生まれるのでは
ないかと思います。

例えば「123456789」という塊があって、それを1から2、2から3と
分けて認識していけば、1・2・3・4・5~といった「順番」という時間が
生まれますよね。

だから何なんだと言われると困るのですが、潜在意識というと
個人個人の中に文字通り潜在的に眠っている意識みたいなイメージですが、
結局の所、宇宙自体が何者かの潜在意識であり、その中に顕在意識という小さな
ものが前述したような「時間」の概念を作ったのと同じように、
「個人」という概念を形作っているのではないかと思います。

つまり個人というものは幻想で、本来は潜在意識が全てを司っているのではと
感じる次第であります。

で、一般的な概念などは、全て顕在意識からのものなので、
乱暴な言い方をすると全部無視しても問題は無いと思います。
ある願望を抱いても、結局「願望」っつーのも顕在意識レベルでの概念なので、
別にああだこうだ執着しなくても良いのであります。

例えば人文字は上空から見ないと何がなんだかわかりませんが、
潜在意識が人文字を完成させるために顕在意識に様々な概念を生ませていると
思えばわかりやすいかもしれません(?)

「花」という人文字を作りたいのに、草かんむり担当の奴が
ウロウロしてたら困るのであります。人文字に必要なのは全体の調和であって
個人個人が勝手にうろつき出したらいつまで経っても完成しません。
顕在意識のレベルで色々悩んだりしているのは「願望を抱いたけど、どうすんの、
どうすんの?」とうろついている状態と同じです。

全部潜在意識の意図というか、働きなので、全部潜在意識に任せれば良いのです。
顕在意識の立場でありながら、潜在意識の立場にもなるという事です。
もっと突っ込んだ言い方をするなら操り人形の立場でありながら、操っている本体の
立場を認識する
とも言えます。

何かやろうとかしたいとか浮かんだら、それは潜在意識が人文字を完成させるために
浮かばせたものです。つまり顕在意識レベルでは「願望」ですが、潜在意識では
「調和」
であります。潜在意識が調和を取ろうとしているのだからそれはそれで
放っておけば良いのです。

今回の内容は、実は二日前のこの記事と殆ど同じ内容なのですが、結局様々な言葉を使って
同じ事を言っているだけなんですよね。

顕在意識レベルでの「言葉」という概念だと、いかに堂々巡りになるかという
証明でもありますね。なので私がこのブログであんまり「神」だの「愛」だの
使わないようにしているのは、それらの言葉の持つ概念が、顕在意識レベルで
特に強烈な固定観念になりやすいからです。

まあだからといって「すき家の意志」とか使うのもどうなのかとは思ってるんですけど。
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今回は潜在意識云々について書こうと思ってましたが、
焼肉をご馳走になってついでに酒も飲んで半分酔っ払っているので、
書こうと思ってた内容の半分以上が頭からスっ飛びました。

多分思い出すと思うので次回予告としておきます。
なんかこのブログの更新を待って、いつも寝ないで起きているとかいうメールを
貰ったんですけど、そんなアホな事はしないで早く寝てくださいね。

寝ます
今回は自分でも何書いてるかわからないぐらい強烈な電波を発してしまいました。
しかし、理解できなくても何ら悩むことはありません。
「こいつは電波人間タックルだ」ぐらいにスルーすればOKです。

で、前回の続きですが「現実は内面の投影」だと言っても、無意識に見るもの全てに
色々レッテルを貼れば、結局それは真実ではありません。

ですから内面の投影云々というのは文章にするとそうなるっつーだけで、
実際に体感するというのはリアルタイムでは困難です。

以前の記事でも似たような事に触れましたが、結局は今、受け入れている世界の中で
認識できるものしか見えないわけで、その見えているものに対して色々リアクションを
取っているのが普段の状態です。

で、認識の原点みたいなのは以前の記事でも書いたように、我々が「人間の姿形」と
「人間社会」という世界を受け入れているからこそ、そのような世界で様々な概念を
作り出して、あれが叶ってないだのこれは叶っただの暴れているだけであります。

ですから「真の内面」にたどり着くには、我々が無条件に受け入れている「人間の姿形」と
「人間社会」という「箱庭」を、一旦ロケットで突き抜けなければならないのであります。
つまりお釈迦様の掌にいるのだと気付く事です。

ここからいきなり話が飛びますが、自分の認識していた「人の姿形をした”私”が居る人間社会」と
いう箱庭世界は、自分が文字通り何の抵抗も無しに受け入れていただけだったのだと気付くと、
その箱庭世界での認識が全て変わってしまいます。
もうエゴは狭い箱庭で喚いているだけの取るに足らない騒音に過ぎません。

今まで不変であると認識していた「人間の世界」が実は不変でも何でもなく、
「ただ単に自分が受け入れたからあった」というだけの物になります。
つまり「見ている世界」の重要度がどんどん下がっていくのです。

これが世界は不変なのだと思っている時なら、例えば失恋したり何か失敗をやらかした時に
それが大変な事のように思えてしまいます。認識している「人間社会」という箱庭では、
それは「良くないこと」だとされているからです。

箱庭から出てしまえば、もうそんなことはどうでも良いのであります。
箱庭世界の重要度が下がるからというのが大きいですが、
箱庭から出ると、箱庭全体に影響を及ぼせるようになるからです。

箱庭世界は「それを受け入れた自分」が創っただけですから、その「受け入れた自分」が
創った概念で成り立っているとも言えます。
つまり強引に言えば内面の投影と言い換えることが出来ます。

この辺は非常に文章化するのが困難なのですが、狭い枠の中で、その枠の中でしか
通用しない概念を用いて
「内面の投影でござる」と言ってもそれは本当に単なる概念として
言っているだけです。

枠の中から出る事で初めて「投影」だったのだと気付けるのです。
例えれば東映まんが祭りのキャラクターが、スクリーンから出てきた時に初めて
「自分はこのスクリーンに投影されていたのだ」とわかるような感じです。

今回は簡潔にまとめるつもりが何やらスケールの大きい感じの理解し難い話になってしまいましたが、
実際気付いてしまうと当たり前過ぎて拍子抜けするかもしれません(当たり前過ぎる事で却って
感動するかもしれませんけど)

まあ東映まんが祭りも「今年の夏は豪華三本立て!!」とか言っといて実際は
ショボイ番外編みたいな30分ぐらいで終わる奴を三本並べただけってのが多かったんで、
その辺は似てるって言えば似てますね(笑)
「現実は内面の投影」というのはこのブログでもよく出てくる言葉ですが、
実際にこれを実感するのって意外と難しいというか、なかなか気付けないものです。

まあ一番わかりやすいのが恋愛の初期ですよね、「世界がバラ色に見える」とか
「あの雲が君の顔に見えるよ」とか、そんなわけねえだろって感じの現象(?)が展開されます。

それとは逆で恋人と別れた時とかは世界が灰色に見えたりしますよね。
結局強い感情が伴った方が思考が邪魔しないので「投影」ぽいものを認識しやすいとも言えます。

が、実際の所は「現実は投影」というのは思考による後付であって、真実ではありません。

「現実は投影なのよね」という思考で世界を見ると「じゃあ何で目の前の信号は赤なの」とか
「どうしてオッサンが裸で踊ってるのかしら」とか「いつの間に東映まんが祭りって
やらなくなったの」とか次々と思考によってラベリングされた世界を見ることになります。

まあ上記の部分だけ掘り下げれば、「現実は投影云々」という「思考」を反映し、
世界の色んな物に色んな思考をくっつけて世界を創ったのだ、とも言えます。


でもそれも「言われてみればまあそうかもしれないよね」という話であって、
色々思考している最中に投影云々を実感できるようなものではありません。

結局、思考で追いかけると真理は逃げていってしまうのです。
以前の研ナオコがテレビに出てるからどうしたこうしたとか、願望が叶ってるかどうか
証拠探しをしないとかも、一言で言えば「いちいち思考すんな」という事になるのですが、
次回はもう少しこの辺を追求していこうと思います。
この前は何故か埼玉の大宮限定となっている「グランドキャニオンバーガー」と
「ブロードウェイバーガー」を食べましたが、今度は何故か戸田~川口限定で
「ハリウッドバーガー」なるものが限定販売されているようであります。

で、わざわざ戸田まで行って食べてきました。私もヒマですね。

実は彼女に「一緒に食いに行こうよ!」とメールしたのですが、
返ってきたのは「勝手に行って来いよ!」という冷たい内容だったので
一人で寂しく戸田市役所の近所のマックで食ってきました。

この「ハリウッドバーガー」は得体のしれない緑のソース(?)がポイントのようで、
洋風月見バーガーといった感じです。ただハリウッドという名を冠している割には
小さくまとまってしまっている感もありますね。

で、ここから昨日の記事の続きに強引に持っていくのですが、
ハンバーガーを手で掴んで食うという行為は、第三者から見れば我々が人間の形を
しているから出来る事であります。

一体何者が人間フォルムを与えたのでしょうか。「ハンバーガーを手で掴んで食べる」という
願望を叶える事の出来る人間フォルムを与えてくれた者に、全て委ねてしまえば
良いのであります。

これはヒジョーに感覚的なものですが、全ての創造の原点に気付けば、
願望というものの真実に近付く事が出来るかもしれないです。


まあハンバーガー食いながらそんな小難しい事考えてもしょうがないんですけどね。

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