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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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今回はスピリチュアルもクソも関係無い話なんですが
昨日、YouTubeで「川口浩探検隊」シリーズの動画を
メチャクチャ懐かしく見てたんですよ。
私はこのシリーズが放送されていた時はまだ幼稚園
だったと思うんですが、当然ながら川口浩はガチだと
思っておりました。

川口隊長と隊員達の真剣な表情、そして故・田中信夫氏の
緊迫感溢れるナレーション。これは誰が何と言おうと
ガチです。
やはり「探検」「冒険」という言葉はいつの時代も
少年の心をくすぐるものであります。

すっかり川口隊長にハマった純粋な少年だった私は
川口浩は世界的な探検家であり、世界中の謎に挑んで
いるんだと小学校三年生ぐらいまで本気で思って
いました。
当時まだ健在だった祖父に「川口浩?ありゃ俳優だよ」
と言われた時の衝撃たるや言葉では言い表わせません、
あれで私は世の中にはエンタメというものがあるんだと
学んだ気がします。

で、前置きが長くなりましたが探検隊で思い出した話で
私が子供の頃に読んでた怪獣図鑑みたいのに
「広島の比婆山に実在する獣人ヒバゴン」てのが
あったんですよ。

( ゚Д゚)おおー!日本にも雪男みてーのがいるのか!?

と興奮した少年時代の私はいつかヒバゴンを見つけようと思い、それから15年ぐらい経った学生時代の頃に
マジで比婆山に突撃した事があるんですが、
当時既にヒバゴン騒ぎがほぼ風化してて、結局広島旅行を
しただけで終わりました。

しかしながら収穫もあり、県道を歩いていたオッサンに
「ヒバゴンを知っていますか?」と聞いた所、
「あれはちょっとイカれちゃった浮浪者だよ」との
貴重な証言を得たんですよ。
何でも近所ではヒバゴン騒ぎ以前からそこそこ有名で、
木に登って奇声を発したりしている事もよくあったとか。

まあ確かに私が小学生の頃にはいつもすごいスピードで
自転車漕ぎながら大声で喚いて、ガキ共から通称ターボ
呼ばれていたオッサンもいましたが、
昔は軽くイッちゃってるような人でもその存在を地域社会
が受け入れていた感はあります。
今は即通報されるでしょうからこの手の人は全く
見なくなりましたね。

ヒバゴンも地域社会と微妙に共存しつつ、
ひっそりとその姿を消していったという事ですね。
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「この世界は自分が見ている夢で本当は自分一人しか
いなくて、孤独に夢を延々と見続けているだけでは
なかろうか」
的なメールを頂きました、
ありがとうございます。

まあ夢を見ているようなもんだというのはその通り
ですが、自分一人というのが微妙に違います。
これは寝ている時が実は本体、と考えれば良いと
思います。

寝ている時というのは純粋な意識であって、そこに
他のものは存在しません。

で、起きると自己とか他人とかの概念が現れて何やかんや
始まるわけですが、これは全て意識に現れる概念なので
孤独に夢を見続けている自己というものも、
やはり概念であります。

言い換えれば眼球は眼球に映るものだけを見ている
わけで、眼球そのものは見ることは出来ません。

そして眼球に映るものは眼球が無ければ見ることは
出来ませんが、だからといって映ったものが眼球では
無い
のと同じです。

眼球に孤独だとか夢を見続けているとかが映ったと
しても、それによって眼球が破裂したりする事は無く、
それらは眼球の敵では無いわけですね。

ですから実は何かに脅かされるという事は無いので
あります、眼球に映るものが眼球に何の被害も与えない
のと同じで、最初から敵が存在しない、文字通りの
"無敵"がデフォルトです。
何故か隠れたファンが一定数いる当ブログの皇族ネタ
ですが、眞子さんも御結婚されてもう皇族ネタも尽きた
やんけと思ってたら秋篠宮家のご長男にして皇位継承者
である悠仁君が筑波大附属高校に合格したとの事で、
とりあえずおめでとうございます。
というかもう高校生であらせられるんですね。

私は最初「筑波?茨城かよm9(^Д^)プギャー」とか
言ってたら嫁さんが「何言ってんのアンタの偏差値の
倍近いわよ」
とか言うので検索したら偏差値78とか
メチャクチャすごいじゃないですか(しかも住所が東京都)
基本的に私みたいな中高大学と常に低偏差値の所で
遊んでた人間は他の学校の住所も偏差値も知らないん
ですよ、興味無いんで。
中学の時は〇〇中の奴らは喧嘩強いとかは気にして
ましたけど。

ネットだと一部では皇族なので特権で何だかんだで
最初から合格が決まっていたみたいに言われていますが、
そもそも何で悠仁君はこんな高偏差値の所に行こうと
思ったんですかね?眞子さん騒動で国民の気持ちが
離れつつある皇室を憂い、下民とはいえ超一流の頭脳を
持つ御学友たちを率いて再び大日本帝国を復活し、
その頂点に君臨するとか壮大な野望があるのかと
思いましたが何かあまりそういうキャラにも見えない
ですし、大体こういう所に行く子って東大行って
官僚とかが多いと思うんですよね。

なので皇位継承者がわざわざ行く意味があまり感じられ
ない気もするんですが、大体皇族ってそういう東大卒とか
のキャラ付けを後からするもんじゃないと思うんですよ。
これも眞子さんが皇族のキャラをある意味崩壊させて
しまったので慌てて悠仁君はエリートキャラで行こうと
いう方針になったんですかね。しかしながらそういった
キャラ付けで結局一番苦しむ事になるのは悠仁君だと
思うのですが。

これで悠仁君が開き直って「俺は皇族初の東大卒
超エリート様や!天皇なんて頭使わん仕事やってられるか
ボケ!」
とか言い出したら面白いんですけど。
「認識が変わるなり何なりの経験をするのは若い頃の方が
良かったとかありますか?」
みたいなメールをいただき
ました、ありがとうございます。

これはあんまり年齢とか関係無いですね、
映画のスクリーンに映っているのが若い役者だろうが
爺さんだろうがスクリーンにはあまり意味が無いのと
同じですね。

ゲームでもキャラクター達の動きや声は全てゲームの
プログラムの中に入っているわけで、登場人物たちの
会話も経験も全てゲームの中での自作自演とも言えます。

なので何かを経験するというイベントも、結局は
ゲームの中のものであり、経験をする個人というのは
何処にも居ません。

言い方を変えれば境界が無いという事ですね。
ゲーム機はプログラムの上で自分のキャラとその他大勢、
それ以外のものという感じに境界を設けて常に分けて
いますが、境界が無くなれば全て同じものになります。

逆に言えば輪郭が無ければ物の形がわからないのと
同じで、境界を設けるからこそ意識は現れるという事です
、つまり全てが意識の輪郭です。

そしてこのように映画のスクリーンだのゲーム機だのと
いつもおなじような屁理屈を述べる当ブログも、
やはり意識の輪郭です。

このブログがネットに現れる約11年前からもブログという
輪郭を現す前の意識は常にそこに在ったのであり、
誰かが産まれる前も、そして死んでからも意識は
常に在り続ける
のであります。

なのでこのブログは実は人類誕生の前から存在したとも
言えるんですよ、すごいですね(?)
自由意志がどうのこうの、と当ブログではたまに書いて
ますが、自由意志が無い云々だと「では私が今感じて
いる不安や恐怖もなる様になるしか無いのか?」
みたいな
メールをたまに頂きますが、これは以前も書いたかも
しれませんが実は既に質問の中に答えが現れているので
あります。

どういう事かというと「不安や恐怖を感じる」という事は
それらを押さえ込めないという事ですよね?
であるならばその時点で自由な意志は無いのであります。

何故なら意志が自由ならば意志の力で押さえ込めるはず
だからです。にも関わらず押さえ込めないという事は
元から自由な意志が無いから、という事になります。

つまりこれがわかれば自由意志というものも
単なる概念であり、自由意志と言う名の束縛から
離れる事が出来るわけで、それこそが本当の自由で
あります。

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