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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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何かしら心配事がある場合、それに(心配事に)気付いているものに
気付けば、心配事は解消されます(何か日本語が変)

つまり 心配事←←←気付いてる何か であります。

「気付いてる何か」は別に心配していないので、心配事は無くなりました。
心配を無くしたいという願望は、まさに光より速く実現しました、
おめでとうございます。

何度か書いていますが、そのうち心配事と気付いている何かという区別も消え、
全ては一つになります。

が、ここで出てくるのが「心配事と一緒になったら結局心配事ってあるんじゃないの?」と
いう疑問であります。

しかし、心配事とは「架空の自分」が心配しているのであって、
架空の自分は文字通り架空なわけですから、架空の自分が関わる事は
全てフィクションです。

つまり見ているもの、感じているもの、触っているもの全てがフィクションであります。
夢を見ている時も、夢の中のモノは全てフィクションです。
以前「覚醒している時も寝ている時も、結局は同じ」的な事を「それ行けAさん」で
書きましたが(あれ、そういやAさんてどこ行ったんだろう)文字通り同じなのであります。

ですから都合の良い事も悪い事も全て受け入れるという事が
肝心で、「架空の自分」を救うためにああだこうだするのは
いい加減止めるべきなのです、ただ単に視点を変えるだけです。
いわゆるセルフヘルプ(?)的なメソッドやおまじないでは、
何十年経っても何百年経っても、救われるわけないからです。

なんで救われないかっつーと、救おうとしているのは「架空の自分」
なので、救うべき対象が実は存在しないからですね。

「全て受け入れる」「アンタ、救われないよ!」と書くと、
もしかすると発狂する人が出るかもしれないので表現を変えますが、
ゲームに例えればゲームの中のスーパーマリオは架空の存在なので、
マリオを救う事が出来ないのであります。

カメに当たればやられるし、穴に落ちればやり直しです。
これらの事をプログラマーが受け入れなければスーパーマリオ自体が
成り立ちませんよね。カメに当たっても平気で、穴に落ちても死なないマリオは
ゲームとして成立しません。

つまりマリオにとって(架空の主人公にとって)都合の悪い事は
プログラマーからすればゲームが正常に動いている事の証明なのであります。
もちろん都合の良い事も、正常に動いている証明です。
そこに良い悪いはありません、「正常に動いているから完璧」だけです。

全て受け入れる事で、起きている時も寝ている時も、常にそこに在る
本来の自分に還る事が出来ます。

本来の自分は全て完璧なので、結局何もしないっつーか何も出来ない。
ただそこに在るだけ、ただそれだけです。
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