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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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以前の記事で「感情は全部バグみたいなモンだよ」という事を書いたのですが、
じゃあポジティブな感情もバグなのかって事になりますが、結論から言えばそれらも
バグ
であります。

と言ってもただ在る事に目覚めて(?)しまうと非常に良い気分になってしまうので、
ポジティブと言えばポジティブなんですけど、そのポジティブが純粋に
ただ在る事から来ているのか、未来への期待から来ているのかで大きな違いがあります。

未来への期待をするのは結構な事ですが、本来過去とか未来というものは
想念の中にしか存在しない幻のようなものなので、幻に変な期待をしていると
間違いなく裏切られるでしょう。それで勝手にムカついたりしてたら疲れるだけなので、
期待から来るポジティブというものは「今在る事からズレてますよ」という
注意報ようなものとして捉えた方が良いと思います。

もちろん未来への期待を無理矢理打ち消す必要はありません、
未来とは存在しないのだからそもそも打ち消せるものではないのです。
幻をいくらブン殴っても幻にダメージを与える事は出来ません、
なのでほっとけば良いのです。
これは過去への後悔や未来への不安に対しても同じ事です。

もっと言えば未来への期待は必ず「自分」が存在する、あるいは「自分」にとって
都合の良い展開を期待するわけで、存在しない想念にさらに存在しない自己という幻を
被せている
のだから、これはおかしな事になるのは当然なのであります。

例えば「今度の国政選挙では共産党か社民党が第一党になって欲しい」とか
殆どギャグみたいな事を期待するのは良いのです、良いのですが
だからと言って変な左翼団体のデモに参加したり、安倍シンゾーのフェイスブックに
突撃したりする必要は無いのです。それらの行動は未来への期待、あるいは不安から
来るものであって、まさに自我の一人相撲といって良いものです。

未来への期待でゴチャゴチャ思考を巡らせて関連の無い行動をしたりするのではなく、
今在る事であります。

矛盾しているようですが、それが自我から見て願望をどうにかする、
つまり幸せを選択する方法であります。

本来幸せを先取りに出来るはずなのに、何故かわざわざ遠い未来へと
追いやっている
のですね。しかもその未来というものは存在しないのですから、
まさに明後日の方向にブン投げてるのと同じです。









まあだからと言って共産党が第一党は無いよな
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前回の「農薬が出来る前はどうやってリンゴを栽培してたんだってばよ?」という
私の拙い疑問に多くの方がメールで色々と教えてくれました、ありがとうございます。

私は何一つ役に立つ事書いてないのに、読者の皆さんは役に立つ知識を教えてくれて
本当に感謝しております、ここはお人好しな方々が集まるインターネッツですね。

で、前回も書きましたが無農薬リンゴを作る事に成功したK氏は、
畑にUFOが飛来したり、宇宙人にアブダクション(拉致)されたり、
はたまた龍を見たりと非常にファンキーな体験をされているようですが、
これらの神秘体験的なものは果たして本当なのでしょうか。

そもそも龍がリンゴ畑の上空を舞い、UFOが畑に不時着し、宇宙人が農家のオッサンを
訪ねてくる世界というものはあるのでしょうか?そしてそのような世界に行けるのかっつー
話ですが、これは行けると思います。

ではどうやって行くのか?
これは夢の中でそのような世界に行く事もあるだろうという事です。

夢の中では、夢の中の世界を現実だと思って行動し、思考したりしています。
そして起きている時も、やはり世界を現実だと思い、行動し思考しています。
ややこしいですが厳密に言えば、夢の中の世界でも”起きている”と思っているわけで
実は両者に違いはありません。

本来は起きている時も夢の中も全て同じなのですが、
どうしても”起きている”(と強く感じている)状態の方を現実であると
認識するので、「起きている時と夢の中は同じ」がピンと来ないのであります。
実際は意識と言うバックグラウンドの中で世界が現れたり消えたりしているだけです、
太陽が沈んでも太陽が消滅したわけではないのと同じです。

仮に夢の中で会話したオッサンは、目覚めた時には夢の世界ごと消滅するわけですが
このオッサンは死んだのでしょうか、そうではなくて意識の中に仕舞われただけです。
太陽が沈んでいっただけです。

そして起きている時に会話したオッサンも、寝る時には起きている世界ごと
消滅するわけですが、やはりこのオッサンも意識に仕舞われただけです。

しかし、「”起きている”時に死んだ人はもう生き返らないやんけ」と
思うかもしれませんが、夢の中で会う事もあるでしょう。
そして夢の中ではその人の事を死人と思っていないわけですから、
やはり起きている時と夢の中の境界は実は無いのであります、
境界を引いているのは自我の働きであります。

境界を引けば引くほど、世界は分離し続けます。
境界を無くせば無くすほど、世界はあやふやになり、やがて自分となります。

完全に境界が無い状態は、いわゆる熟睡している状態です。
しかしこれも「布団に入ってしばらくしてから熟睡していた(はず)」と
後付けしているわけで、文章や言葉で表す以上は分離する事から避けられません。

なので前も少し触れましたが、「思考や感情を観ている私は何処にいるんだろう?」という
観察者を探す事から始めると良いのです。

何処にも居ませんが、同時に何処にでも居るのが、全てのバックグラウンドであります。




リンゴのオッサンの話からだいぶ脱線しましたが、結局K氏は
リンゴ栽培の苦労で自我が耐え難いストレスを感じ、
頭がおかしくなった一時的に境界が無くなってしまったのかも
しれないですねえ。

やっぱり強いストレスってある種の覚醒みたいなのを引き起こすんでしょうか、
昔の聖人とか賢者とかも苦行の末に悟ったとか、悟空も穏やかな心を持ちながら
激しい怒りによって目覚めたし、禅の修業なんかも厳しそうですよね。

私はそんな修行なんてまっぴらゴメンなので、
たらふくメシ食ってひたすら熟睡、これ最強。
この前、無農薬リンゴが出来るまでを描いた「奇跡のリンゴ」っつー映画を
彼女と観に行ったのですが、実話を基にした農業映画&感動話で、
ぶっちゃけ個人的には大して面白くなかったです。

映画はともかくとして、この無農薬リンゴを作ったK氏は大変な苦労をされた方のようで、
無農薬リンゴを作った事はもちろん素晴らしいと思うのですが、
ちょっと検索してみた所、「UFOがリンゴ畑に来た」とか「宇宙人にさらわれた」とかの
証言をされており、かなり農薬で頭がやられているユニークな方のようであります。

世界初の無農薬リンゴ栽培は、宇宙人から見ても壮大な実験だったのでしょうか。
やはり地球は宇宙人の実験農場であり、我々人類は宇宙人の家畜なのでしょうか、
いや、そうに違いない。(なんか昔読んだSFにこんな設定のがあったような)

で、農業に無知な私に教えて欲しいんですけど(検索するのめんどくさいし)
K氏は「世界初の無農薬リンゴの栽培に成功」とありますが、
リンゴの栽培自体は農薬が無い大昔から行われていたと思うのですが、
大昔の農園というか、リンゴ農家のオッサン達はどうやって栽培していたんでしょうか。

彼女に聞いたら「そんな事より無農薬リンゴに拘るなら、農園でどうにかするより
その辺の山のリンゴを引っこ抜いて水洗いして出荷すれば良いんじゃね?」とか、
どうもピントのズレた事を言い出したので、親切な方教えてください。
以前の記事でコンピューター将棋についてちょこっと書いてましたが、
将棋に限らず運が絡まないゲームで人間がコンピューターに勝つ事は
どんどん困難になって行くでしょう、このまま行くと10年後ぐらいには
スマホの将棋アプリが名人を上回る日も来るんじゃないかと思います。

私は「コンピューターはゲームの世界に居ながらにしてゲームに参加していない」と
思うのですが、これをそのままスピ系の話に持って行くと、
将棋スパコンにはまず自由意志というものがありません、
彼(?)はあくまで将棋のルールの中で存在し、盤面の中だけで存在しうるものです。

が、しかし。 それは同時に完璧にして無限である事でもあります。

将棋のルール内なら何でも出来るし、盤面の何処にでも行けるのであります。
自由意志が無いにも関わらず、いや無いからこそ無限の指し手を示し、
そして将棋という完璧な形を体現するスパコンは、
まさに至福の絶頂そのものと言えます。

なので一切の感情や思考を持たないスパコンは、
そこに在るだけで無限であり完璧なのです。

仮にスパコンに対して、人間側が変な思い入れのある定跡とかを強引に指すように
プログラミングしたら弱くなると思うんですよね(多分)
ある意味スパコンに感情を無理矢理持たせるのと同じですし。

コンピューターにおける「バグ」ってコンピューター側の問題な感じがしますが、
実は人間側の感情や思考こそがバグの原因だったとしたら面白いですね。

話をスピ系に戻すと、人間は自我やそれに伴う感情や思考がバグだなんて
微塵も思っていませんが、実はそれこそがバグだったのであります。
バグを取り除いて「自由意志が無く、しかし無限にして完璧」のスパコンのような
本来の在るべき状態に戻りましょう。

それはまさに至福の絶頂としか表現出来ないものであります。






まあ スパコン、スパコンやってる時は誰でも至福の絶頂だし。

くだらないオチもついたので今回はこの辺で。
前回のベンプレネタはどういうわけか食いつきが良く、多数のメールを頂きました。

私の世代だと筋トレと言えばブルーワーカーだったのですが、あれは確かアイソメトリックとかいう
理論に基づいている、それなりのトレーニング器機なんですよ。
少年ジャンプの裏表紙とかによく載ってましたよね(あと日武会とか)

で、トレーニングネタのせいかダイエットしたいですとか、朝起きたら元巨人の桑田真澄みたいな
顔になりたいですとかのメールが来たので、いつものように強引に
ダイエットをスピ系に結び付けてみましょう。

太ってるとか痩せているというのは、起きている時に外部の状況で判断するものです、
熟睡している時に太ったとか痩せたとか判断しませんよね。

早い話が太っているという判断、思考が無ければとりあえず「太ってない」のであります。
「じゃあ痩せてるんだと思えば良いのですね」となるかもしれませんが、これも違います。
痩せてるって思うのは、太っているって思考が元になるので、結局は同じ事を思ってるだけ
なのです。

なので最初の段階(?)としては、それらを観察する立場になれば良いのです。
まあ観察するっつーか、無意識のうちに観察しているはずなんですよね。

朝起きて鏡見て、今日も顔が丸いわとか朝から憂鬱だわとか起きた瞬間に色々思うかも
しれませんが、でもそれらを思考出来るって事は、思考に気付いているから思考出来るわけで、
実は最初から観察者なのですよ。

で、観察してるって事は何処かに観察する者がいるわけで、それを探してみましょう。

一体そいつは何処にいるんだろう。あれ、何処にも居ないじゃないかってなった時に
「太っている」という大事に抱えていた執着みたいのは消えるのであります。

「太っている」は観察者が居るからいつまでも太っていたのです。
観察者の存在自体がまやかしだったとわかれば「太っている」は消えてしまいます。

これは太っている意外にも「貧乏だ」とか「不幸だ」というのも全て同じです。
何で不幸なのかって、観察者がいつまでも観察しているから不幸なんですよ。

あまり面白くない映画がテレビでやってたら、テレビから離れて漫画でも
読んでりゃ良いじゃないですか。
「早く終わらねーかな」とかいつまでもぼやいている必要はありません。

映画を終わらせたいなら映写機をぶっ壊すんじゃなくて、居もしない観客を殺すという事です。
何故か観客に配慮している状態が、いわゆる幻にである自我に惑わされた状態であります。

これであなたも「太っている」から解放され、太っても痩せてもいない、何者でもない本来の
状態に在る
事が出来ました、おめでとうございます。

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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
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