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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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スピ系だと執着を無くすとか何だとか言いますけど、
執着は渇望を生み苦悩を生み出す元であります。
だったら執着なんてしない方が良いんじゃねって事です。

と言っても執着を捨てようとかって無理、と感じる人も
居ると思いますが、実は一切の執着が無い状態に簡単に入れる
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というのは冗談で、一切の執着が無い状態、それは熟睡している時です。
熟睡している状態で、願望だ悩みだ何だと執着はしません。

以前も書きましたが、起きている時、夢を見ている時、熟睡している時は
全て同じです。熟睡している時は執着しないのに、起きている時だけ何故か
執着するという事は、その執着は幻という事であります。

執着が確固たる本物、その執着は私であると言うなら
熟睡してても執着していなくてはなりません。
しかし熟睡すると消えるものは、どんなに熱望していようが
愛していますとか唱えていようが、その程度って事です。

つまり自我が認識している殆ど全てがその程度の価値しかない、
これは逆から言えば本来の自分からすれば「あらゆるものに執着しない」
状態がデフォルトであるという事です。
そしてそれは既に満たされた至福が本質であるという事でもあります。

前も書いた「行為ではなく状態」とはこの事でもあります。
こうなってしまうと、もはや抵抗も執着も無く、望んだものは
勝手にやって来ます。望んだものというと語弊がありますが、
勝手にやって来るモンはしょうがないって感じです。

しかし、もはや「満たされている」ので自我が喜んだりはしないのです。
というより、満たされた本質に気付いた時点で幻である自我は
文字通り幻に帰るので、喜ぶ者は何処にも居らず、ただ本来の自分が
在るだけ
なのです。
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覚醒体験とか至高体験とかよくありますが、これも昨日の話の流れで行くと、
体験者(経験者)の立場からだと結局は足かせみたいになると感じます。

こういった体験は私自身もかなり前の記事とかでちらっと書いてますし、これ以外にも
何だかすごい体感と感動を伴う体験みたいのはある事はありますが、
こういった体験ってスピ系に興味のある人からすると「すごい、素晴らしい」って
なるかもしれませんが、まるでそういうのに興味の無い私の彼女みたいな人から
すると、「モルダー、あなた疲れてるのよ」みたいな一言で終わりだと思います。

数年前、至高体験ぽいのを感じた後に彼女にその事を話したら、
彼女は黙って精神科の病院を検索し始めました(マジで)

ここで私が「病気なんかじゃない、これは人類の新たなステージへのアセンションで
何たらかんたら」と言った所で興味の無い人からすればキ〇ガイの戯言なわけで、
やはり「経験者」は「経験」によって傷付けられるのです。(このブログなんて全部戯言だろ!
という的確なツッコミはこの際無視します)

まあ私の場合は別に覚醒でも何でもなくリアルで病気だったか、単なる飲み過ぎ
だったんでしょう。

どんな経験にせよ経験を特別視するのは、経験と経験者という分離を起こすので
変にそういったものを求めるのは、ある意味デンジャラスなのではないかとも思います。

結局どんなに素晴らしいビジョン、感動が湧き上がっても、それを見ているという事は
既に分離
なんですよね。

私の場合は「あるべきものが、やっぱりそこにある」というのを実感した時が
ある意味一番感動したんですが、気付きというものは大変にシンプルなのかもしれません。
まあ偉そうに言えた義理じゃないですが。
内容的には昨日の続きっぽくなりますが、そもそも何で常に不安や苦しみを
抱えている人が多いかというと、経験者という立場にいるからであります。

経験者という立場にいる以上は、様々なものからボコボコにされることは避けられません。
少しややこしいですが例えば犬に吠えられたら、「吠えられた」という経験に基づいて
経験者は快や不快を感じるわけで、その快や不快に基づき様々な行動を起こします。

ぶっちゃけて言えば「自由意志が無い」事を実感出来ないのも、この「経験者」が
妨害しているのです。
経験に基づいて動いているのだからこれはアタクシの意志だ、と思うわけですね。

「経験」は「経験者」を常にフルボッコにするのであります。
あるメソッドをやっても効果があったり無かったり、自由意志が無いと聞いて不安になったり
喜んだり、わしゃもう疲れた、となるわけです。

しかししかし、今度はその「もう疲れた」を経験者として捉えると、今度は「疲れないように」
新たな終わりなき旅へ出てしまいます。

前述した「経験は、常に経験者をボコボコにする」とはこういった事です。
しかしながら「経験と、それを経験している私」は感覚としては余りにも当然過ぎる感があり、
この分離に気付くのは意外と困難です。

ですが、考えてみれば経験とは経験者が居て初めて経験となります。
つまり経験を評価し、経験者という自我が生まれるのであります。

しかし自我は幻であります。とすると今まで見たり聞いたり感じたりした事は
全て「単なる現象」であり、それを批評する経験者は居ないのですから
全てを「受け入れてしまう」"状態"が実はデフォルトなのです。

そしてそれら受け入れたものを経験する者が居ないのですから、
結局あらゆるものは全て自分だったのであります。

で、話がいきなり下ネタになりますが、これはぶっちゃけヤッてる時と同じです。
アダルトビデオを集中して見たり、ヤッてる時は、何処にも経験者は居ません。
あるのは快楽と至福だけです。ダイレクトに「経験」は存在しますが経験者は居ません。

創聖のアクエリオンでも合体すると気持ち良いとか一万年と二千年前から愛してるとか
言ってたじゃないですか。様々なものを分離してきた経験者が居なくなった今、
一万年と二千年前にヤッてた経験はイコール自分ではないのでしょうか。
八千年過ぎた頃にヤッてたのも自分ではないのでしょうか。
一切の経験者が居なくなり、実は生きてもいないし死んでもいない永遠こそが
自分ではないのでしょうか。



下ネタからどんどん話のスケールが大きくなりましたが、話が膨らみ過ぎるのもアレなので、
とりあえず合体最高という事で今回は終わりです。
「自分は、実は存在しない」というのは難解で、これを理屈で捉えると大変に迷います。
例えば「自分とは知識や情報の集まりであってうんたらかんたら」というのは
半分は正しいですが半分は間違っています。

スピ系に限らずあらゆる知識の厄介な所は、「経験者」という概念を生み出す事です。
「自分が居なくてどうのこうの」と聞くと、必然的に「それを経験したい、
しなくてはならない、経験者になりたい」と思ってしまいます。

まあこれはよく考えなくても当たり前の事で、経験が有るからブログだ何だに
書く人間が出てくるわけで、それを読んだ人が同じような経験をしたいと思うの
当たり前ですよね。

しかし、この「経験者」は曲者であります。
何かを経験するとは、それを経験する前と後が必要になってきます、
つまりどうしても「経験する私」と「経験」が分離します。

「私は居なかった」なら「私の不在に気付く前のアタクシ」と「私の不在に気付いた後の
アタクシ」が必要なのです。

以前、「全ての行為は分離していくだけ」みたいな内容の記事を書きましたが、
まさにありとあらゆるメソッドの類いがこの罠にハマります、というよりハマらざるを
得ないのです。

そして皮肉にもメソッドを行う事による「経験」体験が分離を起こし、
苦しみを生むのであります。「経験」とそれに伴う「経験した私」の境界線で戦いが
起こるわけです。
「実践した(という経験)」と「実践したけど何かしっくり来ない私」が
原因で苦しむわけです、これは仮に「実践してうまく行った」場合でも今度はその
「成功した経験」を追いかけるので同じことです。昔から争いは領土の境界線で起こると
決まっているのであります。

この苦しみを終わらせるには、「経験者」が居なくなれば良いのです。
というより最初から経験者など何処にも居ません。
あらゆる経験は経験であって、ただそれだけです。

炎が燃えていても炎があなたであって、炎にビビる、苦しむという「経験者」は
居ないのです。「経験者」である事を止めましょう、すぐに苦しみを経験している者は
消え去ります。

で、話が戻りますが「私が居ないのを体感したい」なら何をやっても良いし、
何もしなくても良い
のです。何故ならその「経験」を通じてあれやこれや騒ぐ
「経験者」は最初から居ないからです。
あけましておめでとうございます。

修行の旅(?)から帰って参りました。
旅と行っても、元旦に出発して適当に国内を
プラプラしてただけですけど。

全然関係無い話ですが、去年は久々に紅白を
家で最初から最後まで一人で見ていました。

で、初めてももクロZをまともに見たのですが、
赤い衣装の女の子がすごい海老ぞりジャンプを披露しており、
なんだかカッコイイと感じた私は、紅白が終わってゆく年くる年
始まってから、ちょっと海老ぞりジャンプに挑戦、
勢いつき過ぎでタンスに蹴りを入れてしまい、新年早々タンスの一部を
破壊してしまいました。

まさかこの年になってももクロの真似してタンス蹴り壊したとは
周りの人間には言えないので、何か良い言い訳は無いでしょうか。

というわけで波乱の幕開けですが、今年もよろしくお願い致します。

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自己紹介:
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