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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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「動物と話したい、意志の疎通がしたいのですが」という大変にブッ飛んだ興味深い
メールを頂きました。

私自身は別に動物と話がしたいとかは考えたこともないですが、
「私」が消えていく過程において他の人の「意志」のようなものが直感的に
自分の中に入ってくる経験
は結構あります。
ダイレクトに相手の意志が入ってくるような感覚と言えるでしょうか。

相手が喋る前に大体相手が言うであろう内容がわかる感じですね。
たまに彼女が私の家で晩飯作ってくれる事があるんですけど、
彼女が玄関に入った瞬間に「今日はカレーにするわ」と言うのがわかったりとかですね。
まあその後に「スーパーでジャガイモとか肉を買ってこい」と言われるのもわかるんですけど。

カレーの予定のくせに何で買ってこないんだ、気が利かないボケ女め、と言いたいところですが
それを言うと意志がダイレクトに伝わるどころか、石が顔面にダイレクトに食い込みそうなので
何も言わずに買いに行きます。

単なる勘と言ってしまえばそれまでの与太話ですが、
これを極めれば、もしかしたら動物とのテレパシーによる意志の疎通みたいのも
可能かもしれませんね。

動物園に行って動物たちと会話するのも楽しいかもしれません。
まあライオンとか象に「パンダばっか人気あってムカつくんだよねー」とか
延々愚痴を聞かされたりしたらたまったもんじゃないですけど。
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今回は本当にどうでも良い話です。

私は毎年バレンタインには全盛期の光GENJI並みに多くの女性から本命チョコを
頂いて、いつも鼻血ブーになって困るのですが(完全にウソです)
何だかんだでこの時期は恋の話に花が咲くようですね。

で、バレンタインと大して関係無いのですが、このブログからもリンクさせてもらっている
もろこしさんの痔愛ならぬ自愛ブログの記事で紹介されていた「豪雪で童貞卒業した」という
2ちゃんねるのスレッドをヒマなので読んでいました。 

内容はスレッドを立てた方の経験した感動の恋の話っぽいのですが、性格の悪い私は
この手の話は全部創作に決まっていると決めつけて、所々ツッコミを入れながら読むクセがあります。

まあこのブログもツッコミ所だらけなんですけど、そこはまあ、スピ系なんてオカルトだろっていう
言い逃れが出来るので何とかなるのですが、2ちゃんねるで自分の体験を書き込む方は
よくもまあその時その時のシチュエーションをうまく創作するなあ詳細に覚えているなあと感心します。

私なんてつい昨日彼女から貰ったチョコがミルクチョコだったか、そうでなかったかすっかり
忘れてて、何故か彼女の怒りを買って思いきりブッ飛ばされたんですけど。

チョコの種類なんてどうだってイイじゃん、ねえ?
80年代から90年代にかけて活躍した歌手、ホイットニー・ヒューストンさんが
亡くなりましたね。私はこの年代の洋楽は結構好きで、ホイットニーが
映画「ボディガード」で日本での知名度を上げる前から知っていた事もあり、
残念であります。

人の死というものは非常にショッキングであり、なかなか受け入れ難いものですが
強引にスピ系に絡めると、何でも受け入れる、つまりチャック全開状態
”開かれた”状態に在る事が肝要なのです。

多くの人は常に社会の窓を閉じています(当たり前か)これこれこういうのが私の願いですとか
言うのは構いませんが、そうすると無意識に自分にとって利益になりそうなのは取り入れて、
不利益になりそうと判断したのは捨てていきます。

簡単に言えば「読むと幸せになるブログ」と書いてあるなら読むし、「読むと不幸になるブログ」なら
読まないのと同じです。そこにはどこまで行っても自分勝手な判断しかありません。
そして自分勝手な判断で生じた事にああだこうだ悩むのであります、つまりエンドレス一人相撲です。

常に開けっ広げた状態に在るからこそ、自然と調和が取れるのであります、
わかりにくい例えだと思いますが、ババ抜きやってていちいち手札に対し
あれはダメだこれは良いだろうとか神経尖らすより、ババ抜きそのものになってしまえば
楽だよという事です。




しかしホイットニーが一躍日本での知名度を上げた「ボディガード」ってもう20年も
前の映画だったんですねえ。確か私は高校生ぐらいでしたが、当時の彼女と一緒に観に行って
思いきり影響されて「一生、君を守るよ!」なんてまさに十代の頃にしか言えないセリフを
言ってしまった、ある意味私の黒歴史の一部なんですが、その一ヶ月後ぐらいに大喧嘩して
あっさり別れたのも今となっては良い思い出であります。

ホイットニー、青春の思い出をありがとう。
秋葉原在住の方からメールを頂きました。
「秋葉原が表参道みたいな街になってほしい」というもので、
まずは秋葉原を愛さなくてはならないのか、との事であります。

私はこのメールを見て表参道に引っ越せば良いじゃないかと思ったやはり愛するとか
何だとかは、結構やっかいな表現だなと改めて思いました。

答えのようで答えになってない文章になってしまいますが、愛がどうのこうのはここ何回の記事で
ちょこちょこ出てきているので今回もその事に触れてみます。

アキバを愛すと言っても、前も書きましたが愛する対象と愛される対象みたいのを
勝手に創り出してしまうものですよね。
どこまで行ってもアキバを愛す私と、私に愛されるアキバという分離が付きまといます。

ここはもう少し大きな視点に目覚めて、そういったもの(アキバを愛すとか愛さないとか)を
まるっと創り出しているモノの方に全部明け渡した方が良いと思われます。

以前も書きましたが「枠組み」に気付くという事です。
簡単に言えば歩けるのは前に壁が無く、スペースがあるから歩けるのです。
歩けるというより歩かされているのであります。周りの環境その他によって思考や感情は
全て操られています。自分の意志で動いているように感じますが、そのような意志を持つことすら
すでに枠組みの範疇なのであります。

で、話が少し飛びますが枠組みに気付けば全てが平等に見えるという事です。
例えばテレビゲームの中のマリオはカメを敵視していますが、結局はゲームのキャラであり、
ドット絵であります。マリオが正しくてカメが悪いという事もありませんし、
その逆も無いです。

全てが平等という状態が愛とか慈悲だとかの状態だと思います、
AKBファンは前田敦子も大島優子も平等に見なければならないのであります。
「私はナントカを愛す」は単なる強烈な感情であって、それ以上でもそれ以下でもありません。

同じように悲しいとか何だとかネガティブと言われるものも強烈な感情であって、
それを誤魔化すためにポジティブとされる強い感情をぶつけても、その場しのぎにしか
ならない
でしょう。

全てが平等、フラットであるという状態は完全にバランスが取れた状態であります。
バランスが偏った状態でああだこうだ悩むより、というより偏っているからこそ悩むのですが、
まずはバランスを取り戻す事が肝要です。




まあ私は大島派なんですけどね。
リンク希望のメールを頂きました。
もろこしさんのブログ「あなたはそのままでいい~自愛~」です。

奇しくも前回の記事で「そのままでいいとか言うけど誤解しやすいからダメじゃん」的な
事を書きましたが、基本的に私は来るもの拒まず去るもの追わずなので、
「そのままでいい」というブログともリンクしますし、仮に「そのままだと死ぬ」というブログでも
ご要望があればリンクします。

個人的には自愛と聞くと、どうしても痔を愛するみたいな連想をして、
ヒサヤ大黒堂の回し者かと思うのですが、もろこしさんのブログはヒサヤ大黒堂の
ステマブログではないので安心して下さい。

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