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知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

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「枠組み気付いてね」という話をこの前にしたのですが、
「相変わらず日本は不況だし隣の犬は吠えるし何かダルいし、やってらんねー」
みたいなメールを何通か頂きました。

しかし、全部幻なので不況など存在しないし隣の犬はいないし、ダルくもないのであります。
と言ってもこの一文だけで納得してしまえば話は早いのですが、なかなかそうも行かないようです。

不況だ何だと言ってもそれは「現在の世界」あるいは「現在の日本」という枠組みの中に
いるからこそ出てくるものです、「MPが足りない!」というのはドラクエの世界にいないと
出てこないですし、「ハンターランクがどうたらこうたら」というのもモンハンの世界で
ないと経験できません。

つまり見ている、感じていると思っている幻は「それを経験したいから経験している」とも言えます。

こう言うと「私はこんな幻見たくありません、いやああああ!」とお決まりのパターンになるのですが、
別にMPが足りなかろうがハンターランクが上がらないだろうがそれはゲームの世界に没頭しているから
由々しき事態と感じられるわけであって、「本当の自分」には関係の無い話です。

言い換えれば由々しき事態となっているのはゲームのキャラであって、
別に「本当の自分」が由々しき事態になっているわけではありません。


「でもキャラを操作したいんです!ぱふぱふしたいんです!」となるかもしれませんが、
それは無理であります。無理と言うと語弊がありますが「ドラクエの世界のキャラ」である以上
ドラクエ世界の掟みたいのからは決して逃れられないからです。

ドラクエⅡならどんなに十字キーを押してもキャラは上下左右にしか動きませんし、
Aボタンを押そうがBボタンを押そうが絶対にジャンプは出来ません。
上上下下左右左右BAとか押してもバリアとオプションが付いたりはしません。

「自由意志」でコントローラーを動かしていると思いがちですが、ドラクエ世界の縛り、
つまり「枠組み」の中で踊り続ける事に抵抗することは出来ません。
どうしたってドラクエの勇者がいきなりマリオのようにジャンプすることは出来ないのです、
つまり「枠組み」の中にいる以上、叶ったり叶わなかったりが繰り返されます。

「枠組み」に気付くとは、まやかしの自由意志に気付き、真の自由に目覚めるという事でもあります。
「真の自由」とは何かやろうと思ったらそれをやり、やりたくないならやらないという、
文章で書けばただそれだけの事です。

「そんな事既にやってるよ」と思われるかもしれませんが、実際は勝手に定めた枠組みの中で
行なっている場合が殆どです、つまり「不況を脱するために好況を祈る」とか「隣の犬が
うるせーので犬がくたばる事を願う」
といったものです。

ドラクエという「枠組み」で言えば「ピンチなので会心の一撃が出る事を祈る」
「敵がイオナズンを使ってくるのでマホトーンが効くのを願う」と同じことです。
上記の願いは叶う事もあるでしょう、しかし「全滅しそうだから勇者がキノコを食って
デカくなる事を願う」は絶対に叶わないでしょう、ドラクエだし。

まず今まで定めていた「現実世界」という枠組みに気付き、まっさらな状態、
何者にも縛られない地上最自由な状態から、自然と行動が起こるのを
眺めていれば良いのです。今までは仮に「ドラクエ」なら偽りの自由意志でレベル上げをせっせと
やり、それに喜んだり嘆いたりしていました。「モンハン」なら狩りに出て素材を集める事に
一喜一憂していました。もうそういった「枠組み」によって信じ込まされていた
偽りの自由意志に振り回される事は無いのです、
なんと素晴らしい事でしょうか。

このブログを読んだ後に体操がしたくなればそれでも良いし、さっさと寝るならそれでも良いのです。

「枠組み」を定めない、真に自由に在るという事は大げさに言えば本当の意味での完璧に
気付くということです。もう何も縛るものはありません、やりたいようにやり、楽しめば良いのです。
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ここ数日、結婚式に行ったりなんだりで遊び過ぎが祟って
さすがに仕事を片付けなければならなくなったので、しばらく更新はお休みです。

と言っても、適当にこなせば何とかなってしまうし、仕事自体は楽しいので
別にどうという事は無いんですけど、いつもヒマそうに見える私も一応働いてはいるんですよ。

まあ以前には「知らんさんは毎日働かずにお祖父さんの遺産で遊んでいて羨ましいです」とか
完全に私を無職設定にしているメールが来たりしてたんですけど。

ちなみに間接的に祖父から貰った遺産というか現金は、前も書いたような気もしますが
若気の至りでパーっと使ってしまい一銭も残ってません。
今となっては恥ずかしい限りであります(やっぱし若かったからさあー、毎日女遊びとか
したいじゃん、ねえ?←言い訳)

話が飛びますが仕事とか職業っていうのも昨日の「枠組み」の話で言えば
まさしく「枠」そのものと言えますよね。
その枠組みを創り、その中で動いている(動かされている)幻想としての「私」に
気付けば真の「私」にどんどん近付き、幻想としての「私」はどんどん小さくなっていきます。

真実と幻想が逆転したときに、必ず世界が変わります。

幻想を変える事に四苦八苦するのではありません、それだと新たな幻想に惑わされるだけです、
真実と幻想を逆転させるのです。そのためには幻想を支える「枠」に気付く事であります。
昨日の続きっぽい話になりますが、箱庭っつーか枠組みから抜け出るのは、意外と簡単であります。
いつも言ってますが気付けば良いのであります。
我々の普段の行動や思考すらも枠組みの一部であります。

源泉掛け流しから枠組みが生まれ、それに伴う行動や思考が湧いてくるわけです。
まあこの辺はまたややこしくなるので割愛します、ぶっちゃけそんな事どうでも良いし。

ドラクエで例えると、魔法使いならギラが使えて僧侶ならホイミが使えますよね。
魔法使いがギラを唱えようとするのは何でか?そう、「魔法使い」という枠組みにいるからですね。
遊び人がギラ唱えたらそいつは遊び人の振りをした魔法使いです(転職したから、とかは
この際無しです)

で、この枠組みをどんどん拡大していくと「魔法使い」⇒「ドラクエ」⇒「RPG]⇒「TVゲーム」
なっていきます。TVゲームという枠組みが無ければRPGという概念は出てきませんし(まあ世の中には
TRPGっつーアナログのジャンルもあるんだけど。若い頃よくやったなー、D&D 実家にまだ赤箱とか
あるはずなんだけど。クロちゃんのRPG千夜一夜とか知ってます?知らねーか)RPGが無ければドラクエも出てこず、そんでもって魔法使いも登場出来ませんし、魔法使いが「ギラを唱えよう!」とする
行動、思考も出てこれません。

つまり「枠組み」の中であらゆる全ての概念とか行動とか全部決まっちゃうんですよね。
自由意志でやっていると思ってることは全て巨大な枠組みに操られているだけだったのであります。

様々な思考が浮かんでは消えていくと思いますが、全て枠組みの中にいるからこそ、浮かんでくると
いう事です、「ギラを唱えよう」と思うのも「ドラクエ」という枠組みにいるから「ジャンプしよう」
と思うのは「カケフくんのジャンプ天国スピード地獄」という枠組みにいるからです。
「枠組み」に気付けば良いのです。

枠組みに気付くという事は、幻の中でのチキンレースから降りるという事です。
そして枠組みを創った源泉掛け流しそのものに目覚めるという事です。

で、ここまで読んで「よし、枠組みを変えよう!」と思うかもしれませんが、その必要はありません。
そんなのは新たな幻を創り、新たなチキンレースに参加するだけです。

一度源泉掛け流しに目覚めてしまえば、何かをする必要はありません。
ちょっとややこしいですが「枠組み」の中で「枠組み」に操られて行動するのではなく、
「枠組み」を創っているのだと知った上で行動していれば良いのです。
というより「行動する」より「行動が勝手に起きている」というのが正しいんですけど。

もちろん目の前にある幻は続いていくでしょう、しかしそれらは全て枠組みの中の物であり、
枠組みに気付けばポジティブに見えるものも、ネガティブに見えるものも、
幻の力はどんどん弱まります。弱まるというと語弊がありますが、幻で右往左往している
自分が消えていき、本来の自分が力を取り戻すような感じです。

もっと言えばあらゆる行動や思考は全部「枠組み」のせいなんだから、
実はあなたには何の責任も無いんですよ。
ギラ唱えて「はぐれメタルにはきかなかった!」とか出ても「ドラクエ」という枠組みのせいで
あって、魔法使いに責任は無いのであります。


まあ文章で書くとわかったようなわかないような表現になってしまいますが、
枠組みから抜け出た「本来の自分」に気付ければ万事OKってわけです。
知人の結婚式に出てきました。まさかド平日にやるとは思いませんでしたが、
それでも何だかんだ都合つけて出席する私は我ながらお人好しかもしれません。 

ついこの間もいとこの結婚式に行ったような記憶があるのですが、どうも今年は
親戚がくたばったかと思うと結婚したりで色々騒がしい一年です。

結婚式とか葬式とかではやっぱりそれなりの身だしなみや振る舞いが要求されますよね、
普段アバウトな私もさすがにその辺は意識します。
結局それは結婚式とか葬式っつーまわりの状況によって自分の行動が決定されていくだけです。
つまり自由意志で動いていると思いきや、全然自由意志じゃないんですよね。

もっと突っ込むと全部幻なわけですから幻の中で「自由に動いているんだ」と思わされ、
支配されていることに気付けば良いわけです。

気付くと、本来の自分が呼び起こされていきます。呼び起こされていけば、周りの世界が
主体で「私」はそれにつつき回されるだけだったのが、幻から目覚めた「私」が
主体になっていきます、
もう幻の中でのすごろく遊びは終わりです。

二次会で飲んだくれてきたので今回は自分でも何書いてるかよくわかりませんね、
まあいつもわかってないんですけど。

明日、酔いがさめたらもう少しまともな文章にする予定です、多分。
昨日の記事はわかりづらかったのでもう少し表現を変えて書こうと思っていましたが、
ブロンコビリーとかいうステーキ屋で腹一杯食って書こうと思ってたことが殆どスッ飛んだので
今回はステーキ最高!で締めたいと思います。

と言いたい所ですが、それではあまりにもアバウト過ぎるので少しは書こうと思います。

過去も未来も無いというような事をちょこちょこ書いていますが、
例えばジャンケンでグーを出してあいこになって、次にチョキを出したとします。
ここで「グーを出した」場面と「チョキを出した」場面は既に別物であり、何の関係もありません。

もちろん思考を用いれば「最初はグーであいこだから、次はチョキで」とか時系列を並べて
色々考えると思いますが、それは「考えている」だけで「私」とは関係がありません。

「私」と「考えている」は別なのです「私は考えている」は有り得ません、勝手に
「私に考えさせている」のです。「考えさせ」れば、勝手に考え出して勝手に時系列という
概念を用いたりして勝手に一見すると納得の行く説明を提示します。

が、それは提示されただけであって真実ではありません。
真実と思い込むから真実になっているだけです。

一旦提示された考えの中に沈むから「こんなのはダメよ、いやああああ!」となるわけで
提示された考えは単なる「考え」というものであって実は何の関係も無いと
気付けばそれで終わりです。

考えの中に沈んでしまうと、どうしてもその考えの中でループしてしまいます。
ですからそこから抜け出すということです。

で、「抜け出したらじゃあどうすんの?」となりますが別に何もする必要はありません。
何故なら思考から抜け出したという事は思考が創り出した世界が終わりを告げたという事であり、
思考であれこれ考えていたかもしれない願望云々も既に存在しないからです。

「え、じゃあ結局私の願望は捨てなきゃいけないのね、いやああああ!」となった方は
「願望を抱いた」という過去を本物だと「考え」てその思考の世界に閉じこもっています。

一旦、そこから飛び出るのです。
前も書いたと思いますが箱庭の世界の外側に出るのです、
一切の条件付けを廃した本来の世界に戻るのであります。

願望が出てきたら、それについて考えない事です。
「こうしなきゃいけないよ」的な考えは非常に真実っぽく思いますが、
全てまやかしです。何故なら「こうしなきゃ・・」的な考えは、過去の経験から導き出された
妄想であって真実ではないからです。


過去も未来も無いのだから、過去の経験を引っ張り出すのがおかしいのです、
無いものをあるかのように感じるからややこしくなるのです。

ですからやっぱり「何もしない」に行き着いてしまうんですね。

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自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

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