忍者ブログ

知らんモンは知らん

スピリチュアル系の願望実現ブログと思いきやそうでもない

HOME • Admin • Write • Comment
スピ系と最も密接なものと言えば「命」「お金」でしょうか。
ぶっちゃけて言えばあらゆるメソッドはこの二つへの執着とか未練とか
渇望とかをどうにかするためにあると言えるかもしれません。

まあこのブログだと「全部幻」というヒジョーにアバウトな捉え方を
しているので、それに従えば生や死も無いし、お金も存在しません。
と言うとまたややこしい話に突入するので、今回は久々にメソッドっぽい話です。
メソッドっぽい話の方が読者受けも良いし。

お金というのは文字通り「お金がある」っつーだけであって、
それ以上でもそれ以下でもありません。

にも関わらず「お金が無くては ~である」みたいにあらゆるものに
お金を当てはめるのは、まさに長年のクセのようなものかもしれません。

「お金が無くては、ナントカだ」というのは「背が高くなければモテない」
言っているのと殆ど同じです。お金の有無と様々な事象は関係無いのに、
何故か関係付ける習慣があるのです。

しかし「でもお金無いとコンビニでオニギリも買えないしカプセルホテルで
泊まったりも出来ません」となるかもしれませんが、これは順番が逆
オニギリ食ったりカプセルで泊まるためにお金が出てくるだけなのです。

「まずお金ありき」だと必ずお金の残高ばかり気にします。
しかし、まずお金ありきと考える場合、残高は少ない事が多いと思うので
ずーっと「お金が少ない」が意識から消えないと思われます。

しかし、全部幻なので「残高というものは存在しない」のであります。
ですからお金からも自由になってしまえば良いのです。
そう、ドラクエ止めた後は桃鉄からも自由になるのです。

ただ難しいというか、誤解しやすいのは「お金なんて無いんだね、じゃあ車とか家とか
バシバシ買うよ!」と言って買いまくる事ですが、これは桃鉄から一歩も出ていません。
「お金が有れば車が買える」が「お金なんて幻よ」と聞いて「お金が無くても車が買える」に
なっただけだからです、つまりお金の存在はしっかり認めちゃってるんですよね。

結局書いてみるとメソッドっぽいというより、ここ数日の記事の焼き直しみたいに
なってしまいましたが、「ゲームを止めたつもりでやっぱり参加している」状態に
なるケースは多いので、この辺にまず気付いてみて下さいね。
PR
ここ最近はややこしい話が続いたので今回はライトな話ですが、
今年、ちょっとブラジルに行ったときに感じたのは、やはりブラジル人の
時間に対する感覚の違いであります。

一部ではブラジリアンタイムなんて言われている彼らの時間の感覚は、とにかくルーズ
一言です。この辺は日本人の感覚とはかなり開きがあると感じました(極端にルーズな人は
少ないですけど)

まあ時間っていうのは人間が勝手に自然界に当てはめただけですから、自然と一体となるには
時間の概念は最も無駄なモノの一つなのかもしれません。

で、少し話がとびますが、スピ系の書籍やこのブログでも「世界は幻」という表現が
ちょこちょこ出てきますが、別に無理矢理「幻だ!」と思い込もうとしなくても良いと思います。
時間と同じく「存在を確認しようと思えば存在してるんだけど、別に気にしなくて良いもの」
いった感じで捉えていれば良いんじゃないかと、アバウトさではブラジル人に劣らない私は
思うのでありました。
「自分は苦しみの枠を外せない、もうずっとこのままだと思うと苦しいでござる」という
メールをちょこちょこ頂くのですが、これは当たり前ですが「苦しみから抜け出たい」と
思っているからだと思われます。

まず「苦しみの枠を外せない」というのは既に枠に気付いているという事です。
本来ならこれで良いのですが、ここで大きな勘違いをするケースが多いです。

それは「苦しみの枠を外せれば、幸せになれる」という思い込みです。
せっかく気付いたのに、これでは再びドラクエをやり出すようなものです。

つまり「自分はドラクエやってるけどレベルが上がらない、もうずっと上がらないかと思うと
苦しい」と思い、「レベル上がらない事から抜け出たい」わけです。
じゃあドラクエ止めれば良いんですよ、ドラクエやってるという事に気付けなければ
延々とやり続ける羽目になりますが、気付いているんだから止めれるはずです。

それにも関わらず「ドラクエのレベル上げの苦しみから逃れたい」に対して
その苦しみの反対、つまり幸せになるための条件が「ドラクエでレベルが上がる事」に
すり替わっているんです。


これではゲーム(枠)の存在に気付いていながら、わざわざ苦しみのゲームを
やり続けたいと宣言しているようなものです。

それこそ望み通りゲームは続いていくでしょう、やり続けたいと宣言しているわけですから。

苦しみの克服が幸せではありません、幸せは幸せなのです。
ドラクエをいきなり止めても誰も文句は言いませんし、誰も不幸になりません。

昨日も書きましたが「苦しみから逃れるため」にこんなブログ読んでも意味無いですし、
私のようなその辺のオッサンがそんな高尚な事を書けるはずもありません。

それでは「ドラクエをクリアすれば幸せになれる、だからガイドブックを読む」のと同じです、
既に枠の中に入り込んでしまっています。私としては「このブログを読み込む」のではなく
「ヒマつぶしに読む」というスタンスで読者の皆さんにはお付き合い頂きたいと思っています。

ちなみに私は個人的にはスピ系の高額なセミナーや、セミナー参加者に書籍を売りつけるのは
どうなのかなあと思っているのですが、結局そういったセミナーに参加することが既に枠の中に
はまってしまっている事が多いので、知らず知らずの内にセミナー主催者の設定した
「ゲーム」に参加させられてしまうケースが多いように見受けられます。

もちろん本当に参加者の事を思って真剣に取り組んでおられるセミナー主催者の方々も
たくさんいらっしゃると思いますが、最近頂いたメールにあまりに胡散臭い某セミナーの
告発っぽい事が書いてあったので、ちょっとだけ触れてみました(メールを送ってくれた方には
ブログ内で触れる事は了承してもらっています)




まあ、このブログも十分に胡散臭いよねって言われると、返す言葉も無いんですけど。
「全て在る」とは世界中の女性と脈ありって事ですか?みたいな内容の
メールを頂きました、ありがとうございます。

これは、ここ数日書いている「枠組み云々」から一歩も出ていません。
またまたドラクエで例えると、「スタート時点からレベル99とか出来るか」とか
「ゲーム中のアイテム全部持った状態で初めから出来るか」と同じだからです。

こう言うと「じゃあ願望とかあきらめろっつー事ですか、いやああああ!」となりそうですが、
そういうわけでは無いのですよね。この辺はヒジョーに文章で書くの難しいんですけど。

枠組みから抜け出る(気付く)事が出来れば、結局は全て己の中に在る、ですから何もする必要が
無いという事に気付けるからです。ここは考えちゃうと絶対にわからない部分かもしれません、

どうしても、考えちゃうとドラクエ世界に逆戻りしちゃうんですよ。
考えるって行為は「ある枠組みの中で、ある条件をいかにクリアするか考える」事ですし。
まあ実際は「考えさせられている」のですが、それを「自分の意志で考えている」と
思い込まされている事が、話をややこしくしている最大の要因です。

ヒントというか、文章で何とか頑張って書くなら、例えばこのブログを読んで色々考えたとします、
その時点で「このブログから何かを得ようとしている、何か足りないと思っているものがあるから
読んでいる」というケースが多いと思われます。

この時点でもうドラクエ世界の枠組みの中で考え、公式ガイドブックを読んでいるのと同じです。
私がたまにこんなブログ読まなくても良いとか適当に流し読みで十分とか言っているのは
その事であります。色々読んで、色々考えているという時点で枠組みにハマってるよという事に
気付いて頂きたいのです。

ただ「じゃあもう読まないね、オマエには用は無いバイバイ」とした場合、今度は次のような
ケースが出てくる可能性が高いです。

それは「読まないようにしたけど、何も変わらないよ」というケースです。当たり前です、
ドラクエ世界に居るままなのにガイドブック読むの辞めたって何も変わるわけ
ないじゃないですか。


この辺、ニュアンスが伝わりますかねー?
「何もしない」という表現を度々使いますけど、本当に「何もしない」んですよ。
ドラクエ世界に居ながらにして何もしないんじゃないんです。

ドラクエ世界にいると「自由意志」があると勘違いするので「何もしない」を「すれば良いのか」と
捉えてしまいがちですが、真の自由に気付いたミスターアンチェインになると
「何も出来ない」言い換えれば「何の拘束も無い」感じになるのです。

最近は何かややこしい話が続いたので、明日からはもう少しライトな話に戻します。
「やりたい事をやって、やりたくない事はやらないのはわかるけど
明日も会社に行かなきゃいけません、会社に行きたくないでござる。このまま布団に
潜って寝ていたいでござる」というニュアンスのメールを頂きました。

まあこれ当たり前の感覚なんですけど、よく見れば「会社に行きたくない」に
完全に焦点が合っているというか、「会社で働く」という枠の中に居る事が前提に
なっていますよね。


昨日と同じくドラクエで例えると、勇者が街の外に出たのに「スライムと戦いたくない」
言っている状態に近いです。
ドラクエ世界である以上、スライムをシコシコ倒してレベル上げをするのはもうしょうがないので
あります。「スライムと戦いたくない」という願いは叶わないでしょう。

それと同じで「会社云々」という枠組みにいるのに「会社サボる」は普通は無しであります。

まあ恥を忍んでカミングアウトすれば若かりし頃、どうしようもないドラ息子だった私は、
オヤジのコネで入社した某企業を寝坊で一度サボってオヤジに死ぬほどブン殴られた思い出が
あるのですが、取りあえずそれは置いといてですね、「会社云々」が存在する以上は、
勇者が「スライムと戦いたくない」と言っても叶わないのと同じように
「サボりたい」と思ってもなかなかサボるのは難しいでしょう。

しかし「会社云々」という枠組みに気付けば、あくまで枠組みの中で活動しているだけであり、
本当の自分は枠組みの外に在るという感じが芽生えてきます。

もちろんいきなり会社を辞めたりは出来ないでしょうし、サボる事も出来ないでしょう。
今までの枠組みパワーみたいのが強烈過ぎるからです。
しかし、枠に気付き、偽りの自由に生かされているだけだったと目覚めれば、
徐々に枠組みパワーは薄くなっていきます。

で、薄くなればどうなるかというと、もう「会社云々」は消えたのですから
「会社を辞める」という”願望”が叶うかもしれません。あるいは仕事が楽しくなって
「会社を辞めようかと思ってたけど、楽しくなったから辞めない」という状況が
創られるかもしれません。

どっちにせよ、枠組みに気付いてしまえばもう真の自由なのですから、あとは何でも良いのです。
まさに「後は野となれ山となれ」状態です。

枠に気付き、行くべき会社など存在しないという事に認識が至れば、
あとはもうお任せコースです。
会社を辞めるかもしれません、あるいは残るかもしれません。どちらにせよOKなのです。
「会社云々」の枠組みに気付いてしまえば、会社があろうが消滅しようがどうでも良いのです。

ドラクエ世界は本当の私がいる世界ではない事に気付けば、別に勇者が死のうが何しようが
どうでも良いのと同じです。

今回はちょっとややこしい話になってしまいましたが、早い話が「もう全てが在るんだから
何でも良いんじゃない?」という極めてアバウトな話でした。

カレンダー

06 2026/07 08
S M T W T F S
1 2 3 4
6 7 8 10 11
12 13 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

フリーエリア

最新コメント

最新トラックバック

プロフィール

HN:
知らん
性別:
男性
職業:
食う寝る遊ぶ
趣味:
超合金魂
自己紹介:
かなりアバウトな性格の既婚平民

好物はすき家のチーズ牛丼・松屋のカレギュウ

合体と恐竜は男のロマン

メールはsiranwa22☆yahoo.co.jpに
☆を@に変えてお願いします

バーコード

ブログ内検索

P R

アクセス解析

Copyright ©  -- 知らんモンは知らん --  All Rights Reserved
Design by CriCri / Material by もずねこ / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]